※ネタメモからですが少し変更あり
※誰も彼も生存している平和if
術式とは生まれ持って体に刻まれたもので、つまりはギフトである。キャバ嬢とホストの親(それもどちらもクラブのNo.1だったらしい)から生まれたとんでもない出自の自分は生まれてこの方誰かに恋愛的な意味で心を動かされたことがなく、ただ興味はあったので男も女も来るもの拒まずの精神で相手をしてみたが未だに恋も愛もよく分からなかった。別に毒親だとかそういうことはないし普通に育ててもらったように思うが、まあ少し夜の匂いのする親だったことが原因だっただろうか。
術式の話に戻るが、そんな風に人間として諸々欠陥のある俺が持つ術式の発動条件がまさかWハグWやWキスWであるとは流石に笑うしかない。親は非術師で呪力も全くないので知識も持っておらず、適度に放任なのであまり干渉してこないのが救いか。
だって能力を使うために必要に迫られた結果とはいえ、不特定多数とキスをしているのだ。ハグならまだしもキス。体の内側に作用させるものなので当然口同士である。流石の俺には細かく知られたくはないので、今後聞かれても答えることはないけど。
「先生、だめ?」
「いや、だめというか……お前が将来、好きな子ができてその子とキスするとき、俺との記憶がよぎるのはなっていう」
「俺そんなの気にしないから、先生おねがい」
「……、はぁ、わかった」
さて、俺の術式の基本的な効果は呪力の回復だ。これは圧倒的な反転術式で瀕死の傷すら治癒できる硝子にもできないことであって、呪力が肝である呪術界にとってかなり重宝される力のひとつであるらしい。殊更術師の場合、呪力さえあればなんとかなる場面が多いからだ。硝子はHP回復でナマエはMP回復だよな、とは学生時代の同期の言葉だ。
そして、生徒や周囲の術師中には何の躊躇いもなくキスを強請ってくる奴が数人いる。悠仁もその一人で、訓練を人一倍頑張っているので呪力不足になりやすいことに関してはまあ仕方ないしむしろ褒めるべきところなんだろうが、子犬みたいに俺を見上げながらお願いすることが同性の教師相手のキス。コンプライアンス的な面でも大丈夫なのだろうか。少なくとも悠仁の家族には知られたくない。
とはいえ俺自身は相手が誰だろうと特に抵抗は無いのでそのまま顎に手を添えてキスをする。呪術師なんていうのは頭が正常なままできる仕事じゃないので、一応の確認だけはするものの効率を優先してキスをして呪力を流し込む。俺の呪力を少しだけ流し込むと悠仁の体内に眠る呪力に作用して回復を促すことができるので、ハグよりも早い回復が見込めるし、俺の呪力消費も少なくて済む。
「……っぷは、……へへ、先生ありがと、元気でた!」
俺もうちょっと特訓してくる! と文字通り元気よく言って去って行ったその背中に遅ればせながら軽く手を振った。鼻での呼吸が上手くできていないらしいあたりはかわいいといえばかわいいが、離れる時に毎回唇を舐められるので少しびっくりする。子犬がじゃれついていると思えばそれまでだけど、離れる間際だけ変に艶っぽい表情を見せるのでなんとも言えない。
***
「先生」
「……伏黒、また?」
「ちょっと、新しく調伏したの試してて」
「はあ……。ほら、おいで」
悠仁の時に親には知られたくないなと思ったのは、この子の存在があるからだ。伏黒恵。恵の親にはがっつり知られているので正直言ってやりづらい。息子がひと回り年の離れた同性とキスしているというのをその親に知られているなんて拷問だろうか。倫理観が若干欠如している自覚はあるがそんな俺ですらも気まずいというのに、毎回しおらしくお願いしながらも頑なに引き下がらない恵になんとも言えない気持ちになる。
ただ、此処に来る時は呪力をかなり使い果たしているのは本当なので拒むことはせず受け入れる。恵はいつも控えめに俺の手を握って、ちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスを何回かして離れる。俺は一回5秒か6秒あればいいんだけど、恵は恥ずかしいらしい。なら1分程度ハグすればいいと提案したのに、それの方が耐えられないと言われた。呪術師はイカれていないとやっていけないと言うが、そして俺に言われたくはないだろうが、恋愛して彼女ぐらい作った方がいいと思うのは可笑しいだろうか。少なくともハグよりキスの方がハードルが高いことは教えてやりたい。
