最近、切島がおかしい。

「おはよ、切島」
「っ、はよ!先に教室行ってるな!」

挨拶するとものすごく驚かれて、同じ教室へ行くのにすぐ先へ行ってしまう。

「切島、食堂行かない?」
「わ、悪ィ。来るときコンビニでパン買ってるし、他の奴と約束しちまってんだ!」

昼飯に誘っても、高確率で断られる。

「切島ー、俺の背中の傷って、血ィ止まってる?医務室行くか悩んでて、」
「んな……っ、医務室行けって!痕とか残るかもしれねーだろ!」

演習後に更衣室で話しかけて、自分からは見えない傷を見てもらおうと声をかけたら、切島は慌てて服を着て出て行ってしまう。心配はしてくれるけど、どこかよそよそしい。



「何かしたかな、俺。爆豪、なんか知ってる?」
「知るわけねェだろボケ、さっさと解けや」

切島と親しい人物として、爆豪に白羽の矢を立てた俺は、適材適所ということを学んだ方がいい。
ただ、爆豪はとても勉強ができる上に、教えるのも意外に上手いので、その点はとても適任なんだけど。

なんやかんやと勉強を教えてもらいながら課題をやり終えて、爆豪の部屋を出ると、ちょうどガチャリと目の前のドアが開いて、切島が出てきた。そういえば爆豪の隣の部屋は切島だった。それなのに名指しで相談してしまっていたことを少し反省した。
切島は俺を見て固まってから、慌てたようにドアを閉めようとしたので、ドアに足を滑り込ませて防いだ。

「な、何して、」
「ごめん切島。ちょっとだけ話したい。ダメ?」
「う、……」

ダメってことはねーけど、と歯切れの悪い返事。駄目じゃないけど、歓迎もされてない。ああ、やっぱり俺が何かしたんだ。でなきゃ、友達思いで明るくて優しい切島が、理由も言わずにここまで俺を避けるはずない。
なんか泣きそうになってきた。切島に嫌われたことが、こんなにもショックだと思わなくて、自分でも驚く。男がこんなことで泣くなんてみっともない。分かってるのにせり上がってくる涙が瞳に膜を張る。

「っちょ、なんで泣いてんだよ……!」
「ぅ、……ごめ、」
「とりあえず部屋入れ!散らかってっけど!」

促されて入った部屋は、なんとなく切島の匂いがした。握力を鍛えるやつか何かの小さなトレーニング器具のほかに、教科書やノートが散らばっていた。時刻は21時。風呂に入った後だし、ゆっくり課題とかやってたんだろうな。そんな時に入ってしまったことに、罪悪感はつのるものの、切島ともう一度話せるようになるチャンスを逃す選択肢はなかった。

「……あのさ。最近ずっと避けられてるの、気になってて」
「……それは……」
「俺が何かしたなら、謝るから」
「え、」
「だから、……前みたいに仲良くなれないか?」

切島は驚きの表情で固まったあと、さっと目を逸らした。もうなんか、色々駄目かも。また涙腺が緩んだ気がして、瞬きを繰り返しながらそれに耐えていると、「ごめん」と切島が呟いた。仲良くはなれない、という意味の謝罪か。やっぱり駄目なんだと思ったら、また落ち込む。

「違う、俺が、悪いんだ」
「……いいよ切島、分かったから」
「っ本当に、違くて!お前は何もしてねーし、仲良くしたいとも思ってんだよ!……でも、その、……ちょっと色々あって、顔見れなくて……」
「色々って、やっぱり俺が何か、」
「い、意識しちまってんだよ、お前のこと」
「…………意識?」
「……引かれてもしょうがねーけど、ミョウジを、恋愛対象として、そういう目で見てる」

切島の言葉がうまく頭に入ってこなくて、必死に頭の中を整理した。さっき爆豪に教えてもらった、公式の使い方とか応用問題の解き方とかはなんかもう頭から飛んだけど、ごめん爆豪、それどころじゃないから許して。

恋愛対象って、アレか。好きとか愛してるとかのやつ。親愛や友愛じゃなく、恋愛の方?男にそう言われるのは初めてで、言いにくいことを吐露してくれた切島に何か伝えたいのに、頭が口が、動かない。

「その、まあ、時々ヌいたりするだろ?」
「え、うん」
「そのときに、……ミョウジのこと思い浮かべちまって」
「……え、」
「なんでかミョウジとエロいことしてんのとか、ミョウジのエロい顔とか想像して、したら勃ったし、そのままヌいちまって、その時から顔とか見れねーし、着替えも目に毒で……。風呂なんか100パー無理だし、友達なのにそんな目で見ちまって、意識すんのやめようと思っても無理で、それどころかミョウジが他の奴と楽しそうに喋ってんのもモヤモヤするし、隣の爆豪の部屋にいんのも分かってたから、それも嫌で集中できなくて……っ」

たどたどしくて支離滅裂で、だけど顔を真っ赤にしながらも一生懸命に伝えようとしてくれている切島は、やっぱり優しい。

「気持ち悪いよな……。マジで悪ィ。いつか、前みたいにできるようになるから、今はなるべく俺から離れててくれ」
「別に俺のことは……、その、なんか罪悪感?とか感じなくたって、」
「そうじゃねえよ。今だって、こんな時間にお前が俺の部屋にいるってだけでやべーんだって。分かる?」

分かるか分からないかで言われると、『言っている意味は分かるが、感覚の理解はできていない』が正解だと思う。だって俺の中では、切島は友達なのだ。ただ、友達に性的な目で見られても特に気持ち悪さなんかはないことは意外だと思ってるけど。

「好き、なんだよ。ミョウジ見てっと、心臓ぎゅって痛くて、けど見たくて、ついでにムラムラして触りたくなって、き、キス、とかその先とか、したくなる」

それどころか、誠心誠意まっすぐな目と言葉で愛の告白と欲望をストレートにズバッと投げてくる切島に、俺の心臓がどくどくと不整脈を刻み始めて、大病の初期症状を疑いたくなる。スリーアウトチェンジ、のコールはまだまだ聞こえない。
心臓が住処


ど直球のストレートを打ち返せるか否か

2019.05.02