※攻め主








今日は轟と現場が一緒だった。任務自体は滞りなく終わって、腹が減ったなってことしか考えられなくなったから、轟をメシに誘った。ついでに他のやつにも声かけようとしたけど、轟が「相談に乗って欲しいことがある」と言うので、じゃあ二人で飲みに行こうって話になった。


「この店はよく来るのか?」
「まーな。賑やかすぎないし。良い店だろ?どれも美味いから好きなもん頼めよ」
「おすすめ、とかあるか」
「あー、出汁巻卵とえびマヨ」
「…………じゃあ、それ一つ」


轟は少しそわそわしたような、緊張したような、そんな雰囲気を隠しもしない。二人でメシ食うなんて、そういえば初めてかもしれない。かと言って別に俺は緊張とかしないけど。だって、こいつは確かにすごいヒーローだけど、そうは言っても、ただの同い年の友人だ。

「そういや、相談って?」
「っ!」
「…………タイミング違った?」
「いや、そんなこと、ない」

これはそんなことあるな。悪いことした。なんか重い話か?もうちょっと酒飲ませてから吐かせた方が轟のためだったのかもしれない。とは思いつつ、聞いてしまったのでそのまま言葉を待つ。これでもし轟家の家庭関係とかそういう系のだったら俺には荷が重いから、悪いがその時は、酒をしこたま飲ませて忘れさせようと決めた。

瓶ビールのラベルをなぞる。少し減っただけの轟のグラスに注ぎながら、言葉を促した。口を開けては閉じて、言葉が口から出たがっているのをまた止めて。言いあぐねるその仕草が分かりやすい。無理に急かすことはせず、自分もビールを煽った。

「ミョウジは今、彼女、いるのか」
「ッごほ、っ」
「?……わりぃ、なんか変なこと言ったか?」
「いや、………………轟の口からそういうのが出てくるとは思わなくて、」

久々にこんなベタに噎せた。それくらい意外だった。高校の時から轟は、割と色んなことに無頓着だけど、恋愛なんか特に、人一倍興味関心がなさそうな話題だ。だからこんな意味不明なほどイケメンでありながら、浮いた話なんか一つも聞いたことがない。

「今はいねぇよ。2年くらい付き合ってた彼女と、先月別れたとこだし」

轟はちょっとだけ驚いた顔で、そうか、とだけ言って、また黙り込んだ。今日はとことん変だな。悩み事を聞いたはずが、俺のことを聞かれたりしてるし。しかも恋愛の話題。案の定、なんとも言えない顔をして聞いている轟は、何を考えてるか読みづらい。

「あー、轟は彼女いんの?」
「いないけど、好きな奴は、いる」
「え、まじ?告白してみりゃ良いじゃん」
「いや………」

轟がマジでやれば落ちない女子のほうが少ないと思うけど。もしかして元A組の奴とかか?八百万とかお似合いだと思うけど、まああいつもめちゃくちゃモテるし何より鈍そうだから、ハードルはすげぇ上がるかなあ……。

「そいつはモテるから、恋人がいることが多くて」
「へー……轟でも叶わない恋ってあるんだな」
「ミョウジは、好きな奴と付き合えてたんだろ。………なんで別れたんだ?」
「普通にフラれた。良い子だったんだけどさ、俺らの職業ってこんなんだろ?まあ普通の男がいいなって思うよな。怪我した時なんかすげー心配されて、『ヒーローをやめて欲しいって思っちゃう』って言われたし」

ヒーローなんかやってれば、緊急要請でデートが途中でダメになることも、そもそも一緒に過ごす約束をしてた日に急に仕事が入ることも少なくない。それなりに重傷を負うときもある。今回の彼女は、それをかなり我慢して堪えてくれてた良い子だったから、別れたいって話をされたとき、もっと普通の奴との方が幸せになれるな、と正直に思った。

「…………俺、なら」
「え?」
「俺なら、お前のそういうの全部理解してるし、デートなんか出来なくても、ちょっと顔見るだけで嬉しいから、他の男が良いなんて思わない」
「…………、ん?」
「怪我とかはまあ、すげぇ心配、するけど……。ある程度仕方ないって分かってるから、ヒーロー辞めろとか、絶対言わねえ」
「えーーー……と、いや、轟?さっきお前、好きな奴いるって言ったばっかだろ、」
「ああ。そいつはモテるから、恋人がいることが多くて。でも今は、2年くらい付き合ってた彼女と別れて、フリーらしい」
「……………………………まじか」

酒が入っているとは言え口調もしっかりしてるし、何より轟が勢いや冗談でこんなことを言う奴じゃないってことは分かってる。その顔の赤さだって、酒のせいなんかじゃない。そこらへんが分かってるからこそ、茶化して笑い話にはできないから、戸惑ってんだけど。

「えーっと……いつから?」
「高校の、ときから。……引いたか?」
「いや引かねえけど、全然気付かなかったから」

男に告白されたことなんかもちろん初めてで、いやそもそもこれがどうでも良い男ならさっさと断るんだけど、相手は轟だ。しかも高校から好きって、じゃあ短くとも4年、長けりゃ6年片思いしてることになる。

