一日の授業が終わって、身体はそれなりに疲れた。今日は金曜日だ。一週間の疲れは溜まってるが、明日は休みだから、誰か誘ってちょっと遊びに行くのもいいかもしれねえ。

そう思ってたら、上鳴が「なあなあ切島!」とテンション高く話しかけてきた。

「学校の前に誰かいる!」
「え?……あ、ほんとだな」
「てかあの制服とカバン、貴ノ宮のじゃね?」

瀬呂の言葉に、遠巻きに見ていたクラスメイトたちも窓から身を乗り出した。貴ノ宮高校といえば、雄英と並んで全国でも高い偏差値を誇り、特に高校から唯一医学部があることで有名な学校だ。雄英ほどではないらしいけど倍率も高く、レベルが高い。

上鳴が言った制服とカバンは、よく貴ノ宮の入学式や卒業式は新聞やテレビに出るので、他校の俺たちでも見ればわかるほど有名だ。

「誰か待ってんのかなー」
「雄英に友達でも居んじゃねーの?」

そう、別になんてことはない。わざわざ校門の前に人がいることは珍しいけど、前には記者が詰めかけたこともあるわけだし。
みんなもそう思ったのか、またワイワイと放課後の賑やかさが戻る中、ふと何気なく爆豪を見ると、電話をしていた。

「……もしもし?おいコラ、てめぇウチの門の前にいるらしいじゃねーか」
「駅で適当に待っとけっつったろうが」
「……るせぇ、ンなもん会わんでいいわ」
「わァったよ。けどまた今度な。とりあえず今から教室出るから待っとけや」

クラスがシン、と静まり返った。そりゃそうだ。まず、爆豪の最初の一言二言で、さっき話題に上った門の前にいる生徒が、爆豪の知り合いだったこと。そこまではまだいい。問題はその後の会話だ。
爆豪といえば、アツいし根は良いやつだけど、言動は粗暴だ。これは女子だろうが男子だろうが、だれに対しても基本スタンスは同じ。

それが、今の電話の声。爆豪にしては穏やかで優しいそれに、クラス中が驚いた。ともすれば、こう、カノジョとかに向けられるみてーな甘さがあって……。

「バクゴー!あの人、お前の知り合いかよ!?てかさっきの電話……どーゆー関係!?」
「ねえねえ爆豪、紹介してー!貴ノ宮の人と話してみたい!!」

さすが、上鳴と芦戸は俺があれこれ考えている間に切り込んでいった。お前らの度胸、漢だぜマジで……。けど話題が話題だったので大人しく爆豪の返事を待つと、「あ゛ァ?」と不良そのものな応答だった。まあこのままいつもの罵声とともに下校するってパターンかな、と推測しながら見ていたのに。

「あいつは俺ンだ。見てんじゃねーよ」

なのに落とされた爆弾はそれはもう、普段の爆破とは比べ物にならない威力をもってこの1-Aに投下された。

爆豪が教室を出た後、幼馴染の緑谷にクラスメイトが集中砲火。あれ誰、つまりどういうこと、と(主に上鳴と、恋人ほしさの嫉妬に狂った峰田が)質問責めにしていると、緑谷はあっさりと「ナマエくんはかっちゃんの恋人だよ」とカミングアウト。別に男同士だってことは今どき気にしないけど、あの爆豪に恋人がいるとなると俄然気になる。
写真ある!?見せて!!と今度は芦戸や瀬呂が興味を更に持ち、卒業式に撮ってスマホに入れたのがあるかも、と緑谷が写真を漁ってくれて。

「あ、あった……。この人だよ」

その写真は緑谷との2ショットだった。轟に負けず劣らずの美形で、なんか頭良さそうな知的な感じのイケメン。

「この写真、かっちゃんに内緒で撮ってもらったんだ。バレたら多分ものすごくキレるから、内緒にしてね……!」

嫉妬する爆豪を見たい気持ちか、写真を見たことがバレたら緑谷だけじゃなく俺らまであの爆破の餌食になるリスクか。
とりあえず週明け、勇者な上鳴や芦戸あたりが恋人について聞くと思うから、聞いてないフリをしてばっちり聞いてみたいと思った。

▽▲▽▲▽

門を出るとパッと顔を上げて、腑抜けた笑顔を俺に向けるナマエは、絶対にこういう場所で待たせるのには向いてない。「お疲れ様、急かしてごめんな」と何も悪くない(強いて言うならここに来たことは反省して欲しいもんだが、俺がそう思う理由はたぶん分かってない)のに謝る腰の低さは嫌いじゃないが。

「下校時間なら、勝己の友達にも会えるかなと思ったのになー」
「会わんでいいっつったろ」

他愛もない話をしながら駅までの道を歩く。放課後に出かけるのも、それどころか電話やメールじゃなくこうして会えるのすらも久しぶりで、なのにそんな貴重な時間をあいつらに割く義理はねえ。
隣を歩くナマエの横顔を見る。相変わらずお綺麗なツラしてやがる。中学のときもモテていたから、どうせ今の学校でもモブ女に告白だの何だのとモーションかけられてんだろ。

「? かつき?」
「今日、駅前で何か買い物するもんあったんか」
「いや、別にないけど……」
「んじゃ、このまま俺ン家こい」
「え、」
「……はやく、触りてえ」

指を絡ませて手をつなぐ。そのまま引き寄せると、肩が触れた。数秒経ってから、「俺も」と小さく溢れた言葉は、聞こえたけど聞こえねえフリをして聞き返す。

「っ俺も、勝己に触られたい……っ」

ああ、これだから、こいつは誰にも渡せない。
今頃教室じゃデクあたりが詰め寄られていて、ナマエのことを話して、何人かはこいつに興味を持つ。あとこいつの学校じゃ、モテるくせにW彼女はWいないこいつの特別になりたくて、無駄なアプローチするモブがいる。

こいつは俺のだ。おまえらが噂してる、あるいは憧れてるミョウジ ナマエは、今から俺に抱かれんだよ。俺の下で啼いて、喘いで、突き上げられて、ヨガって、気持ちいいと、もっとと言って強請って、俺が好きだと幸せそうに笑う。

そんなカオは俺しか知らない。これまでも、これからも。
春一番はもう過ぎた

誰にも見せない、誰にも触らせない、誰にもやらない

2019.05.02