そいつ俺んなの。だから触んないで。とか、そんなこと言えないけど、気を抜いたらぽろっと口から出てしまいそうだ。それぐらい余裕がなくて、胸がざわざわする。教室の外じゃ蝉がミンミン鳴いてる。絶えずその鳴き声が聞こえるくらいの暑さで頭がおかしくなったってことにしたいけど、あいにくこの教室は冷房だって効いてるしで、自分のことを誤魔化すのはけっこう難しいもんだ。



「爆豪〜、勉強教えてー」
「は?嫌だわ」
「ここの問題がさあ」
「聞けや!!」
「落ち着いて落ち着いて、あんね、ここまで合ってると思うんだよね、でもこっからが分かんなくて」
「………そもそも使う公式が間違ってんだよ」
「え?どれ、」

みしり。握ってたスマホが軋む音がした気がして、慌てて離した。視界に入れないようにと思ってた光景が、頭の中で再生されて、それに現実の声がアテレコみたいに重なって、俺の脳とか肺とか心臓とか、重要なパーツ全部が黒く塗りつぶされていくみたいだ。身体の端っこの方から、俺が俺じゃなくなるみたいな感覚になる。

こんなこと考えたくないのに。爆豪は友達だしそもそもお互いに他意なんか無いし、別に構わないことのはずなのに、なんでこんなこと、考えちゃってんだろ。


「あー、分かったかも!爆豪さすが!」
「うっせぇわクソが黙れやカス」
「そんな照れなくてい……いたたたた」


本気じゃない罵倒、本気じゃない絞め技。爆豪はなんだかんだミョウジに甘いって、クラスの奴らは全員思ってる。

けど、ナマエは俺の。だから触んないで。



────うわ、なんでだろ。俺、大丈夫か?いくらナマエと付き合ってるっていっても、俺以外の奴らと話さないでほしいなんてまず願ってもムダだし、授業やら演習やら学校行事やらがあるからありえないことだし。なのにこんなこと思ってるのがバレたら、嫌われるかもしれない。

ナマエに好きだって言って、俺もって言ってくれて、クラスのみんなには内緒で付き合い始めて、最初はそれだけで幸せだったのに、今はどうだよ。何が足んねえの。わかんねーよ、自分でも。

「……────り、上鳴ー?」
「へ、あぁ、何?」
「だからー、今日ゲームしに上鳴の部屋行ってい?」
「ん、あー……」

瀬呂の言葉を2、3回くらい反復して、ようやく意味が分かった。いよいよ重症かもしれない。視界のはずれにいたナマエと爆豪を一瞬だけ見る。まだ別の問題を爆豪に教わっているようで、距離が近くて、肩、触れてる気がして、でっかくため息が出そうになるのをどうにか堪えた。

「上鳴、体調でもわりーの?」
「……いや、部屋片付けねーとなって思っただけ!とりあえず風呂のあと、この電気くんの部屋に集合な〜!」
「おう!」

無理やりにでもテンションをあげて、瀬呂と切島とそんな約束をして、それからチャイムが鳴って授業が始まるまで、俺は窓の外をずっと見てた。



▽▲▽▲▽



瀬呂と切島と、瀬呂が誘った砂藤と尾白とで、部屋にぎゅうぎゅうになってゲームをした。盛り上がったし、間違いなく楽しかったのに、ナマエがいたらなって思う俺は駄目なやつなんだろうか。

こーゆーの、依存っつーのかな。重いかな、俺。嫌われたらどうしよ。もうちょっとオトナになんないと、愛想つかされるよな。そんなネガティブな思考から抜け出せないまま何分かが経った。今日ぼーっとしてばっかだなあ。

すると、あいつらが帰ってシンとなったこの部屋に、控えめなノックの音が3回。時計を見れば、もうすぐ11時。誰か忘れ物でもしたかな、と思ってドアを開けると、俺の頭ん中をずっと埋め尽くしてた、ナマエが立っていた。


