「……人のことジロジロ見るのやめてくれる?」

 月島、顔整ってんなあ。試合中も授業中も音楽聴いてる時もいつでも格好よくて、視界に入るとついつい目で追ってしまう。
 そんなことを続けているうちに、月島から苦情が一件。それがさっきの台詞。

「言いたいことあるなら普通に言いなよ」
「あー、ごめん。なんでもないから」
「………」
「ほんとだって。ごめんな」

 十数センチ上から刺さる、涼やかな視線。それすらも格好いいから不思議だ。なんで部活でめちゃくちゃ汗かいてんのにこんなに爽やかで清潔感に溢れてんだろ。触りたい。いや、どっちかっていうと、触ってほしいって感じ? なんか分かんないけど、無条件に近くにいたくなる感じ。

「……言ったそばから何。僕の顔に何かついてる?」
「ゴメンナサイ」

 盛大なため息とともに、踵を返す月島。これはまずいなあと呑気に思った。自分で思うよりずっと月島のことばかり考えていたらしい。このままでは今後の部活に支障が出るので対策を練ることにした。

 数分真面目に考えて導き出された結論は、「月島を視界に入れない」ことだった。
 視界に入るから目で追うし、じっと見てしまう。なら、そもそもそちらを見なければいい。

 とはいえ練習中は限界もあるが、幸いなことに最近、リベロである自分はネットを挟んで月島と相対するより月島のブロックによって絞らされたコースに入りレシーブする練習が多い。つまり同じチームにいることがほとんどだ。月島の背中を見るくらいならまだ許してもらえそうな気がする。

 そうして意識し始めてから数日が経った。今まで、身長差を無視してときどき月島を誘ってペアになっていたストレッチも、影山や日向に声をかけるようになった。
 そうなれば部活でブロックの指示や改善のための必要最低限な会話以外をすることはほぼなくなった。もともと理由もなく話すような間柄じゃない。そう言う意味では、何もなくても近くに居られる山口がちょっとだけ羨ましい。
 日向とかなら何でもないメールとか電話とかもするけど、月島とはほんとに、「友達」より「部活仲間」のほうが響きが近い。

 まあ俺は月島を、正真正銘の友達だと思ってるけど。






 そうして数週間経つうちに、影山と仲良くなった。影山は言葉は足りないし無愛想だし全ての中心がバレーだし、バレー>その他、っていう圧倒的バレー全振り男だけど、そしてそのおかげで基本とっつきにくく見えるけど、慣れれば面白い。
 毎回、影山のクラスで小テストがあるときにその答案を見せてもらうと、その驚異の珍回答で腹がよじれるほど笑わせてくれる。影山はそのときには怒っているが、ちゃんと答えと考え方を教えれば素直に礼を言う。かわいいところもあるのだ。

 ある日、いつもの如く影山の小テスト(世界史だった。ナポリタンと言う文字で腹筋が死んだ。たぶんあれはナポレオンと書きたかったんだろう)で爆死したのちそのまま昼ごはんを食べていると、ふと視線を感じて何気なく顔を上げた。

 こっちを見ていたのは月島だった。心なしか、少し寂しそうに見えた。いや、そうだったらいいなという己の欲目かもしれない。






 今日は清水先輩が用事で休みだったから谷地さんの片付けを手伝ってから部室へ急ぐ。みんなもう帰ったかな、鍵当番誰だっけ? そんなことを思いながら部室を開けると、そこにいたのは月島が一人だけだった。しかもヘッドホンをしたまま、壁にもたれて座り込んで目を閉じている。
 ……え、なんで。寝てる?

「……月島?」
「………」

 足音に気を付けて近づいてしまうことに言いようのない罪悪感を覚えてしまうのは、つまりそういうことなんだろう。月島をこんなにちゃんと見るのは久しぶりで、なんとなく心臓がうるさくなった。

「月島」

 触りたい。こんな風に思うようになったのはなんでだっけ? いつから、月島が自分だけを見て自分だけのものになってくれたらなんて思うようになったんだっけ?
 考えても分からなくて、同じ目線になるように音もなくしゃがむ。こんなことを考えながら近付くのはきっと良くない。俺も月島も男で友達だ。だけどもう抑えられなくて、男にしてはすこし華奢で薄い、けれど俺からすればとても格好いいその肩にそっと額をくっつけた。

「つきしま、」
「何」
「え、……っうわ」

 次に目を開けたときには月島の顔が目の前にあるわ、背中に畳の感触があるわで息が止まった。

「月島……?」
「キミ、さっきから僕の名前呼びすぎ」
「あ、あー、ごめん」
「それで?」
「え?」
「僕のこと避けまくった挙句に今度は堂々と王様と仲良くするなんて、何考えてるの?」
「……あ、えーと」
「きみは僕のことが好きなんじゃないの」

 さっきから顔の近さにすべての思考回路を持っていかれてるって、いい加減に気づいてくれ。睫毛が思ったより長いんだなというだけで心臓が五月蝿いのに。

 俺のそんなささやかな願望もむなしく、成立しているのかは不明だけどぽんぽんと繰り返される会話のキャッチボールは、なんだかとんでもないことを言われて一瞬止まった。

「…………、好き?」
「違うの?」
「え、や、イケメンだなぁ、とかは思ってる、けど……?」
「そう。……僕は好きだけど」
「えっ」
「だから王様にべたべたしないでよ」
「は、え?」
「返事は」
「は、はい……」
「うん。いい子だね」

 なに、なにこれ、何が起きてんの? 月島の顔が最後の一言の後にすごく優しくなって、柔らかく目が細められた。そんでそのまま近付いてきて、額に柔らかいものが当たって。
 理解が全く追いつかない俺を放って、月島は指先でそろりと、俺の頬に触れる。

「キスしていい?」

ああ、きっと俺はこの訳がわからない状況のまま、頷いてしまうんだろう。
春の満ち欠け

唇はゆっくりと重なり、音もなく離れた。ファーストキスかと問われ頷いたらひどく嬉しそうな顔をされたので、ますますどうして良いか分からなくなった。



2022.01.11