「ねぇミョウジさん、今度メシ行きません?」

最後のブローが終わって、ワックスを指先に取った、そのタイミングだった。人気ヒーローであり、俺の常連客でもあるチャージズマだけど、そんな誘いを受けたことは今までに一度もなかったので、鏡越しにぱちりと数度瞬きをした。鏡に映ったスタイリストの自分は、なかなかに間抜けな顔をしていた。

「此処に来たら会えるけど、それだと多くても月1だし」
「まあ、そうですね」
「休み被ってる時とか、会えたらなーって」
「それは構わないですけど、俺、店とかレジャー系とかあんまり詳しくないですよ」
「………ミョウジさん、鈍いってよく言われない?」

そう、チャージズマとそんな会話をした。連絡先を聞かれたので、本来は客には教えてないけどまあ常連だし、何よりヒーローだから悪用されたりもしないだろう、とプライベートのスマホでメッセージアプリを開いた。

あとはいつも通りセットして仕上げて、お会計をしてもらって、チャージズマはいつも通り帰って行った。その後も絶えずお客様が来るので、スマホを見る時間は無く、家に帰った頃に見て、チャージズマらしく稲妻のアイコンがあることで漸く、ああ連絡先を交換したんだった、と思った。



その日から2週間。電気くん───そう呼んでと言われた───と、ものすごく美味しいオムライスを食べている。前に好きな食べ物を聞かれたときに、オムライスと答えたことを覚えていてくれたらしい。

「ここ、前に先輩に連れてきてもらって。オムライスがすげー美味かったから、ミョウジさんにも食べさせたいなって思って」

ちょっと照れたように言う電気くんは、対面の俺にとても甘い表情をしていて、きっと沢山の女の子を泣かせてるんだろうな、と思った。そうでなくても外見は良いし、お洒落だし、個性だって格好良い。モテないわけがない。

「オムライス好きだから嬉しいですけど。俺で良かったんですか?」
「……ミョウジさんとがいーの」
「? すみません、何て?」
「何でも〜。それよりどう?美味いっしょ?」
「うん、こんな美味しいオムライス、食べたことないです。すんごい幸せ」
「〜〜〜ッあーーーー……それは、良かったデス」

カニクリームコロッケ定食を先に食べ終わっていた電気くんは、机に突っ伏して唸っていた。お腹痛いんですか?と聞いてみたけど、どうやら大丈夫らしい。








そんなことがあった日の翌週、来店したのはプロヒーロー爆心地だった。そして、いつも通りのヒアリングを終えてすぐ、手首を掴まれた。「どうされました?」と聞けば、「連絡先」と返された。単語ひとつではなかなか解読が難しい。

「アホ面……、チャージズマには教えたんだろ」
「え、」
「俺にも、教えろや」

何だかよく分からないけど、妙に絞り出すような声だったので、連絡先は交換した。顔赤いけどこのままシャンプーに案内しても平気ですか?と聞けば、赤くねぇわ!と言われたけど、どう考えても赤い。熱あるのかな。それか、爆破系の個性って聞いたから、そういうのの影響?
というか、チャージズマと爆心地って交流あったのか。テレビをあんまり見ないから知らなかった。

その後はいつも通りで、ムースで束感を意識しつつ軽く整えて、長さを確認して、終わり。この人はいつも眉間に皺を寄せてるタイプの表情筋の人だけど、顔が本当に整っているので、正直言って何をしてもキマる。元も子もない話だから言わないけど。そんなことを考えながらでも手は動き、爆心地はいつも通りカードで支払って帰っていった。

仕事が終わった時間にスマホを見ていると、爆心地からメッセージが来ていた。『また頼む』『あんま働きすぎんなよ』というメッセージで、文字で打つのが億劫になったのもあり、無料通話のボタンを押して、電話をかけた。

3コール立たないくらいで、『もしもし?』とよく通るテノールが聞こえた。

「メッセージでお気遣いいただいたお礼、言えたらと思って」
『ンなことかよ。気遣わんでいーわ』
「あと、」
『あ?』
「爆心地の声聞くと、なんかホッとしました。やっぱりヒーローだからですかね」
『…………マジでそーゆーとこだわテメェは…………』

地を這うような声が聞こえて、電話だから見えてないことは分かってるけど、首を傾げておいた。

その後、名前で呼べと言われたので、勝己くんに落ち着いた。電気くんを下の名前で呼んだから合わせたけど、また電話の向こうで変な唸り声が聞こえた。ヒーローってそういうリアクション多いな。








「あ、」
「ア? ……てめぇ今仕事終わりか、」
「ミョウジさん!?グーゼンっすね!」
「はい、お疲れ様です」

ある日の日曜日、駅前で見知った顔を見つけて、思わず声が漏れた。すると向こうもこちらに気付いたようで、二人が近付いてくる。人でごった返してるのに、オーラあるなぁ。帽子を被ってマスクをした勝己くんと電気くんを見て、そんなことを思った。

