要圭には二つの人格があるというのは、告白された時に本人から聞いたことだ。最初は驚いたけど、そういえば別人みたいに雰囲気が変わっているのを一度見かけたことがあるし、そんな嘘をつくタイプには見えなかったので信じることにした。俺に告白してきた方が主人格なようで、基本的に俺の前に現れるのも同じ人格なのでそこまで大きな影響はない。
ただ影響がゼロではないと言い切れないのは、もう一つの人格が俺のことをあまり良く思っていないということ。前に一度、デートの約束をしていた前日に練習の疲労で主人格が眠りについてしまい、部活の奴らから『智将』と呼ばれている方の人格が現れた時には、待ち合わせして早々に「すまないが今日の予定はキャンセルしてくれ」と言われた。清峰と野球をして清峰の成長の糧になることしか頭にない人格だと言ったのは俺の恋人であるW圭Wの方だったかこちらのW要Wの方だったか、そのあたりは少し曖昧な記憶だけど確かに言っていたので、おそらく俺との時間は無駄であり苦痛なんだろうと思った。
映画を予約していたとは言えず「わかった」とだけ言って解散して、チケットが勿体無いので自分一人で観に行った。無駄になってしまった要の分の席を要に請求する気にはなれなかったので自腹でなんとかした。
「ナマエごめん! 俺昨日寝ちゃってて! 嫌いになんないで……ッ!」
「え? そんなことで嫌いになんないよ。練習大変だろ、お疲れ」
「エッやさし、どうしよう俺の恋人かわいい……。あ! 智将とデート行ったんでしょ? 大丈夫だった?」
「? 行ってないよ」
「……は?」
「待ち合わせにわざわざ来させちゃって、なんかごめんな。次からは家出る前に連絡くれたら良いからって伝えといて」
「え、待って、ナマエが観たいって言ってた映画、」
「あ、それは一人で見に行ったから大丈夫」
「………」
これはデートの予定だった次の日の会話で、酷く落ち込んだ様子の圭にもしかして無事にデートに行ったことにしておいた方が良かったのか、と後から思った。
それから、2人きりなんかではないけど智将の方と話す機会が時々あって、その話した印象としては噂通りとんでもなくストイックな人間だと思った。生活の全てが野球のためで野球と清峰のことしか考えてなくて、これまでも今もたくさん努力しているというのを理解した。学校がつまらないのか、つまらないなりにちゃんとしなければいけないと思ってのことなのか分からないけれど、真面目に授業を受けて周囲へそこそこ愛想良く振る舞いつつも、時々どこか遠くを見ていてちょっと寂しげだった。どことなく疲れていそうだったので頭を撫でてみると、キョトンとした顔をしたのは少し可愛かった。
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「……おはよう」
「あれ? もしかして要の方?」
「あぁ。今日はカフェに行く予定だったか」
「え、あぁ、無理しなくていいよ。ていうかわざわざ来なくても、連絡くれたら良かったのに」
「……デートに行かないと、後から主人がうるさいからな」
前回のキャンセルから2ヶ月後、デートの待ち合わせ場所に現れたのはW要Wの方だった。その口ぶりから、人格を交代することになってしまっても俺とのデートは完遂しろと言われたのかもしれない。まあ断りの連絡を入れたその履歴が残ってしまうわけで、それを気にしてここまで来た可能性がある。
「なんかごめんな。ここで解散でいいよ、圭にはデートしたって俺から言っとくし」
「……いや、必要ない。行きたいカフェがあるんだろ」
「そうだけど、要は外食好きじゃないだろ?」
そう言うと要は少し気まずそうな微妙な表情を見せた。クラスメイトなんかには少し取り繕ったような笑顔を貼り付けて当たり障りない距離を保っているのを見ているからか、言葉を選んでいるその顔はちょっと新鮮だ。その後も何度か同じ問答を繰り返して、最終的にそのままデートをすることになった。
