五条と夏油は、俺のことが嫌いらしい。

「あんな雑魚相手に何やってんの? おまえ呪術師向いてねぇわ」
五条は事あるごとに罵るようにそう言い、あの蒼い瞳で鋭く俺を睨む。

「……また怪我をしたのかい。硝子だって大変なんだから、自分の力量を考えて戦いなよ」
夏油は俺が任務で怪我をするたびに眉間に皺を寄せ、苦言を呈す。

俺は弱いのでそれも仕方ない。あの二人は互いに親友であり悪役であり相棒であるが、俺はせいぜいただの同級生なのだ。あの二人からすると、雑魚と言える二級の任務で怪我をするなんて、まあ目障りなんだろう。
それに気付いてからは、二人に見つからないようにこっそり硝子ちゃんのところへ行くようにしたが、二人に聞かれると硝子ちゃんも俺の怪我について答えるため、あまり意味がなかった。ならばと自分で反転術式を練習し奇跡的に使えるようになると、深い傷以外は時間をかければ自分で治せるようになった。

俺が最近あまり怪我をしていないことには二人はすぐに気付いたようだった。これで少しは機嫌がよくなるだろうかとも思ったがそんなこともなく。むしろ、どちらかというとより見張られているような気さえする。俺にどうしろと。

俺は早々に同級生と友達になるのを諦めた。まあたまにある授業は一緒に受けても、任務は別々だ。鍛錬は一緒にやるが実力差がありすぎるため、結局俺はそれほど関わらない。
呪力のコントロールについては五条が圧倒的に上手いが感覚的なその指南は馬鹿な俺にはいまいち理解できず、体術は夏油が頭一つ抜き出ているが夏油は俺が雑魚なので基本寸止め。二人との鍛錬で、俺は本気で吹っ飛ばされたり殴られたことがない。ただ五条と夏油は意見が食い違うと互いに全力でやり合っているので、つまりそういうことだろう。

そんな風にして呪術師よろしく、青春とは名ばかりの、任務と訓練に明け暮れるだけの時間を過ごしつつ何とか死なずに生きていると、後輩ができた。後輩はかわいいものだ。同じ階級の先輩もいたしそういう人たちとも普通に一緒に鍛錬したりもしていたけど、やっぱり後輩は特別に感じた。なんというか、つい構ってしまう。こちらから話しかけやすいからだろうか。

俺は同級生二人よりも一年生と話すことが多くなった。階級が近いので任務も同じになることが多いし、そうすると任務帰りに買い食いしたり、ファミレスに寄ったりすることも増える。メールしたり電話したりすることも珍しくなくなった。うん、後輩はかわいい。

さて後輩を俺に取られて気に食わないのか、同級生二人俺に対する態度が更に辛辣になった気がする。もう虚無である。
俺が後輩と話しながら歩いていると通りすがりに五条が舌打ちをするし、夏油は通り過ぎた俺たちのことを暫く凝視している。そんなに後輩が気になるなら話しかければいいのに。というかまあ灰原は明らかに夏油に憧れているので、俺にどうこう思う必要はないと思うけど。

まあ呪術師っていうのは一回頭がおかしくならないとできない職業なので、俺より難易度が高くややこしい任務を任される二人は普通よりもっとイカれてるんだろう。凡人にはその心情や考えを理解するのは難しいと思えば、それも納得できる気がした。






朝起きた瞬間に、体調があまり良くないことを感じた。微熱があるような気がしたけど、体温計で測ったところで意味はないと思ったので、とりあえずそのまま制服に着替えた。

「おはよう」
「おはよー。今から任務?」
「うん」
「……アンタなんか体調悪くない?」

目敏い。さすが医者志望とでも言うべきなのか、それともただ俺が分かりやすいだけなのか。広義な言葉だけど的確に今の俺の状況を言い当てられて、少し笑った。

「全然大丈夫だから、あの二人には内緒にしといてよ」
「なんで?」
「んー、まあ、これ以上嫌われんのもな」

体調管理ができていないだの何だのと言われるのは目に見えている。まあ自分でも思うから仕方ない。





さてそんな中で普通に任務を受けた俺も俺だが、何もこんな時に重ならなくても、と思うのも仕方ない。
今回の任務は、準二級の呪霊を祓うだけのものだった。だけど俺の前にいるのは準一級相当の呪霊。俺の階級は二級、たぶんその中でも中の下だ。その増していく呪力を感じて、ぼんやりと死の足跡を聞いた。
ここで俺が逃げたら、帳の外にも影響が出るかもしれない。なんて、それっぽい理由を述べてみたが実際は、自分の遥か先にいる同級生の隣に立てるような人間に、なりたかったから。

