W恵、起きてる?W

なまえからのメッセージに、W起きてますWと端的に返す。すぐに送られてきたW部屋行ってもいい?Wという返信に、簡単にOKの返信をした。

まもなくコンコンと控えめなノックの音が聴こえて、返事をすると枕を持ってきたなまえが入ってきた。

「……ごめん」
「別にいいですよ。今から寝るとこだったし」
「本当か?」
「本当です。……ほら、寝るんでしょ」
「ん、ごめん、ありがとう」

一人用のベッドに二人は狭い。男二人なら尚更。だから必然的にくっつくことになって、一緒に寝る時、俺はいつからかなまえさんを抱きこんで眠るようになった。これは数日に一度の習慣。



この人とは幼馴染ってやつで、知り合ったのは小学生3年生くらいのとき。五条先生がある日「この子も僕の弟子で、みょうじなまえっていうの。歳は恵の一つ上だよ」と紹介してきて知り合った。今は準一級で、二年の中で狗巻先輩と並んで一番階級が高い。それくらい強くて、虎杖なんかと馬が合うようなノリが良くて明るい性格のなまえさんが、ときどき夜に眠れなくなってることや、こうして俺に連絡を寄越してくることなど、最初は想像もつかなかった。

──なまえは子どもの時、寝てる間に呪霊に襲われてんの。まあ大きな怪我もなく無事だったけど、トラウマってやつだろうね。夜、眠れなくなる時があるみたいで、恵が可能な範囲でいいから、ときどき気にかけてやってよ

俺が入学するときに五条先生からそう説明を受けて、そして一緒に寮で生活している今、眠れなかったらとりあえず連絡してくださいと伝えて、ときどき一緒に眠っている。一人で眠ると嫌な夢を見てしまう夜があるらしいが、誰かと一緒だと大丈夫なようで、俺と寝る時は割とすぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。

なまえさんは部屋に入ってくる時、俺にいつも申し訳なさそうな顔をするが、俺はなまえさんと寝るのは嫌いじゃなかった。たしかに狭いし寝返りなんかはうてる筈もないが、冬は温かいし、その心音とか匂いとかが、なんとなく落ち着く。別に俺自身は寝つきが悪いわけではないけど、一人で寝るより心地いいと感じていたから、断る理由は特になかった。


▽▲▽▲▽


その日は、自分でも分かるほどイラついていた。新しい調伏の疲労や、五条先生との特訓で術式や体術が思うようにいかない自分への焦り、憤り。ただただ悩んでいて、だから、ついさっき届いたあの人のメッセージにも素直に返すことができず、既読だけをつけてそのままベッドに入った。

いざベッドに入ると、自分で無視をしたくせに、なまえさんがどうしているのか、ちゃんと眠れているのかどうかが気になって、なかなか眠れなかった。

俺はなまえさんからの連絡があったとき、自分がもう寝てしまっていて連絡自体に気付かなかった時以外、一度も断ったり返事をしなかったりしたことはなかった。だから、次の日にそれについて何か言われるかと思ったが、なまえさんは訓練で会った時も何も言わなかった。別段気にしていないのかもしれない。それはそれで少し面白くないような気がしたけど、自分から言うのも違う気がして、結局何も言えなかった。

そうしてその日から、なまえさんからの夜のメッセージがぱたりと来なくなった。業務連絡としては普通にやり取りするし、話すときだって普通だ。二人でいる時も他の同級生や先輩と一緒にいる時も、特に変わった様子はない。だからこそ聞きにくくて、もちろん眠れているなら良いことの筈だけど、なんとなく気になって。

だから任務終わりに、送迎の車から降りて寮に帰る途中、自販機の前で見かけたその背中を呼び止めた。少しだけ部屋で話せませんか、と。なまえさんは少し怪訝そうな顔をしながらも、すぐに了承した。

俺はといえば、どうしてかなまえさんを部屋に入れることに、少し緊張していた。どうしてだ。何度も招き入れ、一緒に眠っていたのに。

そもそもあの日の俺は、本当に疲れていた。メッセージを読んでおいて無視したことは悪かったと思っているが、だからといって別に疚しいことがあるわけでもない。なのに、心臓が忙しなくて落ち着かない。