一人でパフェを食べきれる自信がなかったのでもともとの目的だった桃パフェではなく、サンドイッチのセットを注文した。それも美味しくて頬が緩む。要も同じものを頼んでいて、とりあえず口には合ったようで安心した。
学校のことを話したり野球のことを聞いたりしながら要との時間を過ごして、要は早く帰りたいだろうなとは思いながら歩いていたら帰り道。何もしないからちょっとだけ家寄ってかない? とダメ元で誘うと要はあっさり頷いた。ますますよく分からない。
「今日さ、ホントはなんで来てくれたんだ?」
麦茶を二人分部屋に持って来てから、今日ずっと聞きたかったことを思い立って聞いてみる。ベッドに背中を預けて並んでいるので正面から顔を見てはいないけれど、少し覗いた横顔だけでも、要がまた少し複雑な顔をして何か考え込んでいるのが分かる。待ち合わせした時は「主人が後でうるさいから」とそれらしい理由を言っていたけれどそれだけじゃない気がして、少し言葉を待つことにした。
すると数分の沈黙のあと、要は考えが纏まったためか吹っ切れたような顔をして口を開いた。
「主人にいつも、ナマエの惚気を聞かされている」
「は?」
「自分と話している時の顔が優しいだとか、好きなものを食べている時の顔がかわいいとか、あとはキスをしている時の顔がエロいとか」
「……あー……」
自分の別人格に何を話しているんだろうか。特に最後に関しては恥ずかしすぎるし胸の内に留めておいてくれよと思うものの、人格が違うだけで要圭本人なわけなので独り言みたいなものなのだろうか。むしろ口に出さなくてもそうと思うだけで伝わってしまうような気もするし、それなら仕方ないけれど。
「あまりに何度も言うから、なんとなくそれを見てみたいと思った」
「……えっと、さすがに浮気になる、かも……?」
「それについては、デートの日に起きて来ない主人とW恋人Wを簡単に家に上げるお前が悪いと思わないか?」
さっきまでの迷うような表情から一変して俺の背にあるベッドに腕をつき、どこか強気に笑って俺を閉じ込めた要は、いつもの優しくて明るい圭では見たことがない顔をしていて戸惑う。そのくせ視線の真っ直ぐさや細められた目元の甘さは変わらなくて、同じ人間であることと違う人格であることを改めて感じさせる。
「ん……っ」
俺も健全な男子高校生なので、部活に自主練に忙しくてなかなか会えない中、触れたいと思っていたW恋人Wからのキスを拒めなくて唇が重なる。
いつも圭が俺にキスをする時は何度か軽く唇をくっつけては離して、鼻や頬や目尻、あとはおでこなんかにもキスを落として俺の緊張を解いてから「口開けて」と囁いて、それから深いキスになる。俺はそれに身を任せて応えて、それがいつもの流れだった。
「っ!? んぅ、……!」
「……は、っん……」
「ぁ、っ、んん……ッ」
けれど要は最初から舌を捻じ込んで、驚いて頭を引こうとしたのに後頭部に回された手がそれを許さない。鼻だけの呼吸では酸素が足りなくてまた口を開けてしまって、更に口のなかが要の舌でいっぱいになる気がした。
圭はいつも俺が肩を叩いたりしたら一瞬離れてくれるのに、同じようにして静止を求めてもその手を取られてキスが続く。舌が合わさる時の音も舌を吸い出されるような感触も、自分の上擦ったような声も要の微かに漏れる息遣いも、その全部が気持ちよくてどうしようもなく恥ずかしい。
「……確かに、その顔は腰にくるな」
息が整わなくて力が入らない俺を、背中に回した腕で抱き寄せながら要が言う。俺の耳のふちに唇を寄せて「またうるさくなるから、主人には内緒にしてくれ」と少し笑いながら言う要の肩に頭を擦り付けながら、こんなの言える訳ないだろ、と心の中で悪態をついた。
従順な嘘つき
内緒にしろと言っておきながら俺の首元に吸い付いて痕まで残した男のせいで、後日W恋人Wがとんでもなく拗ねて機嫌を取るのが大変だったのは言うまでもない。
title by 白鉛筆
2024.10.14