たとえばこれを祓えたからって、そうなれるわけじゃないのに。俺は結局、あいつらと友達になりたかったらしい。祓えても祓えなくても、もう二度と会えなさそうだけど。

息が浅く切れ切れになる。そう走ってもいないのに息が上がるのは、さっき腕か首かを掠めた攻撃に毒か何かがあるせいだと思う。──これはもうあまり保たないな。
補助監督には増援を頼むメッセージを入れた。さっきは身を隠しながらだったから声を出せなかったけど、今はもう呪霊に俺のことがバレてるから、電話でいいか。あの呪霊は索敵能力がそこまで高くないので、もう少しぐらい鬼ごっこできるだろう。
夜蛾先生はコールが鳴らずに留守電になったから、たぶん任務中か会議だ。次にすぐ思い浮かんだ一級術師の名前を見つけて通話ボタンを押す。

『もしもし』
「冥さん、忙し、のに、すみません」
『……なまえ、状況は?』

なんでか死にかけてることが伝わったようだった。エスパー? 話が早くて助かるけど。

「俺いま、東京なんです、けど。近くにいたり、しませんかね」
「……私の場所からでは今すぐには行けない。応援を呼ぶから詳しい場所を──」

ガン、という音ともに携帯が吹っ飛ばされる。ついでに首をざっくり切られた。痛すぎる。大事な血管は避けたらしく、後ろへ飛ぶのがあと半歩遅れてたら首と腕と胴体がそれぞれ泣き別れだったな。
それにしても、冥さんとの最期の電話になるかもしれないってのに、呪霊ってのは血も涙もない。いやそれはお互い様か。

術式で距離を取ってみたところで、あまり意味はなかった。瞬きをしたその瞬間に、鎌のように鋭く伸びた呪霊の腕が、腹を貫く感覚。痛みはもうあまり感じなくて、熱さと痺れと、指先から冷える感じ。ついでに、熱が上がっているせいか頭がガンガンするのと、血が抜けてぐらつく視界。これは死ぬかな、さすがに。毒くらって首切りつけられて腹に穴空いて、即死してないのが奇跡だ。いや、即死のが楽だったのか?

灰原と七海にもっといいご飯奢ってやれば良かったな。両親の墓参りにももっと行っておけばよかった。最期に声を聞かせちゃった冥さんと履歴残しちゃった夜蛾先生、夢見悪くならないといいけど。あと、硝子ちゃんに死体の処理させちまうのかな、ていうか俺、借りてた本返したっけ?
あとは、なんだ。五条と夏油の顔が一瞬浮かんだけど、まあ、あの二人は別に、大丈夫か。


意識が落ちる前、なんだか聞き覚えのある声が、聞いたこともないほど必死な様子で俺の名前を呼んだような気がして、とりあえず心の中で謝罪した。結局、呪霊を祓うどころか、まともなダメージも与えられてない。祓えてない呪霊を任せてしまい、更には俺の死体処理まで、色々と迷惑をかけて本当に申し訳ない。









「……ん……」

ぼんやりと視界に映る。見覚えのある天井と、薬品の匂い。最近はお世話になることが少なかった景色に、目を数回ぱちぱちと瞬かせた。
どうしてか俺は生きているらしい。あの後、どうなったんだろうか? 確か補助監督に応援を頼んだ後、パッと思いついた一級術師が冥さんだったから電話をして、そしたら呪霊にケータイふっとばされて、腹を貫かれて、それで───……。

「……え」

俺のベッドにそれぞれ左右から頭を預けて眠っているのは、銀髪と黒のお団子頭。五条と夏油で間違いはないが、さすがに夢か。
毒を食らった影響か、右腕が少し痺れて動かしにくかったから、左手を伸ばして、夏油の肩を叩く。「夏油、起きろ」と何度か呼びかけ、夏油がむくりと起きたのと、右側の五条ががばりと起きたのは、ほぼ同時だった。

「………」
「………」
「……えー、あー、こんなとこで寝たら風邪ひく、ぞ……?」

俺が混乱してよく分からないことを口走ったその瞬間、五条と夏油が俺に抱きついた。状況としては、夏油が肩に顔を埋めて、五条の顔が腹にダイブした。……??? なんで?