「……ありがとうございました」
恥ずかしそうに目をそらす恵に釣られて俺もちょっとした羞恥がこみあげてから、甚爾さんの顔が浮かんですぐに気まずさが勝ってしまうので毎回それを振り払うのに必死だ。
***
初々しさのある生徒はここまでである。見かけによらず悪ノリが好きなこの呪言師は確かに本当に必要な時にしか来ないものの、悪びれもなく何かしら手を出してくる。
とはいえ、外傷に長けた硝子の術式よりも内部に呪力を流せる俺の術式の方が相性がいいので、ハグによる治療はあまり効率も良くない。そのため、いつもこちらからキスを促してやることが多い。
「ごん゛ぶ……」
「ひどい声だな」
「だがな゛」
おにぎりの具に語彙を絞っている棘が呪言を使う時のルーティーンであるファスナー下ろすのが、回復を求める時の合図。棘の顔を両手で掴んでそっと唇をくっつけて、喉に少しでも長く留まるようにゆっくり呪力を流す。
「ッん、……おいこら、やめろ」
「ツナツナ」
キスの最中は大人しいくせに回復したかしていないかというタイミングで時々舌を入れてくるので、その度にデコピンをお見舞いする。しかし悪ノリの延長か、キスが終わった後にすっかり治った喉で「ツナマヨ」と嬉しそうに言ってから、懲りずにちゅっと触れるだけのキスをして逃げるように去って行く。最初のうちはまだ完全に回復してなかったからしたのかと思っていたが、何度も繰り返されるので確信犯だろうと思う。とはいえ悪戯が成功した子どもみたいに笑うので憎めなくて毎回許してしまう俺は、たぶん教師には向いていない。
***
棘に関して、一瞬舌を入れるなんていうのは所謂普通じゃないとは分かりつつも、それをW悪ノリWという程度に認識したことには訳がある。
「ん、ふ、……んん、さと、っん」
「ナマエかわいい……。ん……」
「は……っ、もう、っやめ、んぅ、……」
「気持ちよさそうだね。少し妬けるな」
「っオイ傑、変なとこ触んな」
「疲れてるんだ、ハグで癒やしてよ」
「ん……っ」
疲れただの何だのとあれこれ理由をつけて俺の元へとやってくる、どう考えても回復なんか不要な二人。悟は六眼持ちだから呪力が尽きること自体がそもそも無いし、傑の呪力には一応限りがあるがもともとの呪力量の多さに加えて呪霊操術は式神使いと違って比較的消費量が少ないようで、千を超える呪霊を一気に操ったりしてもまだ多少の余力が残る程度だと聞いたことがある。呪霊千体って何だよ。それはもはや無尽蔵と言って差し支えない。
それなのに一人の時も二人の時でも遠慮なく俺のところへ来ては、回復と称して片方が後ろから抱き締めてもう片方が俺にキスをする。術式の意図とはかけ離れたそのキスはいつも当たり前のように舌を入れてきて、上顎を擦ったり舌先を吸ったり歯列をなぞったりとやりたい放題だ。終わる頃には腰から下の力が入らないような時もあって、立っていられなくなった際には二人が恭しく支えてくれるがそもそもお前らのせいだと言いたい。
「毎回毎回……、そもそも呪力尽きてないのに来るな」
「ごめんごめん、ナマエに会いたくてさあ」
「私も悪かったよ」
「ハァ……」
全く悪びれていない二人にこれ以上言っても無駄なのも分かっているので咎めるのもそこそこに、どうせ暫く駄弁っていくだろう二人の分の茶を用意する。呆れはするものの怒りなんかは湧いてこないのは、強さ故に危険な特級任務に赴く二人のことは尊敬しているから。あとは、二人のことを心配している俺のことを気に掛けてこうして時々此処に来ていることも知っているからだ。それをストレートに言うことはないけど。
「……あ。傑」
「ん? ッん、」
「今日もお疲れ」
今日はハグだけで回復するに留めた傑にほんの数秒のキスをしてやると、分かりやすく驚いた顔をした。呪霊を呑み込むのはとんでもないまずさだから口直ししたいという名目でキスをせがまれたこともある。それ自体は冗談なのかもしれないが、呪霊のまずさはきっと本音だろうから。
「……そういうとこだよ、ナマエ」
傑だか悟だかが呟いたその言葉は聞こえはしたが意味は分からなかったので、特に言及することはなかった。
***
付き合いの長い同学年の奴らはまあそんな風に遠慮がないが、一つ下の後輩は正反対だ。
「すみません、なまえさん。その……」
「あぁ、回復? いいよ、はい」