「おーい、その人、どちら様?」
「バクゴーと上鳴の友達か?」

その後ろから、体格のがっしりした人と、少し大人びた人が歩いてくる。どこかで見たことがある気がするけど、思い出せない。ただ、この二人の知り合いなら、ヒーローだろうか。

「……例のスタイリスト」
「あぁ、この人が。……初めまして、瀬呂です」
「切島っス!初めまして!」
「あ、どうも、」
「ミョウジさん、マジでカットうめぇんだよな〜!たまたま爆豪も同じ店に通ってたって知ったときはすげービックリした!」
「てめぇが勝手に後から来たじゃねぇかクソが死ね」
「ハハッ、ひっでぇ!」

とても仲が良いようで、気の置けない関係らしい。主に電気くんが絡んで勝己くんがそれを突き返す感じではあるけど、なんやかんやと盛り上がっている。

そしてそこで漸く、思い出した。この二人。セロファンと、烈怒頼雄斗だ。何かの番組で、チャージズマと同級生だとかで対談していた気がする。

「つーか、てめぇ家こっちなんか」
「はい、6駅先です」
「あれ、缶ビール買ってんの?家飲み?」
「明日休みですから。けど眠くなりそうなんで、基本は家で」
「あ、じゃあ、よければミョウジサンも爆豪ン家で飲みません?」

セロファン(であろう人)がそう言った瞬間、爆心地と電気くんがギラリと声の主を睨んだ。迫力が凄まじい。ただ、慣れているのか当の本人はどこ吹く風で、隣にいる烈怒頼雄斗(と思しき人)もまあまあ、と軽く諌めるだけだった。

「いや、お邪魔だと思うんで……」
「ッ邪魔じゃねえわ来いや!」
「え?」
「かっちゃんそれだとミョウジさんびっくりするから!」
「全然気にしないでいいっスよー、爆豪の家広いし」

そんな会話の中、なんやかんやで流されて、一緒にホームに並んでいる。普通に並んでいるだけ、なんだけど、視線が痛い。これは完全に自意識過剰ではないと思うんだけど、ものすごく見られてる。そりゃそうだ。人気ヒーローだとバレているかは分からないが、スラッとした格好良い男性が4人いて、そこにパッとしない奴が一人混じってたら、俺だって逆の立場ならついつい見てしまうかもしれない。

「あちゃー、電車遅れてたんだよなぁ。ただの車両点検だったっぽいけど、すげぇ混みそう」

烈怒頼雄斗(と思しき人)がそう言った通り、ホームに入ってきた電車は、既にかなりの乗車率だった。とりあえず乗るものの、自分で立っているというよりも人の圧で立たされている、という感じ。朝のラッシュとそう変わらない混雑に、仕事の疲れは増した。

ガタン、と揺れた直後、バランスを崩した俺は、誰かにダイブした。鼻を打って痛い。慌てて離れようとするも、足の踏み場的にもかなり難しく、とりあえず謝って、そしてどうにか顔を上げたら、赤い髪が見えた。思いのほかその顔も近くにあって、驚きで固まった。さっき鼻をぶつけてしまったのは、烈怒頼雄斗さん(仮)の胸板だったらしい。ていうか、踏ん張りきれなかった俺が急に倒れてきてもビクともしないとか、鍛えてるんだなぁ……。

「あ、えーと、だ、大丈夫っすか?」
「大丈夫なんですけど、すいません、ちょっと足の踏み場なくて、離れられなくて」
「や、俺は別に大丈夫っすけど……!」

心なしかその頬は赤い。これだけ満員の電車で、更に人が抱きついてきてたら、そりゃあ暑いに決まってる。「暑いですよね、すみません」と謝ると、え?と聞き返されたので、正直に言った。

「俺がくっついちゃってるから、暑いんですよね?顔、赤いんで……」
「!!」
「ぶはっ、くく、切島ドンマイ」
「切島くっそ羨ましい……ラッキースケベ……」
「……覚えとけよクソ髪……」

俺を支えてくれただけなのに、人並みに押されてちょっとだけ離れたところにいる周りの4人ひどい言われようである。まあこれがこの4人の通常運転なんだろうけど、───それにしても、ラッキースケベって。

「俺の方が胸板にダイブさせてもらったんで、どっちかっていうと俺がラッキースケベですよね?」

4人が無言になった。え、なんで?









「んじゃ、カンパーイ!」

電気くんの音頭によって、ビールの缶を傾けて各々がコツンと交わらせる。どうにか家に到着し、それぞれの飲み物とつまみをテーブルに用意して、すぐに飲み会は始まった。

ちなみに準備をするとき、勝己くんはキッチンに立って、パパッとつまみを盛り付けてくれた。たぶんほぼ買ってきただけのおつまみのはずなのに、その皿の完成度は高く、なんだかお洒落だった。元々のセンスがいいんだと思う。

「あれ、そういや俺ら、ちゃんと自己紹介してなかったっすね」
「あ、いや……。セロファンと烈怒頼雄斗、ですよね?」
「知っててくれてんすか?」
「嬉しいなー」
「前は本当にヒーローのこと全然知らなかったんですけど、今は勝己くんと電気くんがご来店されるんで、ちょっとニュースとか見るようになって」

そこまで言うと、二人が動きを止めた。びっくりしたような顔、というか実際にものすごくびっくりしてるようだ。また何かまずいこと言った?

