マイキーに好きだと言われたのはつい昨日のことだ。男を好きになったことなんてなくて、だけど今は女の子含め誰のことも好きじゃなかったから、その強さに少なからず憧れていた俺は二つ返事で了承した。マイキーに甘いのは自覚してるけど、かといって今更どうにもできない。

「……いいの?」
「あー、うん。けど俺、好きとか正直あんまりよく分かってなくて、それでもよければ、だけど」
「全然いーよ。お試しでもコイビトだもんな。すげー嬉しい」

 いつになく上機嫌でちょっと可愛いなと思った次の瞬間、唇にふにゃりと柔らかいものが押し当てられた。

「っ、は……?」
「これからよろしくな」

 告白の返事をしたその5分後、目を閉じる間もなくあっさりと俺のファーストキスが奪われた。
 色々と規格外なマイキーのことだから、恋愛経験値は0か100だとはぶっちゃけ思っていた。あとはマイキーの言う「好き」がどこまで本気なのかも怪しかったから、告白を受け入れた時ある程度の予想外なこととかは覚悟してたんだけど。

「……いや、手ぇ早……」

 そう思ったのがつい昨日の話だ。







「ン……っ、ふ、んんッ」
「はぁ、ん……」

 ちゅ、ちゅ、とじゃれ合うみたいに唇同士が触れるだけの行為に始まり、今は舌をすり合わせられて時々吸われて、唇を舐められて甘噛みされて、とにかく感じたことのない気持ちよさに背中がぞくぞくするようなキスになった。

 誘われるまま部屋に遊びに来てほんの3分ほどは何気ない話をした。と思う。そこからあまりにもあっさりと押し倒された時には多分もう全部遅くて、思い切り力を入れようが何しようが、ベッドに縫い付けられた腕は動かなかった。脚力はとんでもないと思ってはいたけど、腕も大概馬鹿力だ。

 昨日のキスはどうしてか普通に嬉しかった。今日のこのキスも、不思議と嫌じゃない。だから別に拒む必要はないのかもしれないけど、何せ展開が早すぎるので感覚と気持ちはどうあれ、頭がついて行かない。部屋に呼ばれた時点で察しろと言う人間もいるかもしれないけど、何せ付き合ってまだ2日目だ。早すぎると思うのは俺だけなの?

 あと、ずっと唇を塞がれてるせいで単純に息が苦しい。合間合間で名前を呼んだり離せと言ってみたりしているけれどマイキーはお構いなしだ。この唯我独尊具合、喧嘩ではあれほど心強いけどさすがに俺は一応恋人なんだから、こっちのペースも少しは考えてほしい。

 いっそ股間でも蹴り上げないと止まらなさそうだけどいつの間にかマイキーの身体が俺の足の間に入っていて叶わない。酸素が足りなくてぐらつく頭で、どうにか踵をマイキーの尻のあたりに振り下ろした。

「いてっ」
「っは、はぁ、っ、まいき、ころす気か……!」
「……あ、悪ィ」

 大丈夫か? と息一つ乱さずそう聞いてくるこいつにどこが大丈夫に見えるのか聞いてやりたいが、酸素が追いついてないので結局睨むだけになった。マイキーに限って絶対に怖がったりしていないと思うけどとりあえず押し黙ったので、腕を外して口元を拭った。

「ごめんナマエ、怒った……?」
「……怒ってないから、一旦退いて」

 今更ながら羞恥心が湧いてきて顔に熱が集まる。茹だる頭はたぶん酸欠のせいじゃなくて、唇や舌や上顎に残るマイキーのキスの感触のせい。恥ずかしいのでそんなこと絶対に言えやしないけど。

 とりあえず退いてもらおうとその胸を押したら手首を掴まれ、見上げたらいつもと様子の違うマイキーと目が合う。
 普段の顔はもちろん、喧嘩してる時のそれとも違う。例えるなら、どこか雄の眼をしているような、餌を前にして捕食するのを必死で堪えている獰猛な肉食獣のような。

「……勃った」
「…………え?」
「俺悪くねーもん、ナマエが悪い」
「は……!?」
「なぁナマエ、抜き合いっこだけしたい。いい?」

 何のことか分からず安易に良いと言えるわけがないのでありったけの力で腕を突っ張るけれど、小柄なはずのその体はびくともしない。欲情が色濃く見えるその眼はもう、俺を欲しがる様を隠しもしないでこちらを見つめていて、心臓があり得ない速さで脈を刻んでいる。

「好き。好き。ナマエだけが好き」

 首の辺りを吸われてちくりと痛みが刺す。W俺だけWなんて、こいつにこんな声でこんなことを言われて、真正面から断れる男が東卍にどれだけ居ると思ってるんだろうか。
 首を舐められてそのまま鎖骨を辿られ、ところどころ緩く噛みつかれて、その度にじくじくと感じたことのない熱に浸食される。

 結局俺はこいつに甘くて、まだ付き合って2日しか経っていないこんな早急な展開も全部許してしまうし、たぶんこれから行われる行為だって受け入れてしまうんだろう。甘い、なんていう言葉で誤魔化せないかもしれないぐらいに盲目だ。
 自分が自分でなくなるような恐ろしさを少しだけ感じるほどこいつに心酔していて、心も体も制御が効かない。これにW好きWとかそう言う名前を付けるんだろうか。

「ずっとナマエが欲しかった。ずっと触りたかった」
「っあ、ぅ」
「なあ、俺だけ見て。ちゃんと大事にするから、いつか、俺のこと好きになって」

 間近で顔を覗き込まれて真っ直ぐに目が合う。時々陰るその黒い眼が、今は俺だけを見ている。

 ずっと、なんて言葉を使うマイキーは珍しいと思った。欲しいと思ったらその場ですぐに欲しがる類いの人間だ。そんな奴が、もしかして俺をずっと欲しいと思って、だけど無理やり手に入れるのを我慢して我慢して、勇気を振り絞って好きだと言ったのだろうか? そしてようやく俺に触れる権利を手に入れたからがっついてるって、そんなの、受け入れるしか無いだろ。

「マイキー」
「ん……」
「俺もお前のこと、好き、かも」

 喧嘩でもなんでも滅多に動揺しない達観した百戦錬磨が、驚きと高揚とで目を見開いている。それが可笑しくて、マイキーの頬を掴んで引き寄せる。

「俺、全部初めてで分かんないから、優しくして」

 俺は付き合って初めて、自分からキスをした。くっつけるだけの拙いそれは鼻が少しぶつかるような下手くそなキスだったけど、マイキーは付き合ってからどころか今までの付き合いで見てきた中で一番、真っ赤な顔をしていた。
とうにきみは手に負えない

少なくとも俺の世界の真ん中だから





2021.9.12
title by BACCA