いつも申し訳なさそうに「この後も任務が詰まっていて」と相談しにくる七海は表情はクールだしあいつらより俄然大人の落ち着いた男という感じだけど、耳が赤くなっていたりしていじらしい。背が高い七海には俺からは届かないので、上を向いて目を閉じて待つ。少し躊躇ったあと、「失礼します」と毎回言って唇が触れる。どれだけ背が伸びてガタイが良くなっても謙虚で気を遣いがちな後輩だ。
ちなみに灰原は「お願いします!!」と元気よく言ってがぷりと噛みついて「ありがとうございました!!」と去っていく。同い年でも随分と違うがどちらもかわいい後輩である。
「ん……」
ただ数秒唇をくっつけるだけのスタンダードなそれ。ただの想像だけど高校生のカップルが初めてキスをする時ってこんな感じなんだろうなと思うと逆に恥ずかしくなってくる。七海は遠慮がちに肩に手を置くタイプで決して過度には触れてこないけど、時々その長い腕で腰を抱いてくる。その仕草が、さっきまでの紳士的なそれとのギャップでやたらと情熱的に思える。
「……すみません。ありがとうございました」
「七海ってさ、モテるよな」
「は?」
「いや、こっちの話」
「…………そうですか」
***
そうしてそれぞれ好きに俺のところへ来る奴らは時々時間が重なることはあったけど、今日みたいなブッキングはかなり珍しい。
だからこんな意味不明な口論になるなんてことは当然予想していなかった。
「なまえは僕とのキスが一番気持ちいいから。いつも気持ちよさそうだしキスのあと腰立たなくなってるし、ね?」
「聞き捨てならないね悟。私とシてトロトロになったナマエが一番かわいいよ」
「いっやいやいや五条先生も夏油先生も呪力回復のためなのに何してんの!?」
「おかか!」
「アンタ達そもそも治療なんか要らないでしょうが……!」
「ツナツナ!」
「なまえさん、五条さんと夏油さんのそれはただのセクハラなのでもっときちんと抵抗してください。そして伏黒くんの言う通り、そもそもあの人達に治療は必要ありません」
「酷いなあ。私にも疲れることぐらいあるよ?」
「そーそー、最強にも癒しが必要なんですーーーなまえとチューしないと元気出ないんですーーー」
「……うん、とりあえず分かったから、喧嘩はやめよ? な?」
俺の声は届いているのかいないのか、特級術師の担任と副担任に物怖じせず指摘する生徒、完璧な敬語で毒を吐く後輩、なんとなく言いたいことが伝わるのが不思議なおにぎり語、そして大人げない最強コンビ。
さてどうやって収集をつけようかと思っていると、人が溢れかえったこの第二医務室の扉がガラリと開いた。
「あ、硝子」
「お疲れ。何この状況」
「ブッキングした」
「ふーん?」
硝子は興味なさそうに呟くと俺のデスクに数枚の書類を置いた。棚卸しのメモだろうなと思って礼を言うと、襟元をガッと掴まれて引き寄せられて唇が重なった。しばらくされるがままにしているとパッと体が離れた。
「……ん、なに、今日忙しかった?」
「まぁね。2級の子たちが呪詛師とやり合ったらしい」
「へえ……」
急患が多かったがそれが落ち着いたから此処に来た、ということだろうと解釈した。硝子は手のひらを開いたり閉じたりして回復した自分の呪力を確認しているようだったので、今のでは回復しきらなかったらしい。
「足りない?」
「あぁ……、ん、もうちょっと」
「ん」
今度は俺からキスをすると、今度は俺の襟元ではなく両頬に手が添えられたので、回復を促すために腰を抱いて体を密着させた。角度を変えて何度か唇をくっつけて、暫くすると硝子の手が離れたのでそれにならう。離れる間際にリップ音を立てるのは硝子の癖らしい。
「ありがと」
「……禁煙、ちゃんとしてるんだな」
「まあね」
それだけ言うと硝子はまた扉を開けて去っていった。受け取った書類の確認でもしようかと振り返ると全員が全員俺を凝視していて、いつの間にかさっきの口論は終わっていた。俺はただ首を傾げることしかできなかった。
企画の趣旨を無視したものになっていますが、ネタメモの中でもこのネタは本当にたくさん反応をいただいており、今でも定期的に感想やシリーズ化希望のお声などをいただくので、この機会に書いてみました。
日々の感謝を込めて。
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