※夏油傑not離反if
年の離れた私より、同級生と仲良くする方がナマエにとって良いことである筈と分かっている。だけど自分と居る時には見せないようなそんな自然な笑顔なら知りたくなかったと思うのは、教師として如何なものか。
「や、ナマエ。お疲れさま」
「す……、夏油、先生。今日来る予定だったの知らなかったです」
「任務が早めに終わったからね」
任務が終わって高専に寄ってみれば、『傑』と言いかけて照れ臭そうに先生と呼ぶナマエについ頬が緩んだ。
ナマエは私がスカウトした生徒だ。
高校時代に任務で赴いた先で呪霊に襲われているところを助け、傷の治療のために高専へと連れ帰った。そこで悟に視てもらったところ呪術師としての才があるとのことで、当時8歳だったナマエは両親がおらず親戚にも腫れ物のように扱われていると知り、自分と暮らさないかと誘ったのだ。
幼い頃から自分だけに視えている何かがあることを、周囲には隠していたらしい。それがとても精神的に辛かったと言っていて、それでも義務教育まではと普通の公立に通わせてようやく卒業し、この春から呪術高専へと入学した。中学に通う間も少しずつ呪術の訓練をしたり知識を教えたりということをしていたので、入学前から既に個別授業をしているような状態ではあった。
一般家庭出身の自分の境遇と少し重ねて見ていて、過ごした時間の長さを差し引いても他の生徒よりも目をかけていた節はある。素直なナマエに最初はきちんと親のような気持ちで接していられたというのにその日常が崩れたのは、中学を卒業し高専に入学する前の春休みの期間に、ある日突然ナマエが私に言った一言からだった。
「俺、傑さんのことが、そういう意味で好き」
その真っ直ぐな告白の言葉も真っ赤な顔もこちらに伝播させるような力を持っていて、今まで体の関係を持ちそのまま彼女面する女は正直たくさん居たのだが本物の恋愛や交際を知らない自分にとって、あまりに気恥ずかしく純粋な想いだった。
何も語らない私に、ナマエは少し急いたように続けた。
「だからってどうなりたいとか、思ってない、です。ただ一緒に住んでるのにこんなこと考えてるの、本当に申し訳ないってずっと思ってて……。けど傑さんにこのまま隠し事するのも、嫌だったから」
へらりと笑ったナマエをW可愛いWと思ったのは父性や親愛などではなく愛おしさから来るものだと理解しながらも、「伝えてくれてありがとう」と良い理解者を装った私の心の内側などナマエは知らないだろう。「ホントに言いたかっただけだから、いつか傑さんに彼女が出来たら紹介してね」なんて明るい声で健気なことを言うその笑顔が少し寂しそうで、思わず手を伸ばしそうになったのを堪えた自分は褒められて然るべきだと思う。
それからも生活は変わらず、まるであの日の告白は夢か幻だったかもしれないと思うほどにあっけなく日常が過ぎて行った。しかしいざ高専への入学を迎える時、二人で暮らしていたこの家を出て寮暮らしになることについて「寮は楽しみだけど、傑さんと今までみたいに会えなくなるの寂しいかも」と言われた時に抱き締めそうになったのは、ここまできたらいっそバグだと信じたい。
ナマエを見ていると度々起こる誤作動──であってほしいと感じているもの──を脳で処理しながら、しかしそれでもただの庇護欲だと自分に言い聞かせていたのに。そんな中で10歳近く年下のナマエに対しての感情を明確に自覚してしまったのは、異例中の異例である特級術師として乙骨憂太が入学してからのことだった。
憂太は目に見えて自己肯定感の低い生徒で、性格もどちらかというと暗くて気弱で真希との相性が少し心配になるような子であったので、私も悟も気にかけていた。自身も制御できない呪いに憑かれて一般人を巻き込んでしまった状態でポジティブに生きろというのは、まあなかなかハードな境遇なので無理もない。
そしてナマエは同級生の中でもそんな乙骨を特に気にしていた。一年生は自身を含めて5人しかいないので仲良くなりたいというのもあるだろうが、同じように術師の家系の生まれではない自分と憂太を重ねていたのかもしれない。ナマエに直接聞いたわけではないからただの憶測に過ぎないけれど。
