※未来if








 月島蛍という人間を客観的に見ると、顔立ちが綺麗でちょっと無愛想で頭の回転が早くて冷静で、そして理性的だ。月島が人に与える第一印象もそれなりに付き合いのあるバレー部のメンバーも、たぶん同じような印象を抱くと思う。バレーに対しては熱いところがあって負けず嫌いだというのは、全国大会で月島のプレーを見て初めて知ったけど。

 そう、だから、たとえば恋愛に没頭するイメージはないしそもそも誰かを好きになるイメージも湧かなかった。入学当初からモテてたけどバレー部が全国に行ってからは更にそれが加速して、だけど告白しても特に変わらない表情で「気持ちはありがたいけど、今はそういうの興味ないから」とあっさり振られたのだと、クラスの女子が話していたのも聞いた。

「好きなんだけど」
「なにが?」
「君のことが」
「……え?」
「……好きな人とか、いないなら、お試しでいいから付き合ってくれない?」

 本当にたまたま委員会の予定で二人になった時にそう言われて、混乱の末になんとなく了承してしまってお付き合いが始まったのが高2の秋頃。恋人同士といってもたまに休みの日に外で遊ぶぐらいだけど、見た目は文句なしにイケメンだしなんだかんだ優しいし、頭良いキャラのくせにバレー部でもスタメンとして活躍してて格好いい。でかくてクールな見た目なのにケーキが好きなんていうギャップでもぶん殴ってくるしで、ものの3ヶ月でうっかり月島を好きになってしまった俺は本人にそれを伝えた。
 すると月島は初めて俺を抱きしめて「今さら勘違いだったとかは聞いてあげられないけど、本当にいいの」と掠れた声で言うのでその可愛さと健気さにキュンキュンしてしまった。胸を締め付けられながら頷いて、俺と月島は本物の恋人になった。『蛍』と呼び始めたのもそれからだ。

 そんな風にみんなの知らない月島蛍を知ったとはいえ、そのクールな見た目の通り少し淡白というか、あまり欲がないのだと思った。ほんとにたまにキスをする程度で、俺にほとんど触れてこない。まあ高校生だしそんなもんなのかもしれない。

 そんな関係のまま高校を卒業して大学に進学した。2年目の記念日の時に旅行にでも行こうか、という話になった。どこか緊張した顔をしている彼氏様に何かあったかと聞いてみると、蛍はいつもより少しだけ言葉を選ぶ間を取ってから話し始めた。

「もし、君に触ってもいいなら、僕の家に泊まりに来てほしい。……なるべく優しくするから」

 頭の回転が早い蛍には珍しく辿々しい台詞。蛍が一人暮らしをしてから何度か家には行ったけれど泊まったことはなかった。その言い方からして俺がWされる方Wというのはなんとなく分かって、その上で覚悟が出来ているかと言われると微妙だったけれど、無理強いをしたくないということが伝わる言葉にきゅんとしてしまってたのも事実で、気づけば頷いていた。

 初めての行為は丁寧すぎるぐらいの前戯から始まって、そしてそれのみで終わった。指で後ろを拡げられる感覚はそれはもう違和感が凄くてちょっと恐怖があったのは事実だけど、それでもてっきり最後までするものと思っていて。そんな俺の心情を察してか蛍は「負担の大きい行為だし、いきなり挿れる訳ないデショ」と言って、そのままキスをされて行為は有耶無耶になった。

 そうして何回も前戯だけをして、すると気持ちいいところもなんとなく分かってきて触られるたびに自分じゃなくなるみたいな感覚で、だけど入れられるのは相変わらず蛍の細くて長い指だけで、それがもうずっともどかしくて。
 次そう言うことをする時には絶対に最後までしたいと思って家で自分でも後ろを解したりして、そうして何度目かのお泊まりでシャワーを浴びる時にも先に後ろを慣らした。そして蛍の指がいつものように俺のナカへと沈められた時、いつもよりすんなり入る指が嬉しくて心地よくて、恥ずかしさみたいなものはどこかに行った。

「……きょ、う、準備してきた、から」
「え……」
「今日、最後までしたい。蛍の、挿れてよ」

 そうしてついに言葉にすると、「ほんとは僕ももう限界だった」と呟いたその声は酷く切実だった。そうしてその日、初めて蛍に抱かれた。

 痛みはあったし、中が馴染んで痛みがマシになってからも違和感とか苦しさとかはもちろんあって、まあまあ負担は感じた。けれどそれよりも、理性的で性に淡白なんだと思っていた蛍が俺に興奮して、必死に俺を求めてくれたことが嬉しかった。

 
 そしてそこから何年か経って20歳になった今。もう何度かセックスをしているのに、ふとした瞬間に垣間見えるWみんなの知らない月島蛍Wに、俺自身がまだ慣れない。

「……ん、ぅ」
「ナマエ、口開けて」
「んぁ、ン ……っ」

 俺は実家住みだけど両親は共働きなので家に誰もいない日が結構あって、そんな日に蛍が家に来るとキスを求められてなかなか終わらない。今日は両親が法事で出かけていて親戚の家に泊まるので、蛍が家に泊まることになっている。だから一日中一緒にいられるし時間はあるのに、真っ昼間からやけにねちっこいキスをされている。

 気持ちよくて頭がふわふわする感覚に抗えずに身を任せていると、制服のシャツの裾からひやりとした手が滑り込んで腰が少し跳ねた。

「ぁ、今日、すんの……?」
「……嫌だった?」
「や、まだ昼だし、……昨日もしたからちょっと、びっくりして」

 そう、昨日は蛍の家に泊まらせてもらっていて、そうするとやっぱりやることをやるわけで。今日俺の実家に泊まることはもともと決まってたけど、昨日したから今日はなんとなくしないかもと思っていたので意外だった。

 服の中から手を引っ込めた蛍は宥めるようにキスを繰り返しながら、今度は服の上から俺の腰を撫でた。それだけでびくりと反応する体が恥ずかしくて、つい誤魔化したくて蛍に話しかける。

「蛍ってさ、元々結構、その、性欲強い感じなの?」
「……どういう意味?」
「高校の時はしなかったし、あんま性欲とか無いのかなと思ってた、から」

 俺がそう言うとじゃれ合うみたいなキスが止んで、代わりに隙間なく身体がくっついた。かと思ったら首にぬるりと舌が這って、たので、驚いて「ひゃ」と間抜けな声が漏れた。

「両思いになってすぐ抱きたかったけど、怖がられるかなと思って遠慮してただけ」
「え……」
「今はきみも気持ちよさそうだし、機会があれば毎日触りたいと思ってますけど?」
「……ま、いにち」
「本当はもっとめちゃくちゃにしたいとも思ってるし」

 性欲なんかありませんという涼しい顔と声で、『めちゃくちゃにしたい』なんて俗な言葉を使うのはずるくないだろうか。思いのほか自分が好かれていると知って、心臓がうるさくて仕方ない。

「……ま、でもきみの身体が壊れちゃったりしたら困るから、今日はやめておこうか」

 してやったりという顔で笑って俺の頬を撫でる蛍はそれでも視線がやたらと甘くて、不覚にも胎の奥が疼いた。キスだけでその気になってしまったことには気付いているはずなのにわざわざそう言うので、意地の悪いその男の首に抱きついて「抱いて」と囁いた。

予定調和


結局全部思い通りになってやる俺も大概甘いんだろうな
 


2024.03.26