「どうして、冥さんなんだ」
「え、」
「なんですぐに俺ら呼ばねぇんだよ」
「冥さんから、夜蛾先生から、きみが危ないって聞いた時、私達がどんな気持ちだったと思ってるんだ」
「つーか、体調悪いのに任務受けてんじゃねえ。寝とけよ」

抱きついた二人の顔は見えないけど、すんすんと鼻がなってるから、もしかしたら泣いて……、え? 泣いてんの? なんで? って、さっきからこればっかり言ってるな。

ていうか、なんで連絡しなかったんだって、そんなの。

「だっておまえら、俺のこと嫌いだろ?」
「「……は?」」
「え?」

ぱっと顔を上げたタイミングといい声といい、綺麗に重なった。仲良いなおまえら。それにしても反応の意味がよく分からず、首を傾げる。五条と夏油はなんとも言えない複雑な表情で固まっているけど、むしろ俺がその顔をしたいんだけど。

そうしてよくわからない雰囲気になっていると、シャッ、と白いカーテンが開いて、硝子ちゃんが顔を出した。

「………目ぇ覚めたんなら呼べよクズ共」
「あ、硝子ちゃん。治療してくれたんだよな? ありがとう」
「まあ、ハーゲンラッツでいいよ。バニラね」
「そんなんでいいの? 腹に穴開いてた気するし、治療大変だっただろ」

痛みのない腹に無意識に手をやると、何かふわふわしたものに遮られた。え、と見下げると五条がまだ俺の腹に頭をくっつけている。俺の手が意図せずその頭に触れたことで、さらに頭をぐりぐりと押し付けてきた。……いや、もう色々なんで?

「冥さんと補助監督から、上との会議終わりの夜蛾サンに連絡が入って、みょうじが夜蛾さんとか冥さんに連絡するってことは準一級か一級案件だろうなってことで、夜蛾さんが行こうとしたら、こいつらが指示待たずにお前のこと助けに飛んで行ったんだよ」
「え、そうなの? なんで……?」
「「………」」
「さあ、なんでだろうな?」

嫌いな人間をわざわざ助けるような感じには見えなかったけど、流石にクラスメイトなら見捨てられないってことだろうか。こいつらのことはあまり知らないから、いちいち疑問を持つなんて悪いことをしたかもしれない。

「あー、とりあえず五条も夏油も、ありがとう。迷惑かけてごめん」
「……………じゃない」
「? えっと、」
「迷惑なんかじゃない」

俯きながら小さな声で夏油が言う。普段は社交的ではきはきと話す夏油の、そんな仕草と声は珍しくて、ついぽかんとしてしまう。

「えっと、うん、ありがとう……?」
「馬鹿だなお前ら。普段の態度が幼稚だからなまえに嫌われんだよ」
「きらい、とは、まだ、言われてないだろ……」
「………」
「てか、五条はいつまでそうしてんの? なまえの腹はちゃんと治ってるっつーの」
「……ん」

ずっと黙っていた五条はか細い返事をしたものの、離れる気配がない。え、これ俺の腹が治ってることを確かめてんの? もしかして、腹に穴空けたのが何かトラウマ植え付けちゃったりした? もっと凄惨な現場見てるだろうし、今更そんなことでと思うけど、知り合いのそれなら違うのかもしれない。

「えっと、五条。俺は大丈夫だし、一旦離れよ。な?」
「……ん」
「えー、と、ごめんな……?」

もう脳の処理が追いつかないので、とりあえず頭を撫でたら、ばっと離れた。いやそんな嫌がらなくても。顔赤いから、どっちかっていうと怒ってんのかな。「ごめん、もう撫でたりしないから」というと「は?」とドスの効いた声が返ってきた。もう本当にどうしろと。










ということがあったあの日を境に、二人の様子がおかしい。夏油の方はまだまともだと思ってたけどそんなに変わらないかもしれないと思ったのは、初めて五条の部屋に連行された時だった。そして今日も例に漏れず。

ベッドに座らせられ、足の間に五条が入り、俺の腹にぐりぐりと頭を押し付けたり、耳を当てたりする。俺が腹に穴を開けられてからというもの、五条は事あるごとに腹に触れる。夏油は後ろから俺を抱きしめて、うなじに顔を埋める。夏油は腹より、首の傷を気にしているらしい。二人とも一度くっついたらしばらくそのままで、腹とうなじを吸われているような感覚がこそばゆい。

