爆豪に「好きだ。付き合ってほしい」と言ったら、「分かった」と言われて、その日からなんとなく一緒にいることが多くなった。ほどなくしてそういう雰囲気になって、爆豪の家のベッドで抱かれた。男に抱かれるのなんて初めてで痛みだってあったけど、同じくらい気持ちよくて、現実だとは信じられないほど幸せだった。

 だから俺は勝手に、爆豪と付き合っていると思っていた。








 シンプルなインテリアと元々物が少ない爆豪の部屋。会いたくなって連絡をすれば二人ともオフで、適当な時間にこの部屋に来た。なんとなく甘えたくなって、ソファで雑誌を読む爆豪の肩に、額を押し付ける。爆豪は動かないし何も言わない。俺はこの行動が爆豪の許容範囲であると言われているように感じて、だからここで調子に乗ったのがいけなかったんだろう。

 爆豪の雑誌を下ろし、驚いているその顔を一瞬見てから、そのくちびるに触れるだけのキスをした。触れたのはほんの一瞬。だけど爆豪にはこれがありえないことだったようで、ドン、と肩を押されて身体は離れ、俺はソファから転げ落ちた。任務も訓練もハードな日々だ。別に痛くはない。フローリングに打った腰も、押された肩だって、別に。

 ただ、心臓はギシギシと軋んで痛かった。拒絶を感じて、吐き気にも似たぐにゃぐにゃと気持ちの悪い感覚が込み上げる。なにか嫌な予感がするというときには、こういう感覚だった気がすると漠然と思った。

「ッにしとんだてめぇ……。ふざけたことすんじゃねえ」

 爆豪は目を逸らし、くちびるを拭った。言葉と仕草で拒絶されて、ああそうか、と思った。そういえば身体を重ねても、まともにキスをされたことはなかった。つまりそういうことなのだ。俺にとってはこれがファーストキスだったから余計に色々考えてしまって、心臓に鉛が落ちる。まあきっと、爆豪にとっては違うだろうけど。

 その日は、どうやって帰ったか覚えてない。ただ、爆豪が玄関まで見送りに来ないなんてよくあることなのにどれもこれもが一生会えない予感を裏付けるようで、また心臓に傷が増える心地がした。






 そういう嫌な予感ってのはやっぱり当たるもので、その3日後。パパラッチにより爆豪が女優と写っている写真が撮られた。初めてとも言える、ヒーロー爆心地のスキャンダル。

 いかにもこういう話が好きなコメンテーターが意気揚々と司会進行を務めるコーナーで、『爆心地 人気女優と熱愛!?』なんてタイトルででかでかと取り上げられていた。その女優とは前から親交があり、時々話しているのを目撃されていた、とも。


 それが全部本当のこととは限らないことは、ヒーローをやっていればみんな知っている。普通なら2割くらい真実があれば良いほうで、あとは誇張な表現と面白おかしく尾びれがついた噂。

 だけどその時の俺には、その比率が逆転して見えた。何せ、とてもお似合いだったのだ。爆豪と並んだその女性は当然俺より華奢で清楚で可愛くて、とても絵になっている。誰が見たって、俺じゃなくてその女性と一緒にいる爆豪を応援するだろうし、爆豪にとっても良いことのはずだから。

 付き合ってると思ってたのは俺だけだった。愛されてると錯覚してたのも、幸せだと感じてたのも、俺だけ。

 蓋を開けてみれば、爆豪にはきちんと恋人がいて、俺はもう要らないんだと思った。いや、そもそも必要とされていたことなんてあっただろうか? 連絡して約束を取り付けるのも家に行くのも俺からで、唯一爆豪から求められるのは夜の行為だけ。爆豪にとって俺はただのセフレだったんだろう。女を相手にするより、リスクもスキャンダルも避けられる。それだけだ。





 その日から爆豪に連絡をするのをやめた。仕事中の時間帯に一度だけ珍しく爆豪からの着信があったけど、折り返さなかった。きっと前の俺ならすぐに声が聞きたくなっただろう。今は、出来るだけ爆豪のことを忘れていたかった。

 その3日後にはメッセージが送られてきていた気がしたけど、読まずに消した。ブロックすることも一瞬考えたけど、それを爆豪に知られたら何かと気まずいと思うと流石にできなかった。

 その更に2日後、再び着信があった。時刻は22時。電話をかけるには遅めの時間だけど、一般的には起きている人も多い時間。もちろん今の俺は風呂上がりにビールを飲んでいるんだから、例に漏れず起きている。むしろ早寝早起きの爆豪がこの時間帯まで起きてることがレアだ。

 スマホのディスプレイに表示されるその名前を見るだけで心臓の奥が痛いなんて、爆豪はきっと知らないんだろうな。

 その着信は結局鳴り止むまで放置した。もちろん、次の日に折り返すこともしなかった。何の用があったかなんて下世話な話だ。俺がいなくたって性欲処理の相手なんか、あいつなら嫌ってほどいるだろうに。女だってあのスキャンダルの真偽に関わらずすぐに捕まえられる。


 たまたま俺がいたから男でも良かっただけで、女を抱けば、柔らかくてかわいくて良い匂いのするその女の身体に夢中になるだろう。そしたら、もう一生連絡なんて取ることはないだろうな。俺との行為なんて一時の気の迷いだった、くらいに思うかもしれない。
 俺はきっと、生涯忘れられないけど。