不良に絡まれてたのを助けてもらった時からずっと梶さんに憧れてこの高校に入った。昔の梶さんは今と同じように強くて格好良くて、俺にも優しかったから。ずっと目で追ってしまうようになってこの人のことが好きだと気付いて、馬鹿な俺は想いを伝えることだけを考えて告白をした。

「……悪いけど、お前のことはそんなふうに見たことねえ」

 その時の梶さんは気まずそうな顔をしていた。困らせてしまった。言われてすぐに後悔して、頭を下げて謝って帰った。梶さんからしたら、そこそこ面倒を見ていた後輩からそんな目で見られて迷惑だっただろう。もしかしたら嫌悪感を感じたかもしれない。

 それからというもの、梶さんと目が合わなくなった。基本的に学年が違うからそう会わないし、スマホを見たり音楽を聞いたりしている人なので今までもそこまでこちらを見てくれていた訳じゃなかったけど、告白をしてから目が合っても逸らされるようになった。
 梶さんからしたら顔も見たくなくて当然だ。言わなければ良かったな。俺が馬鹿なこと言わなければ、普通の後輩として可愛がってもらえたかもしれないのに。

 失恋してその後も脈なんて無いことをようやく自覚したある日、前々から迷っていたマッチングアプリに登録した。学校名は伏せてイニシャルだけを入れて2人ぐらいに会ったけど、話が合わなくて1回きりで終わってしまう。けど、それも梶さんに振られた時に比べたら少しも気にならなかった。そもそも理想が高いのは分かっている。梶さんは強くて優しくて格好いいから。

 梶さんを忘れたい一心だった。例えば俺に恋人ができて梶さんを意識しなくなったら、また話せるかもしれない。いやそもそも恋人が出来たと報告して、自分へ向けられる気持ち悪い好意はなくなったのだと知ってもらえれば。また前みたいに一緒に帰ったり、見回りの後に買い食いしたりできるかもしれない。

 そう、俺は俺のためにも早急に新しい恋をする必要があるのだ。梶さんに迷惑をかけたくないから、誰かを好きになれるよう努力しなければいけない。



「ミョウジ君って、恋人いるの?」
「……は?」

 俺にそう聞いてきたのは蘇枋だった。たまたま二人きりのタイミングで声をかけてくるのが不思議だったのもあって、首を傾げて「いないけど。なんで?」と返すと、「いつも熱心にやり取りしてるように見えたから」と笑う。

「そういうアプリでW彼氏W探すのって危なくない?」
「……気持ち悪いと思ってんならそう言えばいいだろ」
「うん? 思ってないよ、心配なだけ。ミョウジ君キレイな顔してるし、男の人に好かれそうだなって」

 わざわざ『恋人』と表現した時点で違和感を感じるべきだった。次には『彼氏』と言い切ったので最初から俺のマッチングアプリが男同士のそれだと気付いていたらしい。学校でそんなあからさまな画面を見せびらかした覚えはないけど、こいつの洞察力ならあんまり不思議じゃないのかもしれない。

「恋人が欲しいなら、オレとかどう?」
「はぁ……?」
「知らない人と付き合うより、知ってる人のが安心かと思って」
「ふざけてんの? おまえノンケだろ」
「どっちもいけるよ。だからたぶんバイってやつ」

 蘇枋は嘘か本当か分からないそんな台詞をつらつらと並べて、最終的に「とはいえオレも同性と付き合ったことはなくてどんなものか分からないから、お試しで付き合ってみようよ」と提案してきたので、なんとなくその場の流れでその言葉に頷いた。別に深い意味なんてなくて、どうせ長くは続かないだろうと思って適当に返事をした。あとは、確かに男と恋人同士になるのが一般的では無い以上、少しぐらい経験してみた方がいいかもしれないと思ったのも事実だった。そうして、蘇枋との『恋人お試し期間』が始まった。



