※平和に成人している世界線













 膝枕をしてもらうことはあっても自分の膝を貸すことはあまり無かった。
 酔っ払って介抱してもらうことはあっても自分は介抱も世話もしたことはそれほどなかった。

 恋人に甘えることはあっても、甘えられることは殆ど無かった。

「……なぁナマエ、大丈夫? 眠いならベッド行こ」
「ん……、だいじょ、ぶ」

 だから知らなかった。酔って甘えたになった恋人を甘やかすのが、こんなに良いことだったなんて。

 ソファに座るオレの太腿に頭を乗せて寝そべり、オレの腹に顔をうずめてふにゃふにゃと喋る。酔っているのと眠気への抵抗とで舌ったらずなのがあんまりに可愛い。

 エッチの時はオレが誘うしオレが上だけど、それ以外の場面では基本、大人びているナマエがオレをリードしてくれていた。オレの世話を焼いてくれて甘やかしてくれて、我儘も全部優しく受け入れてくれていた。

 それが今はどうだ。眠気に抗おうと唸りながらも、勝てなくて瞼が落ちる。オレの腹に鼻を埋めてすぅすぅと息をして、時々「まんじろのにおいがする」などと可愛すぎることを言う恋人を前にして色んな欲を我慢して抑え込んでどうにか優しく接しているけど、オレはそろそろ限界である。いよいよ爆発しそうだ。アレが。

 だけどせっかくナマエがこうして甘えてくれているんだから、もう少し堪能したい気もする。今の感じだとたぶんこのまま寝てしまうだろうナマエをベッドまで運んでからテキトーにここを片付けて、そして眠っているナマエの隣に戻ってきて腕枕をして添い寝する。そういう、カッコイイ彼氏らしいことをしてみるチャンスかもしれない。





 だけど自分は我慢なんかてんでできない人間だったことを思い出した。10分もすれば、ついさっきの脳内議論はあっさりと覆された。

 もういいんじゃねぇの? 襲っても。

 だってナマエが悪い。眠った恋人に手を出したりは流石にしないので眠いならさっさと寝たらいいのに、ぽやぽやした顔のまま眠気に抵抗して「まんじろう」と甘えた声でオレを呼ぶ。ここに居るよと言っても何度も呼んで、そのくせ頭を撫でたら静かになってはその手に擦り寄って、もっと撫でろと催促をする。あざといなんてものじゃない。

 とりあえずまずは押し倒してキスをして、それからソファは狭いけど硬い床でするのはさすがに可哀想だから、挿れるとしたらこのまま対面座位か。
 膝の上に乗る頭を撫でながら色々な想像をしていると、ナマエがむくりと起き上がった。

「ナマエ?」

 起き上がったはいいが何も発さないナマエが心配になり、元東卍メンバーとの飲み会の時にすぐ酔っ払うペーとか千冬の介抱をしているケンチンやナマエをなんとか思い出して「水とか飲む?」と言ってみたけれど、ナマエはゆるゆると首を振ってノーの意思を示した。だけどやっぱり何を言う訳でもないその様子に、どうしたものかと思っていると。

「……しねぇの」
「……、え?」

 突然だけどナマエだって元々は不良で、だから喧嘩の時の言葉遣いはそこそこ荒っぽい。でも普段は不良のふの字も感じないほど穏やかで、それは知らない奴にも友達に対してもそう。もちろん恋人であるオレにも。
 そんなナマエが、舌足らずではあるけどヤンチャしてた時を思い浮かべるような口調で言ったものだからつい返事が間抜けな声になった。

 するかしないかという話になるとWそういうW展開をイメージするのは当たり前。だからたかが耳に入っただけの情報でぬか喜びなんてしたくなき。そう思ってたのに。

「今日、えっち、しねぇの……?」

 赤い顔で放たれたその言葉に、オレの脳みそはフリーズした。処理しても追いつかないほどの情報量がそのたった一言二言にはあった。

 いや、は? 夢???
 えっちしねぇの、っていうのはつまりナマエはエッチしたいってことだ。それは分かる、流石に分かる。けど分からないのは、ナマエの口からそれが出てきたこと。

 そういうことに誘うのは基本、自分からだった。ナマエ限定でだけど性欲はかなり強い方だと思うしシたいと思った時は我慢したくないし、ナマエがよほど疲れてそうだとか明日に響くといけないとかでもない限りは迫って迫って押し切ってきたので、まあ少ない時でも週2日以上くらいのペースではしていたように思う。だからたぶん、ナマエからわざわざ誘うような場面がなかった。

 それがここ最近はちょっとお互いに忙しくて、たしかに一週間ちょっとぐらいそういう展開にならなかった。だから明日は久々に休みが重なったし誘いたかったけど、まあでも疲れてるかもしれないし気持ちよさそうに酔ってるしもう眠そうだし……というオレのなけなしの良心がそれを少しだけ止めていた。
 まあ、止めたと言ってもほんの少しだけだ。だって現にもう襲っちゃおうかなと思ってたし。だけどナマエは眉を下げて恥ずかしそうにそう言ったということは、オレの我慢と限界と下心とは察されていなかったらしい。

 ゆるゆると上がる口角を抑えきれない。なんて楽しい夜だろうか。

「ナマエはエッチしたいんだ?」
「……ん。けど、疲れてんなら、いい……」
「疲れてねぇよ。つーかそういうの全然言ってほしいし普通に誘ってくれていいんだけど? オレが断るわけねーし」
「っ、ン……」

 顎を持ち上げてキスをして唇が離れた後その顔を覗き込めば、酔っ払っていたさっきまでとは違う蕩けた眼をしていて思わず喉が鳴る。
 ベッド行こ、と囁けばどうしてか腕が首に巻き付いてきたので、「ナマエ?」と名前を呼べば「運んで」と小さな声で呟くもんだから、あまりの可愛さに変な声が出そうになった。



「……今日、」

 ナマエをベッドに下ろしてその上に跨ると、恥ずかしそうに顔を隠しながら「準備してきたから、多分すぐ、できるから」と消えそうな声が響き、一瞬で下半身に熱が集まる。最初から抱かれるつもりだったらしい。オレが誘って来ないからいつもより余計に酒を飲んで、そして酔った勢いに任せて甘えた。なんていじらしいんだろうか。

「……まんじろ、もう、勃ってんの」
「は? 散々煽っといてそれ言うの?」
「はは、……今日さ、あんまり優しくしなくてもいいよ」
「……上等じゃん」

 そうは言っても惚れた弱みで、オレが優しくしかできないことを知っていてまた煽るんだからタチが悪い。



 翌朝、シた次の日も大抵いつもはオレより早起きなナマエが腹に抱きついて眠っていて、そういえば寝顔なんてあんまり見たことがないかもと思って新鮮で、そしてどこか幼く見えて可愛かった。これからは甘えるだけじゃなくて、この可愛い恋人を時々甘やかそうと心に決めた。

 


2022.02.24