「……電気、遅くにごめんな。今、いい?」


上目遣い、赤い顔、恥ずかしそうな表情、控えめな言葉。トドメに、二人きりのときだけって決めた、名前呼び。

ああ、やばい。かわいい。やっぱ、好きだなあ。

「っ、電気……?」

部屋に引っ張り込んで、思わず抱きしめた。ナマエは後ろ手に慌ててドアを閉めて、俺の背中に腕を回してくれる。より身体がくっついて、心臓の場所が重なって、溶け合って鼓動がひとつになる感覚。
思うままに背中をなぞったら、薄いTシャツの生地越しに、背骨のラインから腰にかけてをちょっとやらしく撫でてしまって、ぴくんとナマエの身体が跳ねた。

「ごめ、ん」
「や、いい、けど……」

ちょっとだけ腕を緩めると、真っ赤になって伏し目がちなその顔が見えて、好きだって気持ちが抑えられない。

掬うようにキスしたら、拡がる安堵と、湧き上がる欲望。いつもはくっつけるだけのキスが、今日は気付いたら舌を入れてた。こんなキスはもちろんしたことなんかなくて、だけどとにかく、ナマエの舌とか、口ん中とか、感触を余すことなく知りたくて、めちゃくちゃに犯した。

唇を離すと、糸がぷつんと切れた。その光景とナマエの表情とがやらしすぎて勃ちそう、っていうか、ちょっと勃ったかも、最低でごめん。

「ナマエ、ごめん」
「だから、別に、……謝んなくても、」
「違ぇの。俺、爆豪にすげえ、妬いてたから」

ナマエは目を丸くして驚いた。少し開いた口がかわいい。さっきまであんなにやらしくキスに応えてくれてた口なんだと思うと、そのギャップにくらくらする。

「ナマエと爆豪と距離近くて、なんだかんだ仲良さそうにしてて、それが、なんか、嫌で」

ああ、言ってしまった。これからもクラスの奴らとはもちろん関わるし、そもそも内緒で付き合ってんだから、いや内緒じゃなかったとしてもだけど、独り占めなんかできるわけない。それも分かってる筈なのにこんなこと言う俺をどう思うんだろ。

「俺、も、ほんとは、嫌だ」
「へ、」
「電気が他の奴と仲良いの、ざわざわする。今日だって、この部屋にみんなが入ったって、思ったら、会って、………」
「…………会って?」
「う、上書きしたいって、思って」

うわがき。ウワガキ………上書き?

「……ナマエ」
「……………」
「あの、マジでごめん」
「なに、……………………」
「……抜くの、手伝ってほしい、なー……」

だって。しょうがないじゃん。ナマエが可愛すぎるから悪いんじゃん。そりゃ勃つって。まだナマエとは最後まではしてないけど、ていうかこんな寮なんかではしないけど。抜き合いっこは前にやったから、一緒に気持ちよくなりたいから、それは許してほしい。

まあモノ触った時のナマエの可愛さを想像するだけで俺はイけるんだけど。


「……俺は、電気のなら、口でしてもいい、よ」


恥ずかしそうに目を逸らしながら、とんでもないことを言う俺の恋人。
………いや、あの、ほんとにやめて。暴力的なほどエロい。俺らマジで同い年?どこでそんなの覚えてくんの。

付き合った当初は本当に、ただ恋人同士ってだけで幸せ期で、しばらくしたら他の奴らに嫉妬する期がやってきて、まさにここのタイミングなのに、それあっさり乗り越えて今、ナマエ見てたらエロいことしか考えられない期が来ちゃった気がする。

ほんとにどうしよ。ナマエが口でシてくれるとか、そんなん断れないしお願いするしかないけど、いや待って、それ今ズボン越しに触ってんの俺の電気くんですけど、え、ほんとに?


苦い甘いをはんぶんこ

最後は互いに、胸焼けするくらい

2019.06.07