そうしている間に呪詛師が徒党を組んで高専を襲撃しに来た。大した相手ではなかったものの相手が下準備をしっかりとしてきたせいで高専はそれなりの被害を受け、そこで憂太が才能を開花させた。ナマエを含む一年生が呪霊に襲われて大きな損傷を受けたのだ。端的に言えばそれにWキレたWと表現していいだろう。あれほど持て余していた里香の呪力を自身の力としてコントロールできるようになり、ナマエや他の二年を救った。
「ありがとう、憂太」
ナマエは笑顔で憂太にお礼を言い、そして憂太もまたナマエに笑いかけていた。ただの友情だろうか、さらに言うなら友愛だろうか。かつての自分と悟が喧嘩をしながらも育んだのはなんだかんだ紛れもなく『それ』だったが、ナマエを特別な対象として見てしまっているからかどうしても二人の距離感を気にかけてしまう自分がいて苦笑が溢れる。
そうして要らぬことを考えすぎたことと、任務が続いて少し睡眠が不足したことが災いした。このままでは流石に任務や授業に支障が出ると感じて、いつからか過密日程になりやすい私と悟専用となった仮眠室で休もうと足を進める。その廊下の一角で、ナマエが憂太と談笑していたのを見つけ、疲労と眠気でぼんやりとする頭では自分を制御できず、足がわざわざ二人の方へと向かうことを止められなかった。
そんな笑顔を見せないでほしい。他の人間にそんな距離感で接さないでほしい。私だけに心を許してほしい。きみがあの時好きだと言ってくれたのは私だったじゃないか。
「……ナマエ」
「あ、先生。お疲れ様です、」
「ごめん、ちょっと来て」
我ながら余裕のない言葉選びだと感じたが、なりふり構って居られなかった。お疲れ様と労ってくれたナマエの笑顔にすらも煽られる。成長途中のやわい筋肉のついたその腕を掴んで引っ張ったけれどナマエの身体がこちらへ容易く傾くことはなく、見れば反対の腕を憂太が掴んでいるようだった。視線を感じてそちらを見れば、ナマエと話していた憂太と目線がかち合う。
「……憂太? 先生が呼んでるから、」
「好きなんだ」
私に視線を寄越していた憂太がナマエを見つめ直して、そしてはっきりと告げられたその言葉に、みしりと心臓を握られた気がした。あの日自分もナマエから同じように言われて、そして自分はその想いに応えることはしなかった。今の告白をナマエはどう思った? もう私を好きでなければ、これから彼を好きになるかもしれない。そう明確に意識をした時、醜い感情を抑えつけるのにこんなにも労を要とするとは思っても見なかった。
一見すると脈絡も何もない愛の告白にナマエは戸惑っているが、私には分かる。私に唯ならぬ何かを感じて、ナマエの心に自分を捩じ込むための一言だったということ。
「あ、……え……?」
「ミョウジくんのことが好き。……ごめん、海外に行く前に伝えておきたくて。返事は、急がないから」
憂太はそう言った後、「邪魔してすみませんでした」と私にもずいぶんと律儀なことを言ってのけたが、その目は嫉妬に濡れているようにも見えた。ナマエに私より先に好きだと告げておきながら、私へ嫉妬の矛先を向けるのは如何なものか。いくら一年程度留学するとはいえ、立場的にも一緒に居やすい同級生の彼へ、むしろ私の腹の底に渦巻くこの黒い感情を見せてやりたいぐらいなのに。
憂太が立ち去った方をぼんやりと見ているナマエの背中を見て、胸を締め付けるような気持ちというものを初めて感じながら、掴んだままだった手を引いて仮眠室へ歩き出す。悟は出張で不在で実質この部屋を使うのは私だけなのでちょうどいい。
なんとなくただ少しナマエと二人きりになって、少し話して自分の心を落ち着かせるだけのつもりだった。しかしさっきの告白を見て自分の行動を制御できそうにないことが少し怖いとすら思う。
「先生?」
「………」
「あの、夏油先生……?」
ナマエの態度で、ナマエが憂太の突然の告白に動揺しつつ私の様子を伺っていることを察してしまう。馬鹿らしい話だ。あの日、特別な関係に踏み切らなかったのは自分だというのに。告白されたその時には気付かなくとも、自覚した時に伝えておけば先を越される事はなかった。普通の教師と生徒ならご法度だが、こと呪術界において自分の圧倒的な立ち位置を鑑みれば世間の波風など軽くいなせる些細なことで、いつ死ぬか分からないこの職業であればさほどの障害になりはしないのに。