「帰り、どっか寄ってく?」
「……コンビニ。アイス食いたい」
「いいね。行こうか」

 蘇枋と恋人になって一週間、コイツのことを嫌な奴だとかは思っていたわけじゃないけど、あの日のアレはどうせ遊びで適当に言っただけで別にこれまでと変わらないだろうと思っていた。だけどその予想に反して、蘇枋は思ったより俺に構い続けている。たまに登校する時に近くまで迎えに来たり、一緒に帰ろうと声をかけてみたり。恋人らしいスキンシップとかはないけど無理矢理にでも俺との時間を作ろうとしていて、誰かと付き合うってこんな感じなのかと他人事のように思った。

「あ、先輩たちだ」

 コンビニで買ったばかりのアイスを公園のベンチで食べていると、ふいに蘇枋がそう言った。つられて視線を上げると公園の外の道路を挟んで向かい側に榎本さんと楠見さんが歩いていて、その後ろにいた人をつい見てしまった。

「……ぁ」

 梶さんと目が合ったのは随分久しぶりだった。向こうは少し驚いたように目を見開いていた。立ち上がって挨拶すべきだろうか。でも梶さんは俺に会いたくないかもしれないし、たまたま梶さんがこっちを見ただけで榎本さんと楠見さんは気付いていない。距離的にも微妙だ。

「……アイス、溶けてるよ」
「え」
 
 蘇枋はぺろりと俺のアイスの棒を舐めた。バニラが溶けて伝っていたらしい。指に垂れる直前だったようで、慌てて残りのアイスを食べた。顔を上げたらもう梶さんの姿は無かった。



 次の日、蘇枋に連れられて階段下へとやってきた。「二人で話したくて」とかなんとか、よくもまあ好きでもない男にそんな台詞を恥ずかしげもなく言えるもんだと感心する。

「ミョウジ君って、好きな人いる?」

 蘇枋の質問の意味が分からなくて、少しの間息を止めてしまった。好きな人と聞いて浮かぶ顔はあるけれどその人は俺を見ることはなくて、そういえば昨日は久しぶりに目が合ったなあと公園での出来事を思い出した。

「……ね。オレともうちょっと恋人で居られそう?」

 いかにも女にモテそうな柔和な笑みのまま、蘇枋はするりと俺の腰に手を回した。こいつは前にバイだと言っていて、バイは男も女も恋愛対象になり得るというものだったはず。そう前に言われていたとはいえ、その上で揶揄われてるだけだと思っていたのに、嘘でも冗談でもないと言うように、今まさに蘇枋の整った顔が近付いていた。瞬きの音が聞こえてきそうなほど近い距離で目が合う。何故か嫌悪感は無かった。どちらかというと中性的な顔立ちという点が梶さんに似ているからかもしれない。
 蘇枋の笑顔はいつも通りで、眼帯の下は分からないけどやたらと甘い視線で俺を見ている気がして、どうしてか流されそうになる。

「……す、ぉ」

 睫毛が触れそうな距離まで迫った時にようやく我に帰って蘇枋の名前を呼んだ。肩を押したがそこまで強い力を出せなくて案の定、蘇枋の体勢はあまり変わらなかったけれど、次の瞬間には俺と蘇枋の間には距離ができていた。俺の口元が手のひらに覆われて、後ろへと引っ張られたから。
 その手はもちろん蘇枋のじゃない。誰だと戸惑ってそして、嗅いだことのある香りがして。思わず振り返る前に、蘇芳が俺の後ろを見て笑った。

「梶さん、奇遇ですね」
「……てめー、ワザとか」
「まさか。ミョウジ君が可愛いから、つい触ってみたかっただけですよ」

 俺の口元を塞いでいたのはやっぱり梶さんで、びっくりして声も出ない。「借りるぞ」と呟いた梶さんは俺の手を引いて立ち上がって、その言葉がどうやら蘇枋に向けられたものだというのは数歩歩いてから分かった。

「あ、の、梶さん……?」
「アイツと付き合ってんのか?」
「え?」
「……どうなんだよ」

 あんな場面を見ればそう思っても仕方ないかもしれない。ただ梶さんからは軽蔑だとか嫌悪の感情は見えなくて、それなら何に怒っているんだろうか。考えても分からないので、仮にではあるけど付き合ってはいるため「一応」と言えば、梶さんはなんとも言えない顔をした。

「あ、えっと、大丈夫です」
「は?」
「その、蘇枋は試しに付き合ってくれてるだけですけど。俺もう、梶さんに変なこと言わないので」
「………」
「あ、えーと……あと、そっち系のマッチングアプリも使ってるし、」
「は!?」