「……W勝己くんW?W電気くんW?」
「へぇ〜〜?ほォ〜〜?」
「うぜェ」
「つーか爆豪も名前で呼ばれてんの!?」
「何お前ら、全然かと思ったら頑張ってんじゃんかよー?」
「うるせえ!!」
「???」
「あー、ミョウジさん、こっちの話なんで!気にしなくて大丈夫なんで!」

それよりコレ食います?と烈怒頼雄斗さんが勧めてくれたつまみは、パッケージのお洒落なキューブのチーズで、お言葉に甘えて一ついただいた。

「……!美味しい……!」
「あ、それ美味いっしょ?瀬呂くんのオススメっす」
「へぇ…!どこで売ってるんですか?」
「ウチの近くのデカいスーパーでしか見ないんすよねー。けど美味いっつってくれて嬉しいっすわ、コイツらにはボリュームが足りないみてぇで」

「俺は、すごく好きですけどね」

俺がそう言うと、セロファンは一瞬目を丸くした後、「なるほどね」と一言呟いて笑った。なるほどってなんだろう。








その後、美味しいつまみと酒に、だんだんと意識がふわふわしてくる。眠気に負けそうになっていたら、がっしりと背中を支えられた。肩に腕が回っていることに後から気付いた。そのまま引き寄せられて、隣にいた勝己くんの腕だと認識した。

「眠ぃんならベッドで寝とくか」と言われたので、どうにか首を横に振る。家主のベッドなんか借りるわけにはいかないし、何より、この賑やかな空間から抜けるのは心苦しかった。

ああ、けど、抱き寄せられたその腕や肩の体温が心地いい。無意識にすり寄ってたことを自覚したのは、触れさせた頬や額の温かさを感じてから暫く経ってからで、そのときにはもう俺は睡魔に負けかけていた。

「眠ぃんだろが。ベッド連れてってやっから、」
「ん゛ん……」
「……っ!!」
「……………あったかぃ」

言い訳になるけど、家で一人で飲むときは眠くなったら適当に床かソファで寝てるから、飲んだときに眠気に抗う習慣がない。なかなか酷い生活能力だとは思うけど、休みが週1回なことがザラだから、その日は好きに過ごすことにしてる。自分に甘い行動だとは思うけど。

だから、もう、限界だった。冷房の効いたこの部屋で、心地良い人の温もりがすぐ近くにあって。こんなにも安心しきってしまうのは、此処にいる人たちがヒーローだから?それとも、いま身体を預けているのが勝己くんだから?分からないけど、意識は保てそうにない。

降りる瞼を持ち上げられないまま、意識を手放した。耳元で声が聞こえた気がしたけれど、もうそれを脳で処理することすらできなかった。


▽▲▽▲▽


爆豪に擦り寄ったその仕草に爆豪がキュンキュンしてるのと(実際はそんな可愛い表現どころじゃない感じだと思うけど)、上鳴がそれをものすごく羨ましそうに見てるのを考慮して(羨ましすぎてか無意識に放電しかかってて危なかった)、寝室のベッドで寝かせるのは色々危険なんじゃないかという俺の進言によって、爆豪はリビングのソファにミョウジさんを寝かせた。

さて、いよいよ楽しくなってきたのは俺だけだろうか?

「爆豪と上鳴がご執心になるのも分かるわー」
「え゛っ!?」
「あ゛ぁ?てめぇまで何言っとんだ殺すぞ」
「ヒーローが殺すとか言うなってのバクゴー……」

爆豪はちらちらとミョウジさんを見ながら、いつもよりかなり音量を下げて俺に噛み付く。上鳴は酒もあってか、顔を赤くして慌てる。

いつぞやの酒の席で、まず爆豪が「オトしてぇ奴がいる」と俺に言ってきた。そこそこ酔ってたから、ぽろっと零した、に近いかもしれない。それとほぼ同時期に上鳴が切島に相談して、んでこのメンバーで飲んだときにこの三角関係?が発覚した。そんなことあるか?もういっそ笑える。

まあ、何となく分かるのだ。たぶんこれは切島も思ってるだろうけど、ミョウジさんにはなんとなく、守ってあげたいというか、放っておけないというか、そういう風に思わせる雰囲気がある。

「まぁ頑張れよ。お前らがモノにできないなら俺らも参戦しちゃうし。な、切島」
「は!?お、俺は別にんなこと考えてねーよ……!!」
「ハイハイ」

とりあえず今は、ミョウジさんの寝込みを襲わせずにどうやって夜を明かすか、それだけは考えておいた方が良さそうだ。


運命線はあみだくじ

そんなこととはつゆ知らず、W王子様Wはすっかり夢の中らしい

2019.07.15