その間に他の奴を好きになった可能性は、普通の奴なら大いにあるんだけど、そこはまあ轟だしなぁ……。高校のとき、コイツが好きになるってどんな子なんだろ、一回好きになったら一途そうだな、と思った記憶があるけど、それがそもそも女子じゃなく自分だとは思わなかった。一途って予感は当たってたっぽいけど。

「あー、轟は、俺と付き合いてぇの?」
「……うん」
「うんってかわいいなオイ……お前元々顔が良いからいけそうな気してくるじゃんやめて」
「いけるなら付き合ってくれ」
「結構グイグイ来んなお前……」

真剣に俺を見るその表情に、うっかり絆されそうになる。いつものポーカーフェイスは崩れてはいないけど、やっぱりちょっと不安げで、眼が俺のこと好きって言ってて、そんなんずるいだろ……。ちょっと可愛いとか思ってしまう俺はアホか。

「…………確認だけど、轟は俺と、デートとかキスとか、セックスとか、そういうのをしたいっていう、マジの方の好きっていう認識で合ってる?」
「………合ってる。ミョウジが好きだ。女子に告白とかされて、その女子とそういうことするとこ想像してみたりしたけど、ミョウジとキスしたいし、デートしたいし、ミョウジに触られたいと思って、そしたら誰とも付き合う気になれなかった」
「……お前イケメンなのになかなか拗らせてんなぁ……」

俺に相談があると言って、そのときから、告白することを決めてたんだろう。それがどれほど勇気の要ることかは分からないけど、もし自分だったら、何年も友達やってる奴に打ち明けるのは、心臓バクバク言うほどしんどいことだろうな。冷静なこいつも、そんな風になってるんだろうか。向かいに座る轟の心臓に手のひらで触れてみると、ドッドッ、と思ったより忙しない鼓動につい苦笑した。

「っ、いきなり触んの、やめてくれ」
「ごめんって。なあ、キスしてみていい?」
「は?」
「キスしてみて、やっぱ駄目だってなったら付き合えねぇけど。俺もお前もいけそうだったら、───俺まだお前のこと、完全にそういう風に見れてるわけじゃねぇけど、一回、付き合ってみる?」
「っ、いいのか。俺、男だぞ」
「そりゃコッチの台詞だわ」

居酒屋の机越し、なんてムードもへったくれもない場所で、轟の方に身を乗り出した。「目ぇ閉じて」と言えば、従順にも下ろされる瞼。キス待ち顔すら死ぬほどイケメン。こいつはその上、背が高いしスタイルも良いし、そりゃ雑誌の表紙も飾るわ。なんで俺なんかに惚れてんのか謎だ。そういえば前に一回、プロヒーローになってから一緒に雑誌の撮影に呼ばれたことあったな。その時は俺は普通に何も感じなかったけど、こいつは腹ん中ではそうでもなかったんだろうか。自意識過剰なんは分かってっけど、もし、こいつが俺を意識して、何をするにもそわそわして、俺に会えたら嬉しいって思ってたら、可愛くねえ?たぶんデートとかしたことないこいつを、色んなとこ連れてって、人がいないとこならちょっとだけイチャついて、そしたらこいつ絶対今みたいに顔赤くなんだろ。……それやっぱ可愛くねえか?あーたぶん可愛い。普通にかわいい。もう俺、いけるかいけねえか、キスしなくても分かったから、ファーストキスをこんなシチュエーションでしなくても良いわ。

「轟」
「………やっぱり、ダメか」
「いや、違」
「無理しなくて良い、分かってた、から」
「だから」
「悪ぃ、今日は帰る。会計ーーーん、む」

まったく話を聞かない轟に、ちょっとムッとしたことは認める。ついでにここの居酒屋は個室があまり広くなく、だからテーブルも小さめで向かいでもそこまで離れてない。そう、それは、距離が元々近かったのは、俺のせいじゃない。

ただ、轟の胸ぐら掴んでキスしたことは、マジで謝る。ごめん。

「な、何、してんだ……!」
「ごめんって。だってお前が話聞かねぇから」
「だって、おまえ、無理って、」
「言ってねえよ。キスしなくてもWいけそうWって思ったから、わざわざこんなとこで初めてしなくてもいいかって思っただけ」
「……………」
「……まあ結局したけど」
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

轟は、個性がうっかり出そうなほど顔を真っ赤にして、テーブルに崩れた。頭をぶつけた音がした。そのままだと机焦げねぇ?大丈夫?








色々キャパ超えでHPが底をつきそうな轟を家まで送る帰り道、手を繋ぎたいと言ってきたから、好きにさせた。そしたら、まあ普通に繋ぐもんだから、指と指を絡めて恋人繋ぎにしてやった。ますます赤くなる顔。HP少ないの分かってたはずなのに、更にいじめるみたいなことしてごめんって。

「あー、轟、大丈夫か?手ぇ離す?」
「……………死んでも離さねぇ」

───送り狼?あんなん都市伝説だから。なるわけねぇから。ならねぇよ。…………たぶん。
爆ぜたまなざしがふたつ


家に着いて玄関まで入れば、ファーストキスをやり直してくれと強請られた。……俺は絶対に、送り狼になんかならない。絶対に。

title by 英雄
2019.05.25