 梶さんはさっきまでの険しい顔から少しびっくりしたような表情になって、口から飴の棒がぽろりと落ちた。梶さんの珍しい様子に思わずしゃがんで棒を拾うと、梶さんもしゃがんだので驚いた。

「梶さん? 大丈夫ですか……?」
「……た」
「え?」
「何人と、付き合った」
「え……」

 ヘッドホンを外している梶さんはそこまで大きな声ではないけれど、こんな弱々しい声は聞いたことがない。

「まだ始めたばっかなんで、会ったことはないです」
「これから会うのかよ」
「……? 蘇枋と付き合ってる間は多分ない、です」
「………アイツとマジで、付き合ってんの」

 仮にではあるけど付き合ってはいる。さっきからそう言っているのに梶さんはなんだか元気がなくて、梶さんも彼女がほしいのかななんて思いながらなんて声をかけるべきかをしばらく悩んでいると、「俺は?」と声をかけられて首を傾げる。

「試しに付き合うなら、……俺、とかでも、よくねーか」

 梶さんはものすごく言いづらそうにそう言った。なんだかんだ面倒見の良い人だから、俺がヤケになって変なことに手を出すのを心配してのことだろう。好きな人に、好きでも無い男と付き合わせるなんてそんな申し訳ないことはできない。そして、そもそも自分の好意は迷惑極まりないことだったんだと改めて思って苦しくなった。

「俺、おまえのこと、」
「大丈夫です。俺、次はちゃんと好きになる人のこと考えますから」
「は……」
「えっと……、だから梶さんも好きな人いたら、その、頑張ってください!」
「………」

 俺は努めて明るく言ったつもりだったが、梶さんからの返事はなかった。梶さんがどんな顔をしているかなんて、俺には知る由もなかった。

身に余る青と春


 男なのにやたらキレーな顔してんな、とは思っていた。ちょっと儚い感じというか、喧嘩は別に弱くは無いけどなんか、守ってやりたくなるような奴。ただそうは言っても男だし、後輩以上には思えない。だから告白されても嫌悪感とかはなかったけど正直に答えたし、ナマエは「変なこと言ってすみません」とすんなり引いて、眉を下げて笑ってみせた。
 その様子を見て今まで通りでいられるだろうと安堵していたのに、告白してきた時の赤い顔とかが何故か頭から離れない。そう思ったら急に、ミョウジの顔を見られなくなっていた。
 あいつは見るからに俺に懐いていたから、俺に見せる顔は常に笑顔だった。だからあいつから話しかけられた時に正面からその顔を見るのが日常で、誰かに見せる顔を盗み見ることなんてなかった。
 そうして気付いた時にはナマエを目で追うようになり、自分以外に向ける笑顔に焦りを感じるようになった。
 その笑顔が次第に同じ一年の奴に注がれるようになって、ある日には公園でイチャついているところを目撃した。その次の日には二人で抜け出すのが教室から見えたから思わず追えば、あと数センチでキスをするところだったし、事情を聞けば付き合っているのだと言う。しかもそれはお試しで、ただマッチングアプリなんてものを使って出会いを探していると。
 情報量が多すぎるがとにかくナマエは恋人が欲しくて、だからお試しでも付き合っているし並行して本物の恋人になれる男を探している。蘇枋はともかく、マッチングアプリなんて絶対だめだろ。そんなのに頼るぐらいなら自分が恋人になるのに。そう思って、ナマエをフッたことも忘れて自分にすればいいと言うと、俺が同情していると思ったようですっぱりと断られ、寧ろ誰かとの恋を応援される始末。
 こうなれば蘇枋の方に言って別れさせるしかないと思うが蘇枋は食えない奴だ。おそらくそれを呑まないだろうし、むしろ蘇枋と別れてマッチングアプリで知らない男に会う方が危険だ。
 あの日の告白を受けておけばこんなことにはならなかったのに。今から言っても仕方ないが、今思えば俺に好きだと言った顔がめちゃくちゃ可愛かったなと思い、また後悔に明け暮れることになった。




WB読破記念
2024.08.13