朝起きたら、隣に俺の継子であるナマエが寝ていた。

「……は?」

 自身は感情の起伏は少ない方だと思う。戦いの最中に不意打ちでもされない限り、驚くことも滅多にない。
 だから動揺した。この状況にも、驚いた自分にもだ。驚いたということは全く身に覚えがないということで、昨晩の記憶を辿ろうとしても思い出せない。宇髄らに酒を持って押しかけられ、突如飲み会が始まったことまでは分かるが、その後は。

「ん……」
「っ!」

 隣でナマエが動く気配がして、微かな声で唸る。目が覚めたらどうすれば良いのか、何を言うべきなのか。心の準備もできないままその顔を見つめたが、結果としてナマエは起きなかった。その閉じられた瞼を縁取る睫毛が長いこと、薄く開いた口元に色香が漂っていることしか分からなかった。

こんなにも混乱し動揺するのはひとえに、俺がナマエを好いているからなのだろう。







 どれくらいそうしていただろうか。ナマエは起きない上に、自分は思い出せない。思い出さなくてはならないのに、視界にちらちらとナマエの寝顔が過ぎるせいで思考がうまく纏まらないからだ。
 いや、ナマエは動いていないので、俺が見ているだけだ。分かっていても、その着物の合わせ目から見える白い肌が、あどけない寝顔が、俺の視線を捉えて離さないために、目を逸らしてもまたすぐに見てしまう。

「……ん……、師範?」
「!」
「おはよ、ございます」

 欠伸を噛み殺して起き上がり、半分夢うつつの状態で正座し、行儀よく頭を下げて挨拶をした。しかし、様々なことは一旦置いておいて、その寝乱れてはだけた着物から、鎖骨や胸元が見えすぎており目に毒だったので、気づけば着物の襟を掴んで閉じていた。

「師範……?」
「……着物が乱れている」
「あー、すいません、お見苦しいところを」

 へらりと笑っているのだろうナマエの顔を見られない。見苦しい?少しも見苦しくなんかない。むしろ、思わず触れそうになって危なかったので、自ら正したまでだ。流石にそんなことは言えやしないが。

 着物を直し終えたところで、ナマエとの距離が物凄く縮まっていたことに気付く。いつもの隊服と違う為か、自分に比べると少し細い身体の線を露わにしていて、今すぐ離れなければまずい気がする。気がするのだが、名残惜しさからか思うように身体が動かない。

「そういえば師範、大丈夫ですか?」
「何がだ」
「二日酔い。昨日、結構飲んでいらっしゃったので」
「……問題ない」
「それは良かったです」
「昨日、は」

 記憶がない間のことを尋ねるかどうか、少し迷ったがやはり、聞くべきだろう。何せ全く覚えていないのだから、粗相はしていないか、何か訳の分からないことを口走ってはいなかったのか、気になることがありすぎる。

「昨日は、その……お前が、介抱してくれたのか? すまないが、全く覚えていない」
「ああ、そうなんですね。はい、俺がお世話しました。まあ、ここに来るときに肩を貸したのと、着替えをお手伝いしたくらいですけど」
「……そうか」

 好いた相手に着替えを手伝わせるなど本当に碌でもないと自己嫌悪に陥るまで、秒もなかった。自分は過ぎたことを悔やむ性分ではないと思っていたが、どうやら思い過ごしだったらしい。

 ただ、この話だけでは、何故ナマエが同じ布団で寝ていたのかということが解決できていない。しかしこれをどう問えと言うのか。介抱された側が詰め寄る話ではない。いや、そもそも何かを問いただそうとしているわけではないのだ。口下手な自分が言うとそう捉えられてしまいそうだから言えないだけで。

「あと、俺が此処にいる理由なんですけど」
「!!」
「師範の着替え終わって、もう眠そうだったんで、俺は戻ろうと思ったんですけど……。寝かかってる師範が俺の手引っ張って、そのままがっちり抱きつかれたんで抜け出せなくて、たぶんそのまま俺も寝てしまいました」
「…………本当にすまない」

 何をしているんだ。酔っているとはいえ、欲望に忠実すぎるだろう。そしてそんなことをしでかして覚えていないのが一番無能だ。俺の腕に収まるその感触、香り、表情その全てが、何一つ記憶にないとは。

「きっと想い人の夢でも見られて、間違えたんでしょう。俺は気にしてないので、大丈夫ですよ」
「いや、それはお前で間違えてない。間違えてはないが、本当に悪かった」
「……、え?」

 酒に酔っていた時の記憶というものは、努力すれば思い出せるものでもないと分かっている。が、しかしそれにしても悔やまれる。たとえば次に酒を飲んだときには、どうにか記憶がある程度に加減し、覚えていられるようにできないだろうか。しかし自我がある状態でナマエに安易に触れるのはまずいかもしれないので、やはり酒はもう二度と飲み過ぎないようにすべきか。

 俺があれこれ考え込んでいる間に、ナマエは「俺、自分の部屋に戻ります!」と勢いよく出て行った。ナマエが耳まで朱に染めていたことなど、知る由もない。
夜明けの瞬き

あれからナマエの様子がおかしいが、俺はやはりあの夜、何かしてしまったのだろうか。




2020.11.15