部屋に響く、すすり泣く声。

「……いい加減泣き止めェ」
「ぅ、っく、さね、み、さねみ」
「……………ハァ」

さっきからずっとこの調子だ。ナマエは俺に抱きついてぐすぐす泣いて、何度も何度も名前を呼ぶ。ほんのり香る酒の匂いが無きゃ、何をやってんだと引っぺがすとこだが、酔っ払って泣きじゃくるこいつを無下にするのは少し憚られた。

こいつは所謂泣き上戸というやつで、酒を飲みすぎるとすぐにこうなる。今日は宇髄が一緒だったから、限度も忘れて飲んだんだろう。宇髄はザルだから合わせなくていいとあれほど言っているのに。

「ぅう、めぇわく、かけてごめ、ごめんなぁ……」
「別に迷惑なんざかけてねェが、そう思ってんならそろそろ泣き止めェ」
「ちがう、今のことじゃ、なくて、」
「あァ?」
「そうじゃなくて……、………」

言おうとして口を開いては閉じるその仕草は、何か言いたいことがあることを意味してるんだろうが、分からない。

「言いてェことははっきり言え」
「めいわく、じゃない?」
「迷惑じゃないっつってんだろォ」
「じゃあ、言う。おれっ、実弥のことが、好きなんだ」

ようやく嗚咽がおさまったナマエの目元は赤くなっていて、これは後で冷やさないと目が腫れるな、氷嚢はあったか、あと水も飲ませねェと……などとぼんやり考えていたので、色々と反応が遅れた。

「……………は?」
「ッ、やっぱ迷惑だよな、ごめん、でも、ほんとにずっと好きで、う、宇髄さんに相談したら、酒でも飲んで告白しろって、言われて、言えばなんとか、なるって……」
「……宇髄ィ……」
「でもおれ、実弥とどうこうなりたいわけじゃなくて、だからふつうにっしたかったんだけど、ただおれがこんなこと思ってるの、隠したままだと、気持ち悪いだろうなと思って、だから、ッ」
「もう分かったからちょっと黙ってろォ……」

その口を自身の掌で覆う。なんなんだこれ。どくどくと速くなる心臓の音は当然、鬼と戦ってる時に感じるのとはまた違う。煩い。煩くてナマエの声が聞き取りづらいから、もうナマエは喋らなくていい。

毎回毎回、酔い潰れたときに泣きながら謝ってたのは、これのことだったのか?こいつの想いを知ってる宇髄がわざわざ俺の屋敷にこいつを連れてきて、こいつは下心があって俺に抱きついていて、それを申し訳ないと思っていたんだろうか。

そこまではなんとなく分かったが、俺の心臓がずっと煩い理由が分からない。よく考えろ。こいつは男で、ただの幼馴染だ。

たまたまこの鬼殺隊で再会しただけの、同い年の幼馴染。弱かねえが飛び抜けて強くもなく、特徴を述べるとすればちょっと心根が優しくて、自分を含めてひねくれた性格の人間が多いこの場所では珍しく、にこにこと屈託無く笑う。殺伐とした世界で、ふとした瞬間にその笑顔に癒されてるなんて、そんなことは無い。

そう、今まさに目の前で、俺に拒絶されたと思ってまた泣きそうになってるその顔を見て、どろどろに甘やかして、苛めて、今度は酒の力じゃなく俺自身が泣かせてやりたいなんて、そんなこと、絶対に思ってるはずが無い。
伝染

こいつの感情につられているだけだ、ただの酔っ払いの戯言だと言って済ませるには、素面の俺はあまりにも不利じゃないか




2021.01.05