部屋に入ってベッドに腰掛けるよう促せば、躊躇いもなく従うなまえさんに、隣に座りながらどうしてかもやもやする。そしてそれを上回るほど、じわじわと胸の奥が熱い。

「どうした? 任務で何かあった?」
「……いえ、」

話す内容は考えていたが順序や聞き方を考えておらず、どう切り出すべきか迷う。まずあの日のことを謝って、いやまずは最近の夜のことを聞いたほうがいいか、いや、それとも。ぐるぐると迷っている間に、隣に座るなまえさんの顔が視界にフレームインした。顔を覗き込まれ、その距離の近さに、思わず上半身が逃げた。

「あ、ごめん。体調でも悪いのかと思って」
「別に、大丈夫、です。……アンタこそ、最近は夜、ちゃんと、眠れてるんですか」

話の構成は考えている途中だったが、自然な流れで聞けた、ような気がする。そうであってほしいという願望が半分混じっている。自分の変な緊張が、この人に気付かれないようにと願った。

「……うん。大丈夫」

──嘘だ、と直感的に思った。
感情の機微に疎い俺でも分かるほど、何かを誤魔化しているのは明らかだった。なまえさんが自分に嘘をつくなんてことは初めてで、どう返せば良いのかも、どうして嘘をついているのかも分からなくて、次の言葉を探すのに苦労した。その上、ぐつりと腹の内側から黒い感情が顔を覗かせた気がして、またそれが何か分からなくて、少し浅く息を吐いた。

「……本当ですか?」

言ってから、少しだけ後悔した。自分であの日、頼ってきてくれたなまえさんを無視したくせに、なんて言い草だ。
アンタの言葉を疑いたいわけじゃなくて、責めたいわけでももちろんなくて、ただ真実を知りたいだけだと、そう心の内で思うも、出てきた言葉はそのたった一言。口下手な自分に嫌気がさす。

「本当だって。どうしても寝られない時は散歩するか、悟の部屋に行ってるから」

夜の散歩も普通に危ないだろうと思うが、それが記憶から抜け落ちそうになるほど、かっと頭に血がのぼる。

五条先生の部屋に行ってる?
夜に?
俺としていたのと同じように、あの人の腕に抱かれて眠ってるのか?
朝、目覚めた時に眠そうな声で言う「おはよう」も、気の抜けた笑顔も、あの人に聞かせて、見せたのだろうか?

「最近、鍛錬もハードだし、恵も疲れてるだろうし。負担かけたくないからさ」

負担? そんな風に感じたことはない。

「悟のベッドめちゃくちゃデカいから、それはそれで落ち着かないんだけど」

やめてくれ。そんな話が聞きたくて呼んだんじゃない。

「今まで、迷惑かけてごめん。これからは連絡しないようにするから」

なんで。なんで勝手にそんな話になる。なんで、俺は今、こんなに心臓が痛い。

「……あの日、連絡、無視したからですか」
「え?」
「俺と寝んの、嫌になりましたか?」
「恵? 何言ってんだよ、」
「俺以外の奴のところへ、行かないでください」

ぽかんと口を開けたなまえさんは、俺の言葉の意味が分からないようだった。そして俺は、自分の口から出た言葉の意味することが分からないまま、止められない。

「五条先生のところみたいに、広いベッドじゃないですけど」
「………」
「今までみたいに、俺のとこにだけ来てほしいです」
「ま、待てって」

どうした、ちょっと落ち着け、と俺の肩に置かれたその手を取って、体重をかけてベッドに押し倒す。手合わせで一本取るのにあれだけ苦労するなまえさんの身体は、簡単に倒れた。一緒に眠るだけの時には聞こえなかった、ベッドが大きく軋む音が、少し生々しい。

「め、ぐみ? どうしたんだよ」
「どうした、って、───」

ああ、そうか。

この人を独占したい、他の人間に触らせたくないと思ったのは、すべて。

「……好きです」
「…………は?」
「俺、なまえさんのことが好きらしいです。だから、他の奴に触らせたくありません」

俺は体術の訓練でなかなかこの人に勝てないから、こうして見下ろすことなんて滅多にない。そのアングルで見られるだけでも貴重なのに、顔から火が出るんじゃないかってくらい赤くなった目尻や頬が、この人の視界に俺と天井しか映っていないだろうこの体勢が、俺の中の欲をひとつひとつ積み上げていく。

「俺のものになってくれませんか」
「は……!?」
「……駄目ですか」
「いや、駄目っていうか、むり、だろ」
「なんでですか?」
「なんでって……、俺、男だし、今までおまえのこと、そんな風に見たこと、なかったし」
「じゃあ、今日から意識してください」
「う、」