「撫でて」
「……はいはい」

五条に今みたいに頭を撫でろと言われたり、夏油からは抱きしめたら腕を回せと言われたり。もうよく分からないので、何も考えずに従っている。落ち着いたらこいつらは離れて、解放してくれるから。

ただ、今日はいつもと違った。五条は俺の制服をめくり、素肌に触れた。指で腹筋をなぞられ、さすがにくすぐったくて身をよじろうとするが、後ろから夏油に抱きしめられているので動けない。腕は自由なので思わずその手を掴んでもお構いなしだ。相変わらず力強いなこいつ。

「ひ……っ!?」

そうこうしているうちに、あろうことか五条は、俺の横腹あたりにがぶりと歯をたてた。噛み付いたという表現が近いかもしれない。肩ごと跳ねたのは許してほしい。腹を噛まれる経験なんかあるわけないし、予想できるわけもない。

そして混乱する俺に追い討ちをかけるように、ぬるりと首筋に舌が這う。ちょうど、あの日呪霊に切りつけられた辺りだ。舐めたのが夏油だということは分かるが、何をされたか分からない。というか、分かりたくもない。

「なに、してんの。もう治ってるって、」
「んなこと分かってる」
「じゃ、なんでこんなこと、すんの」
「………、ね、なまえ。やっぱり呪術師は辞めないか? 私たちが養ってあげるから」
「はあ?」
「アリだなそれ」
「いやナシですまじで」

もう本当に、何言ってんのおまえら。
ていうか、俺のこと嫌いなんじゃなかったのか?

思ったことをそのまま口に出していたようで、五条と夏油がぴたりと動きを止めた。とりあえずお腹冷えるから服、下ろしてもらっていいかな……。

「この状況で、まだンなこと言ってんの」
「……私達に非があるとはいえ、危機感が足りないと思うよ」
「はあ……?」

首を傾げていると、五条が腹から顔を離した。ようやく解放される、と一息ついていると、視界が銀に染まる。唇に柔らかい感触が、あって。

「……は? え、何してんの、?」
「ムカついたから」

ムカついたらキスすんの? もう意味がわからん。混乱から現実逃避しようとしていると、後ろからとてつもない呪力と殺気。あ、これ、やばいやつだ。

「げ、夏油。ごめん、落ち着いて、」
「どうしてなまえが謝るのかな」
「え、俺に怒ってんじゃねえの……?」
「………」
「………」
「二人で黙んなよ怖い」
「……悟がなんでキスしたか分かる?」
「え、ムカついたから……?」
「あ゛?」
「いや、だってそう言ったし」
「……じゃあオマエ、傑がなんで怒ったと思う」
「え、五条とキスしたから……?」

沈黙。本当何なのおまえら。俺はお前らみたいに以心伝心じゃないから分からないんだよ。

「もーいいわ。やめやめ」
「もっと段階踏もうと思ったんだけどな」
「よく考えたら、死にかけてるとこ俺らが助けたんだし、てことは俺らの命みたいなもんじゃん。好きにしていいだろ」
「暴論じゃないか? ……まあでも、なまえにはそのぐらい必要かもね。とりあえず、」

後ろから覗き込むように顔を近づけた夏油が、俺の唇を塞いだ。……は???
それだけでも意味が分からないのに、ぬるりと舌が滑り込んだ上、上顎をなぞられてぞくぞくする。何してんの、こいつ。ていうか、こういう経験が多くないからキスの上手い下手はよく分からないけど、身体から力が抜ける。

「……イイ顔。さすがに分かった?」
「は……っ、なに、してんの、マジで」
「なあ、マジで分かんねーの?」

分からないから聞いてるんだけど。というのを視線で訴えてみると、呆れたような顔をされたのは解せない。

「私達はね、なまえの身体に傷をつけた呪霊にはとてつもなく殺意が湧いたし、夜蛾先生の次に声をかけられた冥さんにも、ものすごく嫉妬したんだよ」
「あと、後輩と仲良いのもムカつく。俺らには近づかねーのに、七海と灰原には笑って、頭とか撫でて、一緒にメシ行ってんの、めちゃくちゃイラつくから、もうすんな」

その目に、言葉に、情欲というか、いやそれよりもっとこう、ただならぬ執着が滲んでいる気がするのは、気のせいだろうか?

「もう逃がさねーから」
「ずっと一緒にいてくれるよね?」

とりあえず、身体に触れるのをやめて欲しい。傷は治ってるから。なあ、聞いてる?



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