さっきまで、いつも通り部屋で各々適当に、雑誌を読んでいた。筈だ。

「影山?」
「はい」
「えーと、どうした?」
「? キスです」

いや、キスは分かるけど。なんで今、いきなりされたのかってことなんだけど。影山は至って真剣で、それ以上問いただすことは無意味だと感じた。

そうしているうちに俺の手からするりと雑誌を抜き去って、体の横に丁寧に置いた。その瞳はいつもと変わらないように見えて、また分からなくなる。たとえばバレーをしているときのようにギラギラした眼なら、なんとなく言いたいことも分かるんだけど。

「だめでしたか」
「いや、駄目じゃない、よ。急にどうしたのかなって、思っただけで」

俺と影山は、所謂恋人同士というやつだ。だから、キスをするのはおかしいことではない。

ちなみに俺たちは、キス以上をしたことがない。そういったことに疎い影山に、キスをけしかけたのも俺からで、その先のことは俺の口からは敢えて何も言ってこなかった。
隠しているわけじゃないけど、なんとなく、まだ早いのかなって漠然と思ったから。

「俺、最近、変なんです」
「え?」
「告白したときは、こうやって一緒にいるだけでよかったのに。次にキス、しだしたら、毎日でもしたくなって、でもそれはそれで、十分だったのに」

影山は俺から眼を逸らさない。射抜くようにじっと交わり続ける視線は、やっぱりバレーのときのソレと似ているかもしれない。針の穴を通すような正確さをもってボールを見据えるその眼が、俺はどんな影山よりも好きだった。

「今はすごく、ミョウジさんにさわりたいです。どうしたらいいですか」

影山は基本的に素直だ。年上には特に。体育会系が染み付いてる感じで、だから、こんな風に真っ直ぐ丁寧に問いかけてしまう。こうなる度に俺は困ってしまう。でも一番困ってるのは、俺が「触りたい」じゃなく「触られたい」と思ってしまっていること。

年上としてのプライドなど、キスの主導権を明け渡したあの時、かなぐり捨てた。影山は俺に触りたくて、俺は影山に触られたい。ただそれだけ。

「……いい、よ」
「え」
「えーと、とりあえず、抱きしめてみる……?」
「……! はい!」

元気すぎる返事と共に、影山がぎゅっと抱きついてきて、恥ずかしさを押し殺してその背中に腕を回す。体格の良い影山の、その無駄のない筋肉の感触がやけにリアルで、それだけでいっぱいいっぱいになる自分に、果たして今後この先の行為に進んだ時、大丈夫なのかと思ってしまった。

けれど、そんな思考はすぐに停止せざるを得なくなる。影山が、ちゅ、ちゅ、と首筋にキスをし始めたのだ。時々吸い付くようにゆるく歯が立てられ、かと思えばざらりと舌が這う。

「っ、ん、ぅ」
「ミョウジさん、かわいい……」
「っひ、かげ、ん、まって……っ」
「やです、さわりたい……」

首筋から耳、喉、鎖骨、また反対側の耳。ぞくりと背中を這い上がる感覚から目を背けて、必死に身体が反応しそうになるのを耐えるが、それも、影山の手が服の裾から腰を撫で上げたことで、意味を成さなくなっていく。

もうどうにでもなれ、と、目の前の格好いい年下の恋人に、すべてを委ねた。

「とびお、……キス、して」
「〜〜〜っ、ほんとに、かわいいです、ナマエさん」

唇が重なったかと思えば、徐々に深くなっていく。舌を吸われ、くちゅくちゅと音を立てて絡められ、酸素が足りなくなっていく。
影山としかキスをしたことがないから、上手い下手はわからないけれど、気持ちよくて頭がぼーっとしてくる。こいつバレーだけじゃなくて、こんなところもテクニシャンなのかよ、なんて、どうしようもないことを考えた。

「ナマエさんどうしよう、」
「ん、なにが……」
「おれ、ナマエさんの全部にさわりたい、っす、けど、あの、どうしたらいいですか」

バレーに向き合う目、ボールを追う眼だなんて、とんでもない。ただ俺だけを見て、俺だけを食べようとしている。それがあまりに熱を孕んでいて、次第に俺の何処かが焼き切れそうで、俺は小さく「好きにしていいよ」と呟いた。
食事には合言葉

そのうち「待て」なんてできなくなるだろうな、なんて他人事のように思った



2020.12.09