触れるか触れないかという程度に額を合わせると、ちょん、とついでに鼻先が交わった。ぎゅっと目を瞑ったなまえさんは、色々と隙だらけだ。恋をしたらフィルターがかかって見える、なんて言葉を信じたことはなかったが、どうやら本当らしい。俺は好意を自覚した今この瞬間に、なまえさんがより可愛く見えて仕方ない。

いつもは俺や釘崎や、虎杖すらも投げ飛ばすこの人が、任務の時とても頼りになるこの人が、俺の言葉に動揺して、照れて、見たこともない顔を見せてくれている。
もっと色んな顔が見たい。たとえば俺がこのまま愛を伝え続けたらどうなる? 思うまま触れたらどんな反応をする? 俺にそんな技量があるかはさておき、この人の気持ちよさそうな顔がもし見れるなら、ぐずぐずになった泣き顔もいい。好きな人を泣かせたいなんて、そんな感情、自分とは縁遠いものだと思っていたのに。

「なまえさん、聞いてますか」
「き、聞いてる。も、わかった、から」
「……もしかして好きな人でもいるんですか。もし五条先生とかなら絶対にやめといた方がいいです」
「いや、悟は兄貴みたいな感じなんだって、」
「どっちみち一緒に寝るのはやめてください」
「んなこと言われても、寮入る前は悟の家に居候してたし……」

恵も先に寝ることあるし、俺と一緒だと狭くて疲れ取れないだろうし、でも一人だと……、と小さな声で弁明するなまえさんは、ひとつ上の先輩とは思えないほど、どこか駄々をこねる子どものようでかわいい。
だけど高専に入る前は、いやもしかしたら俺が入学するまでずっと五条先生と一緒に寝てたと考えると、ずしりとネガティブな気持ちが湧いてしまって、だから余計に苛めたくなって困る。

「俺が先に寝てる時は、勝手に入ってきて起こしてくれていいです」
「だから、迷惑かけたくないんだって、」
「迷惑じゃないです。他の奴のところに行かれる方が迷惑なんで、むしろ毎日俺んとこで寝てください」
「いや、なんでそうなんの……!」

いよいよ耐えきれなくなったのか、なまえさんは俺から顔ごと背けた。赤い頬がよく見える。白い首筋とのコントラストが目に毒だ。そこに吸い付いて噛み付いたら、きっと痕が映えるんだろうなと、あらぬ欲が膨らむのを、奥歯を噛んで抑えつけた。
その横顔は好きだけど、今はこんなに近くにいるのだからやっぱり、俺を見てほしい。なんて、我儘だろうか。

「なまえさん」

だけどたとえ我儘だったとしても、呪術師なんていういつ死ぬか分からない世界に互いが身を投げているのだから、言いたいこと、して欲しいこと、期待、欲望、愛情。手を伸ばせるならすぐに動き出さないと、いつか後悔するかもしれない。いやそれなら、この間の分で十分だ。もうこれ以上、この人のことでだけは、遠慮したくない。

「何もしませんから、俺のこと、ちゃんと見てください」

赤い頬に手を添えて無理やり正面を向かせたら、ばちりと目が合う。また顔が赤く熱くなって、動かせなくなった顔の代わりに目線を逸らされる。思わずむっとして、唇が触れそうな距離まで顔を近づけた。

「なんで目逸らすんですか」
「なんっ、でって……」
「俺のこと嫌いですか?」
「……その質問はずるいだろ」
「ずるくてもいいです、なまえさんが俺を見てくれるなら」

俺の言葉に諦めたのか、観念したのか、腹を括ったのかはわからない。だけどゆっくりと俺の目を見てくれたなまえさんの、その目がいつもより潤んでいて、上目遣いで俺を捉えたその表情があまりにもかわいくて。衝動的に、ほんの一瞬、唇をくっつけてしまった。

「な、何もしないって、言ったくせに……!」
「…………今のは、マジですいません」

これに関しては約束を破った俺が悪いので素直に謝ると、なまえさんはきょとん、とした顔で俺を見た。そして、徐に俺のこめかみに触れて、ふっと笑った。怒ってないよ、とでも言うように見えるのは、俺の欲目だろうか。

「恵、よく見ると睫毛長いよな」
「……は、」
「……その眼で見られると、なんか、絆されそうになる」

だから目、合わせられなかったんだよ。そんな風に言うこの人は、未だに俺に押し倒されてるこの状況を分かってるんだろうか。分かっていて、俺を試してるんだろうか。

絆されてくださいよ、と言う声が思いの外掠れてしまって、それを聞いたなまえさんはやっぱり、ふにゃりと無防備に笑うのだった。



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