強い奴といる時の鳴海は楽しそうだ。他部隊の隊長格──犬猿の仲と言われてはいるが第3部隊の亜白隊長とか保科副隊長とか。

 そして、基地立て直しまでウチで預かることになったからと第3部隊から期限付きで異動してきた新人、四ノ宮キコル。一目見ただけで分かるその才能は凄まじくて、長官の娘さんだと聞いた時は妙に納得した。50%そこらで頭打ちの自分とは違う。

 鳴海は特別な男だ。そして最近やってきた彼女はその追随を許された才能を持っている。

 四ノ宮に対して別に妬ましいだとか憎らしいだとかは思ってない。少し勝ち気だけど礼儀正しくて、直向きで努力家で真面目。頭の回転も速くて、将来この国の防衛を最前線で引っ張っていく力があるその存在はとても頼もしいと思うから。ただ、少しだけ羨ましいような気がするだけ。



 数ヶ月前に一度だけ、酔った勢いで鳴海と寝たことがある。互いに寝不足だの疲れだのが溜まったところに酒を飲んだのが駄目だったんだろう。俺は酒にあまり強くなくて泥酔すると記憶を無くすたちだから、後ろに鳴海のモノが突っ込まれた感覚となんとなく気持ちよかった気がするということだけしか覚えていない。
 経緯も最中も、互いに何を言って何を言われてどんな表情や順序で抱かれたか一切記憶が無くて、だから無かったことにする提案をして鳴海も了承した。いくら酔っていたとはいえ同期の男同士で交わったなど、鳴海にとっても墓まで持って行きたい黒歴史だろう。

 お互い忘れようと言ったのは俺だ。そしてそれを忘れられずにいるのはきっと俺だけだ。あの日から鳴海の顔をまともに見られなくて、だけど小隊長という立場上全く関わらないなんて不可能。業務連絡は取り合うし定例会議で顔だって合わせる必要がある。だから他の奴らがいる時は出来るだけ普段通りを装って、けれど自分からは話しかけない、そうやって日々をやり過ごしてきた。

 鳴海はときどき何か言いたそうにしていたけど、あいつは元々インドアで他者との交流はオンラインゲームの方が活発という人間だ。積極的にコミュニケーションを取るタイプではなくて部下や新人のケアは長谷川副隊長が担っているから、たとえ鳴海が俺と話す機会を無くしても業務に支障が出ることはなかった。

 強い奴といる時の鳴海は楽しそうだ。訓練でも実践でも、他愛無い話をする時でも。四ノ宮が来てから特に楽しそうに見えるのは、きっと気のせいではない。伸び盛りの新人の育成という意味でも高いレベルの話が出来るという点でも。俺では、そこまで上り詰めることはできないから。





「ミョウジ先輩」
「あぁ、四ノ宮。お疲れ」
「お疲れ様です。すみません、相席宜しいですか?」
「? いいけど……?」

 食堂の席は他にも空いているのにわざわざ相席を頼むと言うことは、相談事か何かだろうか。そう思って用件を聞いてみると「保科副隊長から先輩の話を聞いていて」と返ってきた。

「先輩の専用武器が私の武器に近い形状と機能であることを聞いて、ぜひ助言をいただきたくて」
「うーん、十分使えてると思うけどなぁ」
「……実は、怪獣の攻撃のいなし方で少し悩んでるんです。単体相手は得意なんですが、複数を同時に相手取るのも今後はできるようになりたくて……」

 唐揚げを食べながら四ノ宮の話を聞き、出来る限りのアドバイスをする。質問や相談は結局昼飯を食べ終わるまで続き、なるほど勤勉とはこのことだと感心する。貴重な休憩時間にすみませんでしたと礼儀正しく頭を下げられたが謝ることじゃないからと諌めた。

 食べ終えた食器を返却口へと戻して、午後は一旦自室で報告書のまとめをしようとスケジュールを思い浮かべながら歩き出せば、食堂の入り口に見知った顔。

「……鳴海、隊長?」
「………」

 他の隊員もいるので一応取ってつけたような敬称で名前を呼ぶ。食堂に来るなんて珍しい。いつも売店で買った弁当なんかを部屋で食べながらゲームをしているのに。
 そう思っていると腕を掴まれて、引きずられるように歩き出す。止まろうとしたが隊長命令だと言われれば不思議と逆らえなかった。何かしただろうか。数ヶ月前のWアレW以来あまり関わりは持っていないはずで、とすると任務に関わることだろうか?

 部屋に着くなり壁に押し付けられ、足の間に鳴海の片足が入れられて身動きが取れない。任務でのミスならこんな距離で話す必要はない筈だと身構えていると、前髪が降ろされていて目元が隠れているためこちらから表情が伺えないまま、鳴海が口を開いた。

「四ノ宮と何を話してた」

 端的なはずの鳴海の言葉が一瞬飲み込めなかったのは、その一言が自分の心臓にずぷりと刺さったからに他ならない。四ノ宮に近付かれたのが嫌だったのか。四ノ宮のことが大切だから? 疑問系ではない言葉からは感情や温度までは読み取れなくて、だけど普段のマイペースな雰囲気とは真逆の威圧感を感じるから、鳴海が如何に本気かということが分かる。