「……夏油先生、あの、何かありましたか?」
何も言わない私に大人しくついてきたナマエは、部屋に入るなり何度も私の名前を呼んでくれて、こちらを気遣う言葉をかけてくれる。しかし私の心は晴れない。きっと話すべきことは何かしらある筈なのに、いざとなると何を言えば良いかわからない。「体調とか悪いんですか?」と少し小さくなった声で更に問うナマエを、思わず腕の中に引き入れた。
「は、っえ……!?」
「ナマエは、もう私のことは好きじゃない?」
「……え、」
ナマエに気遣われて余計にたまらなくなって、この子の告白を自ら流したくせに愚かなことを呟いたのはもはや無意識だった。
「好きなんだ」
奇しくも、憂太と同じ言葉が口からこぼれた。一つの意味合いに対し様々な言葉が存在するのが日本語の様式美であると思っていたが、突き詰めるとそれも限られてくるらしい。月が綺麗だなどという、回りくどいと言わざるを得ない言葉が思いの丈を告げるときに思い浮かぶなんて、文豪というのは凄い生き物だと感心する。誰も彼もそうはなれなかったからこそ耳目を集めるのだろうけど。
「今更ごめん。まだ間に合うならきみの、……ナマエの、恋人になりたい」
腕の中の細身の体が少し強張ったのが分かる。我ながら虫のいい話で、そして稚拙な台詞だと思った。好かれていると知りながら想いを受け入れなかったくせに、自分勝手なタイミングで自分の想いだけぶつけようとしている。
本来は二人きりの時を狙うイベントのはずの告白を憂太が私がいるのも構わず強行したのは、もちろん海外への短期留学が決まっているというのもあるとは思うがきっと、ナマエに好意を抱いている人間からは私は少なからず恋敵にでも見えたためだろう。それはナマエが身内へ──この場合は私へ──傾ける親愛がそう見えたということではなく、私がナマエに対してただの教師として振る舞うことができずに何か特別な態度で接していたからに違いない。隠していたつもりが滲み出ていた。蓋をしたつもりになっていたから気持ちに答えなかったくせに、情けない話だ。
……誰の目にもそうだったかは分からない。ただ少なくとも憂太にそのように見えていたとすると、ナマエにとってはどうだろう。
ふとそんなことを思い始めた時、腕の中のナマエが私の背中をぽんぽんと叩いたので我に返る。
「傑さん、ちょっとだけ離して」
ナマエから久しぶりにはっきりと名前を呼ばれたことと敬語が外れたその台詞で、無意識に力が抜けたのだろう。気付けば身体を離していて、ナマエはさっきのゼロ距離とは違って私の前に立っている。しかし俯いているため顔は見えないままだ。
やはり嫌だろうか。あの時ナマエは確かに私に好きだと言ってくれたが、当時の境遇から愛情を向ける相手が欲しかったとか年上への憧れだったかもしれないし、今更育ての親に近しい人間かつ自分の教師でもある男からそんなふうに告げられても気持ち悪いかもしれない。訂正する、もしくは「忘れてくれ」とでも言ってこれからの距離感を改める等するなら今のうちだと頭では思うものの、言葉が出てこないままに沈黙が積もる。
「憂太が、言ったから?」
身長差があるため、俯いたままのその表情を見ることは叶わない。そんな中で告げられた言葉。まとまらない思考の中でも間髪入れず「違う」と言葉が出たのは無意識だったが、紛れもなく事実だった。
「俺が言った時は流したのに?」
「……本当はあの時も、君がかわいく見えて仕方なかったよ」
「ただの生徒として可愛がってくれてるだけじゃないの」
「そうだったら良かったのにね」
「……でも、俺のこと、子どもだと思ってる」
その台詞でようやく、拗ねた声になっていることに気付いた。もう一度ナマエを抱き寄せてみるとあっさりと腕の中に収まるのが愛おしい。「思ってないよ」と言ってみても「絶対嘘だ」と突っぱねられるのに、腕の中からは逃げもしない。なんていじらしい矛盾した行動だろうか。
「どうしたら信じてくれるかな」
「……知らない」
「………」
