自覚した時にはもうすべて終わってた。いや、そんなこと考えるまでもなく、この気持ちは最初から最後まで墓まで持っていくべきもので、それが出来なければ俺はもう二度と、普通に笑いかけてもらうことすらもできない。

そう言い聞かせ続けて、2年。俺たちは最高学年になった。







「あの、相談に乗ってもらいたいことがあるんだけど、いいかな……?」

ミョウジくんにしか頼めなくて、なんて好きな奴に言われれば、首を縦に降る以外の選択肢はないだろうと思う。それがたとえ、何よりも聞きたくない話題でも。

「えっと、実は僕、すす好きな人がいて、そ、卒業したら、告白しようと思ってて……」
「へぇ、……もしかして、麗日?」
「えっ!?」

緑谷は顔を真っ赤にして、口をぱくぱくと忙しなく動かした。何か言いたいが言葉にならないらしい。心臓が痛くて息が詰まりそうな俺は、それでも表情と声に細心の注意を払いながら、言葉を続けるしかないっていうのに。

「大丈夫だって、たぶん俺以外気付いてないよ。まあ、芦戸とかこういうの鋭そうだし、分かんないけど」
「うっ……、ぼ、僕、そんな顔に出てた……!?」
「まあ、多少は」

多少は。イコール、ずっとお前を見てる俺にだけは嫌でも分かる程度には。
なんて、これは皮肉だろうか。もしそうだとして、誰に対してのものかは分からない。まるで自傷行為みたいだ。俺にそんな趣味は無いけど。



───愛されることは幸福ではない。愛することこそ幸福だ。

昔、誰かの格言だか名言だかで、そんな言葉を見た気がする。恋や愛を知らなかったその時の自分は、どんな感想をそれに抱いたのかはもう覚えてない。
ただ、今その言葉を読んだら、間違いなく否定するだろう。だって俺は、こんなに愛してしまってるのに、ちっとも幸福を感じていないんだから。

「……で、相談ってのは、麗日のこと?」
「うん、その、今はお互いに忙しいし、告白は卒業してからにしたいけど、……次の休みにでも、出かけようって誘いたいなと、思って」
「じゃあ俺に聞きたいのは、デートプランのことか」
「デ……、っ、うん、ミョウジくん、ご飯屋さんとか、レジャーとか、詳しそうなイメージがあって」

たぶん、教室で俺が女子と話してたのを聞いたんだろう。いつだったか忘れたけど、デートスポットの話になって、ランチとかカフェとかの店の話になった気がする。
そういえば、美味い店に一人で行って開拓してくのが好き、みたいな自分の発言が元だったような記憶がある。それで緑谷は俺に相談する運びになったらしい。あのときの何気ない会話が、このしんどい展開を生んでるとは、人生なかなか上手くいかない。

「遊びに行く場所はあんまり分かんないけど、おすすめのカフェとかならいくつかあるかな……。まあでも麗日なら、どこでも喜んでくれそうだけどな」

俺の思いをぶつけたと錯覚するくらい、心からの言葉だった。俺がもし緑谷とデートできるなら、場所なんてどこでもいいし、店だって何でもいい。一緒にいられて、同じ景色が見られたらそれでいい。こんな気色悪いこと、絶対に言えないけど。









緑谷との話を終えて自分の部屋に戻ると、なんでか焦凍がいた。「おかえり、遅かったな」……いや、なんでだよ。

「勝手に入んなっつーの」
「わりぃ」
「全然悪いと思ってねぇのに謝んなし」
「課題が解けなかったんだ。なのにお前がいないから、部屋で待つ方が合理的だと思った」
「年々遠慮がなくなってきたなお前」

相澤先生から移ったその口癖が、どこか懐かしい。ローテーブルに我が物顔で教科書を広げる焦凍は、俺の様子に何かを察したようで、だけど気付いていないフリをした。一年の時はこういう他人の機微にとことん疎かったこいつも、人並み程度には分かるようになってきたらしい。

ベッドにうつ伏せになって寝転ぶ。枕に顔を埋めると視界は当然のように真っ暗で、何も考えなくていいと言われているようだった。緑谷の顔を思い浮かべてはかき消す。俺じゃ駄目か、なんて、ベタなドラマのチープな使い回しの台詞だと思ってた。今は、それが何度か喉から出そうになるのを堪える側だ。笑える。

「……体調でも悪いのか?」
「んー……、いや、うん、大丈夫」

大丈夫だ。卒業まであと少し。ここまで耐えてきたんだから、最後までちゃんと、友達でいられる。

しばらくして頭を起こすと、ぬっと手が伸びてきたので、思わず仰け反ったが避けられず、ぴたりと額にくっつけられた。この部屋には俺と焦凍しかいないから、もちろんそれは焦凍の手だ。

「熱はないな」
「大丈夫だって、……ていうか焦凍の手で触っても、正確な温度なんか分かんないだろ」
「確かに」

焦凍は俺の額から手を離し、そして手の甲で俺の頬をなぞった。枕の跡ついてるぞ、とやけに優しい顔で笑うから、その表情がどこか緑谷と重なって、情けないことに泣きそうになった。

俺は男が好きなわけじゃない。過去には彼女だっていたし、だから普通に女の子が好きなはずで、だけど、どうしてか緑谷を好きになった。そう、緑谷だから好きになったわけで、だけどもし、好きになったのが焦凍とかなら、また違っただろうか。

「お、ナマエ、どうした」
「なんでもない」

焦凍の手に擦り寄って見る。伸ばされたのは右手だったから、ひんやりと冷たい。

「焦凍だったらよかったかなぁ」
「……何がだ?」
「こっちの話」
「………、……」

何か言われた気がするけど、よく聞こえなかった。少しだけ声が固かったような気がするけど、それが何故かなんて分からない。頭がうまく回らないから、もう一度枕に突っ伏して、目を閉じた。まあきっと偶々だろう。珍しく疲れを見せた俺に、困惑してるだけ。そういえばこいつは課題で分からない問題があったんだっけ。ちょっとだけ寝て、それから一緒に考えるから、今は寝かせてくれよ。

すぐにやってきた微睡みの中、優しく頭を撫でられたのが心地良くて、またちょっとだけ泣いた。




あなたの世界が振り向かずとも

「俺じゃ駄目か」と、そんな言葉が耳元で聞こえた気がした

2019.06.17