「……ごめん」
「謝罪が聞きたいわけじゃないんだが」
「保科からの、助言だってさ。俺に専用武器の扱い方を聞きに来ただけ」
「………」
「心配しなくても、四ノ宮は別に俺のことどうも思ってないよ」

 だから離して。と、なんとかこの状況から解放されるためのお願いまで言い切ったけれど、鳴海は固まって動かない。胸の辺りがじくじくと痛むのを感じながら深呼吸すると、ほど近い鳴海の匂いを吸い込んだような感覚になって余計に落ち着かなくなった。

「……ちょっと待て。何か勘違いしてないか?」

 フリーズから再起動を経たのかと思うほどの間を置いて鳴海の口から発せられた言葉にはさっきまでの圧は感じられず、いつもの鳴海に戻ったようだった。少し肩の力を抜いて目の前の男を見上げると、頭をがしがしと掻いている。苛立ったようで呆れたようにも見えるその仕草を数cm下の高さからただ見上げていると、ふいに鳴海が髪をかき上げて目が合う。間近でその紅の瞳を見たのは久しぶりでぼんやりと眺めていると、鳴海の顔が近付いた。まるでキスするみたいに、………は?

「っぶ、……オイ、何をする」
「いや、いやいや。お前が何してんの……?」
「めちゃくちゃにムカついたんだ、キスぐらいいいだろう! お前もボクを見つめてたじゃないか!」
「は……!?」

 鳴海と自分との間に手を差し込んで、鳴海の口を塞ぐ形で押し退けた。すると先ほどの抗議をされたので訳がわからない。それこそ俺の勘違いなどではなくて本当にキスつもりだったらしいと知って、カッと顔に熱が集まる。戸惑ってつい腰が引けたが後ろは壁で、最初から分かっていたはずなのに逃げ場がないこの状況に余計に焦りがつのった俺を尻目に、鳴海が俺の腕を俺の頭の上で一纏めにする。筋トレなんて大してしていないのに、右腕一本で壁に抑えつけられて抜け出せない。

「っおい鳴海、離せ、」
「うるさい」

 言葉選びは乱暴だがどこか掠れたような響きで、それがなんとも言えず寂しげだった。腕を動かせないまま顎を掴まれ、鳴海の顔が傾く。ぴたりと隙間なく塞がれた唇は柔らかく、思わず目をぎゅっと瞑った。
 本当にただ唇がくっついているだけのキスなので呼吸は容易い。つまりは酸素も何もかも足りているはずで、思考を巡らせることを妨げるものはないはず。それなのに茹だるように顔が熱くてぼうっとして、ただ顎に添えられているだけの手にも抵抗できない。相手が鳴海だから?

 数十分にも感じられたそれが漸く離れた。鳴海の眼に至近距離で覗き込まれる。全ての怪獣を殲滅するための、何もかもが視える目だ。そういえば鳴海に抱かれたあの日も、こんな風にこの眼を見た気がする。

「……これも、無かったことにするのか」
「え?」
「あの日、ボクは大して酔っ払ってなかった。ただ我慢が出来なかっただけだ」
「は、」
「キミを抱きたかったから抱いた」
「………」
「けど、……嫌われたくない」

 顔を歪めて何かを堪えるような表情。このマイペースで唯我独尊な男が、こんなカオをすることがあるのかと息を呑む。いつも怪獣を不敵に睨む眼はゆらゆらと不安げに揺れ、いい加減な言葉ばかり紡ぐ口元はぐっと噛み締められている。

「嫌われたくなかった。だから酔った勢いだと言うことにしたが、ボクは我儘なんだ。他の奴にあんな距離を許すなら話が違ってくる」
「……え、あぁ、四ノ宮……?」
「だけじゃないがな。キミは目を離せば端から端まで誑しこむ」
「はぁ……?」

 端から端までってどんな状況だと反論したいが鳴海の声がやけに真剣だったので黙って話を聞いていた。鳴海の言葉を思い出すと耳が熱い。このまま耳だけで済めばいいがどうだろうか。

 人並みに恋愛はしてきた方だと思う。人を好きになったこともあるし、過去には2回ほど彼女がいたことはある。防衛隊員として忙しくなってからはあまりそういったことも考えてなかったけれど、好きな人ができてその人と恋人になったその時のふわふわと浮き足立つ感覚は覚えている。それに比べると今のこの空気感は少し刺々しい気もするけれど。

 鳴海はもともと男が好きなのだろうか。過去に恋人がいたのかどうかも知らない。すべてを聞いた感想としては、嫌悪や拒否感はまったく無くてむしろ自分が鳴海にとって特別なのかもしれないという優越感が脳を支配してしまう。駄目人間ではあるけれど誰よりも強くて格好良くて、その眼に映りたいと思う人間は山ほど居るのだ。自分もその一人だと自覚していて、それが鳴海を拒絶しきれない要因なのかもしれない。

「……けどお前、強い奴といる時の方が、楽しそうにしてるだろ」
「は?」
「だから俺といてもつまんないと、思って」
「……。そうか、分かった」
 
 了解の意を示す言葉が随分と低い響きだったことに気付きながらも身動きが取れないでいると、鳴海はまた唇に噛み付いた。さっきと違って空いた手は俺の顎ではなくズボンの裾から尾骶骨のあたりをそろりと撫でていて、そこでようやく俺は自分が、鳴海を愉しませられる獲物であると理解したのだった。