必死に言葉で抵抗するのを見て私がキュンとしていることなどナマエは知らないだろう。言うなれば威嚇している子ライオンか何かを腕に抱いているような感覚だ。残念ながら爪も牙も未熟で少しも危機を感じないし庇護欲だけが増すばかりだとナマエは気付いていない。
頑ななナマエをあやすように頭を撫でるが逆に「やっぱり子ども扱いするじゃん」とむくれられた。そうしていると、さっきまでは芽生えていなかった加虐心に火がつくのを感じる。
「ナマエ」
少し身体を離してから名前を呼ぶ。俯くナマエの頬に手を添えて顔を上げさせて、その唇に容赦なく噛み付いた。
「ン……っ!?」
覆い被さるように唇を塞ぎ、角度を変える時にはわざと音がするように唇に吸い付く。ちゅ、ちゅ、という幼稚さのあるリップ音の合間に、舌が絡んで擦れる厭らしい水音が混じる。時折漏れるナマエの吐息は17歳そこらの子どもではなく、私の欲情を煽る一人の男のものでしかない。
少し苦しそうにしているのは感じてはいるが止められない。息遣いは必死に酸素を取り込もうとしていて、キスに慣れていない初心な反応に眩暈にも似た快感を感じる。「すぐるさん」と息絶え絶えになんとか発するその声もしがみつくように私の服を掴んでいる手も、私を簡単に忘我の境へと唆す。
昔、悟とSかMかという議論を繰り広げたことがあった。その時、どちらかというとSだと答えたら「どう考えてもドSだろ」と言われ当時は腑に落ちなかったが、約10年越しにそれを自覚してしまう場面に身を置いてしまうのは如何なものだろうか。とはいえもう止められないが。
腰を抱いてベッドへと促し、その道中にもキスを続ける。されるがままになりながらなんとかキスに応えようとする健気な少年をベッドに組み敷いて暫く唇を堪能し、そしてようやく離した時には、どうしようもない高揚感と自分を蝕む醜い欲とを感じた。
「──これでもまだ疑われるのかな」
とろりとした目で私を見上げるナマエの頬をするりと撫でると、あろうことかナマエが私の手に擦り寄るようにして頬を寄せた。無防備にも程があるが、私は彼の人生の中で初めてできた身内であるかと思えばそれも致し方ない気がした。そしてそんな信頼と好意を纏めて利用するような今の状況で、彼に出来る抵抗の手段はそう無いことも分かっていながら、退いてやるという選択肢を選ぶことができない。
ナマエは少しずつ整ってきた呼吸とともに、掠れた声で言った。
「俺ほんとに、傑さんの恋人になれるって、思っていいの」
こちらを一瞬ちらりと見てから目を逸らして唇を噛むナマエに対し、可愛いという感情と食べてしまいたい衝動が一度に打ち寄せてきて大変だったのをどうにか堪えた。いじらしいの域を超えた台詞と少しのあざとさすら感じる仕草に心の中で白旗を上げながら「ナマエさえよければ」と言って、顔を隠している腕にキスを落とした。
「……傑さんが女遊びしたら、憂太に浮気するから」
「…………それは困るな」
顔を見せてくれたナマエはやけに艶かしい仕草で私の首に腕を回し「もう一回して」とキスを強請った。それまでは、今日は外泊届けを出させて家に連れ帰ろうと心に決め、だからこそ此処ではキスまでにとどめることを心に誓ったつもりだったが、果たしてこのままキスだけで我慢できるのかどうか。
こんな世界に身を置いていたら欲しいものには喉から手が出るのも致し方ないことので、つまるところ、神のみぞ知るとはこの事である。
誰も知らない放課後にふたり
特にシチュエーションの指定は無かったので、教師×生徒にしてみました。五条悟と伏黒恵のような師弟関係をイメージして書いていますが、文章力の無さにより本文だけでは伝わらなかったらすみません。
恋愛経験値は豊富な筈の夏油傑が、経験値ゼロの乙骨憂太に対して焦るシーンが書きたかったのですが、普通にちょっとイチャつくだけになりました。
処女(?)で童貞な夢主くんを食べるお話もいつか書いてみたいですが、ただの甘々セになりそうで難しい気もします…。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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