「なあ、セックス、しよ」

「抱いて。俺のこと、めちゃくちゃに、してよ」

ミョウジが泣きそうな顔で、抱いてくれと迫ってくる。こんなにも心臓が音を立てて鼓動を示す出来事は、今までの人生でも一度だってない。
とにかく今は何かに縋りたいと、すべて忘れさせてほしいと、そういうミョウジの心の内はわかってて、仕事で何かあったんだろうなってことはすぐに分かったし、だからここで流されたらダメだって頭のどっかでは理解できてたのに、

「何も考えられないくらい、めちゃくちゃに、して」

気付いたらその存外華奢な肩を掴んで、ソファに押し倒していた。これは、俺は悪くない、と思う。

後日、報道関係の記事を調べてみたら、ミョウジの関わった案件は、「懸命の救助むなしく」という見出しだったので、あのときミョウジがボロボロだったのは、助けられなかった命があったからだと知った。





始まりは、俺が女優だという女との2ショットを撮られたことがきっかけだった。週刊誌の報道に疲れて相談してから、ミョウジは俺のために色々考えてくれて、相談に乗ってくれて、気付いたらミョウジのことばかり考えるようになっていた。

ミョウジはただ、友達の力になってやりたいと思って、俺に家に来ることを提案しただけだ。ただ、勝手な片思いをしている俺にとっては、気になってる奴と過ごせる上、家に上がれるとなれば、どうしても下世話なことだって考えてしまうわけで。

家に来ればいいと誘われたときも、合鍵を渡されたときも、家主のいない部屋で一人でいるときも。どうにかこのまま俺だけをこの部屋に置いて、あわよくば好きになって、あわよくば、恋人同士になって、触れさせてくれないかって、そんなことばかり考えてた俺に、あの夜その全部を委ねたミョウジが悪い。




本能に逆らえないままなし崩しに押し倒して、まさぐって、そのときにふと思った。キスは、唇同士のそれは、好き合ってからしたい。今のミョウジになら、強引にできなくはないし、俺個人の感情としても、もちろんしたい、けど。
冷静になれない、むしろ沸騰しそうな頭をなんとか冷やして、キスはしない、それだけは心に決めた。ミョウジは俺を好きなわけじゃない。今、誰かに縋りたいだけ。それが俺なのは、自惚れても良いのかどうか、聞きたかったけど。


俺は好きだからしたいけど、ミョウジはそうじゃないかもしれない。そう思うたび、心臓がざわざわした。


ただそうは言っても、見下ろせば好きな奴の身体があって、好きにできる距離にいる。複雑な気持ちだろうが、萎えるなんてことはもちろん無くて、むしろ夢にまで見た光景は、予想をはるかに越えて、たまらなかった。

妄想で犯したときの何倍もミョウジはかわいくて、首、鎖骨、腕、胸、臍、腰、どこにキスをしても甘噛みしても、びくびくと身体を震わせた。ソファは狭い。その反応の全部を見たかった俺は、力の抜けたミョウジを抱き上げて寝室へ運んだ。

そこで改めて思った。ベッドに組み敷いて見る好きな奴の身体っていうのは、こんなにもイイもんなのか。知らなかった。


ミョウジは初めてではないのか、ベッドサイドの引き出しにローションがあったし、『触って』『指挿れて』『動いて』など色々なことを順番に俺に求めた(そしてその度に「ごめん」と言った)。傷つけたり痛くしたくないから、初めての俺には助かったけど、ミョウジは俺の他にもこうやって身体を許す相手がいるのかと思うと、そいつを凍らせたいくらいモヤモヤした。
ついでに、『キスして』だけは最中一度も言われなかったのも、心臓がぎゅっとなった。

まあそれも途中から、そんなこと忘れるくらいミョウジは艶かしくて、俗な言い方をするとエロくてかわいくて、俺は俺で気持ちいいし、もう余計なこと考えなくても良いか、なんて、本能に身を委ねようとしていた。
そう、ただでさえそんな状態だと言うのに、トドメでもさすつもりなのかと思うほど、WそれWは突然やってきた。

ずっと「ごめん」と言っていたミョウジが、しょうと、と俺の名前を呼んだ。ヒーロー名かもしれないなんてそんなオチは流石にないと、疎い俺でも分かる。
そして、何度も何度も呼んで、ついには甘い声で「すき」と言ったのだ。

「すき、すきだ、焦凍……っ」

……………いや、こんなの、夢か妄想か幻聴だと思うだろ。けど、何回も言われたからたぶん夢でもなくて、現実らしい。

正直、その言葉と声だけで軽くイきそうになったなんてことは、格好悪くて絶対に言えない。


▽▲▽▲▽


やたらごちゃごちゃした夢だった。名前を呼ばれた気がして、ふっと視界が開ける。ミョウジをラブホテルに引っ張ってきて、思っていることを互いにぶちまけて、そしてどうやら、そのまま寝てしまったらしい。

目の前には顔を赤くしたミョウジがいて、「おはよ、離して」と俺に言う。目が覚めて隣にミョウジがいるなんて、幸せが過ぎると思う。ただ俺の手や足ががっちりとその身体をホールドしていることと、俺のソレがミョウジの下半身に当たっていることは、まあ、それは本当に、悪いと思った。

「……轟」
「……わりィ」
「…………まあ生理現象、だしな」
「…………ミョウジ」
「シない。そもそももう時間、」
「延長すればいいだろ。コレはあのときの夢を見た所為だから、手伝ってくれてもいいはずだ」
「ど、んな理屈だよ……」

そこから数十分、ベッド上の攻防は続いた。結局延長することになって、少し強引に迫ったら、恥ずかしそうにしながら頷いてくれたから、つい、本当に本能的に、噛み付くようにキスをした。初めてのキスだった。



「……そういえば、ミョウジは初めてじゃなかったんだよな」

俺のその何気ない言葉に、俺に突き上げられ揺さぶられ、はくはくと息を乱す可愛い生き物は、大げさなほど動揺し、顔を赤くした。
その真相が知りたくて意地悪をすれば、恥ずかしそうに目を逸らしながら、「轟とのが初めてだよ」と呟いた。
初めてでいきなり、初めての俺相手に、あんな誘導したりできるもんなのか?そもそも初めてで入るもんなのか。そう疑問に思っていたら、顔を隠しながらぼそぼそとミョウジが呟くので、耳を寄せて聞き返す。

「轟にされんの想像して、ひとりでシてたから、」

とか何とか言われて、その後も言葉は続いたと思うけど、そこからはもう一切歯止めは利かなかったからあまり細かいことは覚えてない。

二度目のセックスは、気持ちよくて幸せで、あいつがダメだの嫌だの言ってても止めてやれずに、何度も何度も繋がった。俺に暴かれて、貫かれて、ミョウジは泣いて鳴いて、啼いて、ああクソ、理性が繋ぎとめられなくなっていく。まるで毒だなと思った。じわじわと俺の中に拡がって、くらくらとした底のない快楽に突き落とす。

幸せだと何回思えば良いか分からない。だからこの先いつかまたミョウジが思い悩んだりすることがあっても、あんな風に不安定になっても、俺に、俺だけに縋れるように、絶対に離さないと決めた。


カンタレラ




『カンタレラ』──調合方法を変えることで、服用した者の死亡時期を自在に操ることができ、盛られてもすぐには気づくことができず、死の間際になってようやく悟る、甘美な劇毒。


2019.05.16