「冨岡はほんとに顔立ち綺麗だよね」
「………」
「黒髪もつやつやだし、どんな手入れしてんの。ていうかいつも同じ髪型?ちょっと下ろしてみてくれない?」
「断る」
「えー、つれないな」

 無意識のうちにため息をついた。顔を合わせれば「美形」「一番好み」「格好いい」などと平気で言い、こうして恥ずかしげも無く賛辞を述べるこの男は、ほぼ同期で同い年のミョウジ ナマエ。
 その年、最終選別で生き残ったのはこいつ一人だけらしい。人数が減れば減るほど、あの山の全ての鬼から狙われるから、生き残れる確率がかなり下がると言われているのに、それでも生きて此処にいる。

 話が逸れたがなにが言いたいのかと言うと、こいつは相当な手練れの筈だ。しかし、会うたびに俺の容姿を褒める酔狂な印象が強くて、ただ確かに実績はあるわけで。つまり、よく分からない。過ごす時間が長くなろうと、このミョウジ ナマエという人間のことが分からないでいる。





 その日は同じ任務へ赴く予定だったので、藤の家で夜までの時間を潰すことにした。すると、隣の部屋がやけに騒がしく、そして聞き覚えのある声ばかりだった。

 廊下でばったりとその人物の一人と遭遇し、俺が一瞬考えるうちに、隣のミョウジは口を開いた。

「あれ、天元様。どっか行くの?」

 物怖じしない性格は相変わらずだ。人懐っこいというのだろうか。俺に対しては同い年だからまあいいとして、宇髄は紛れもなく上官で年も上で、年下の一般隊員からすれば雲の上の存在の筈だが、名の呼び方以外はこうして友人のように話す。ミョウジは宇髄を含む数人の柱から特に気に入られていて、このようにくだけた口調で話している。

「おうナマエ、冨岡。ちょっと吉原遊郭へな」
「遊郭かあ……。潜入するってこと? それで目立たないようにそんな格好してるんだ」
「まあな。地味だが仕方ねえ」

 確かに今日の宇髄は、いつものやたら煌びやかな装飾や化粧がなく、本人曰く「地味」な身だしなみだった。着物も、普段であれば絶対に着ないだろう素朴な色。
 ただ、目鼻立ちか醸し出す雰囲気か華やかさはさほど消せてはいないので、潜入などできるものなのか少し気になったが、この男のことだから怪しまれるなどという下手なことはしないんだろう。

 総じて、今の宇髄に関しては自分でさえ物珍しく感じ様々な思考を巡らせたのだから、仲の良いミョウジならそれを話題に話しかけるのも当然のことなのだろう。

「天元様、やっぱり男前だね。俺、今の格好も好きだよ」

 当然のこと、なのだが。ミョウジがへらりと笑って言ったその一言を聞いた瞬間、気付けば自分より少しだけ小さいその手を引いて、足早に部屋へ歩いていた。




 冨岡、と何度も呼ばれるのを全て無視したまま歩き続け、ほどなくして自分に割り当てられた部屋へ着いた。柱は一人で一部屋借りるのが暗黙の了解になっているので本来は自分だけが過ごす場所だが、今は此処にミョウジがいる。

「はぁ……、やっと止まった。なに、どしたの? なんで怒ってんの?」
「……怒って、るのか、俺は」
「そう見えるけど。違うの?」

 怒っているのとは違う気がする。だからと言って、この感情を何と表現すべきかは分からない。

「なんかまた考えこんじゃった? それ、冨岡の難儀なとこだよな。とりあえず言ってみたら良いのに」
「……おまえは」
「うん」
「宇髄の顔が好きなのか」

 数秒の沈黙。とりあえず言ってみろと言うから話したのに、無反応とはどういうことだ。

「宇髄の、顔がいいのか」
「……は、え?」
「俺の顔が好きなんじゃないのか」
「えーと、冨岡?」
「いつも俺が一番だと言っていたのに」
「………」
「俺には好きと言ったことがないのに、宇髄には言うのか」

 間の抜けた表情で俺を見るミョウジを見て、我に返った。何かおかしいことを諸々口走った気がするが、既に言った言葉は取り消すことはできない。

 気まずさに耐え難くなり目を合わせられず俯いて、しかしあまりにも反応がないので心配になり、顔を上げた。

「ミョウジ……?」
「……ちょ、待って、頼むからこっち見ないで……」

 なんだその表情は。いつも恥ずかしげも無く直球で俺の外見について褒めて、その時にはまるで余裕綽々の顔を見せるくせに。

 俺から目を背けて片手で口元を覆い、耳を真っ赤にしたミョウジを見て、心臓がどくどくと脈打つのを感じた。病気かもしれない。どうにかなってしまうんじゃないかと思うほど煩い脈動に、俺は自分の身体がいよいよ心配になった。

「えと、意味分かって言ってんの……?」

 ミョウジが何か言っている。聞かなければと思うのに、思考がうまく動かない。とりあえず今は、その顔が見たい。ミョウジの手を退けて、その瞳を覗き込んだ。

 衝動のままに瞼へ唇を押し当てたとき、あまりにも自分の心臓が煩く身体が熱いので、全集中の常中を会得してからは感じることの無かったえらく不完全な呼吸で、この身を落ち着かせることとなった。
影踏みの跡

捕らえられてばかりは性に合わない




2020.12.09