※佐野真一郎生存if











 昔から、周りの奴らより腕っ節が強かった。自信もあったから喧嘩は好きだった。ただ、弱い奴と喧嘩をするのはすぐに飽きた。

 勝ち逃げなんて言葉が浮かんだ時、自分は常にそれをWするW側の人間だったなと思った。自分より弱い筈の男に勝ち逃げされるなんてことは、後にも先にも真ちゃんにだけだろう。

「悪い、ワカ。待たせた」
「ん」

 買い物にでも行くような気軽さでオレの名前を呼び、当たり前のように隣に並ぶ。まつげの束が見えるような距離で笑い、女が喜びそうな穏やかな眦でオレを見る。
 ホテルへの慣れた道を歩きながらチリチリと心臓が焼けるのを感じる。パーソナルスペースが狭いナマエは誰にでも近さを許すから何もかもが別に珍しいことじゃない。こんな誰でも見れる表情じゃなくて、もっと自分しか知らないナマエが見たい。

「ナマエ」
「ん?」
「今日、やっぱりお前の家にする」
「……決定事項?」
「元総大将命令」
「はは。りょーかい」

 隣を歩くナマエの指先がオレの小指に触れる。爪の先が触れた程度。気のせいだと思ってしまえばそれまで。ただ、オレだけがそれを特別なものとして感じているだけ。

 部屋について早々に、靴も脱がないまま唇を塞ぐ。ナマエは一瞬驚いたけどある程度予想してたのか、すぐにキスに応えはじめた。

「……エロい顔」

 満足するまでキスをして唇を離せば、とろりと甘い眼でオレを見る。ナマエとはあまり身長差がないはずなのに見上げられているような気になるのは、ナマエに縋られたいというオレの欲目だろうか。

「ナマエ、シたい」
「……ん」

 オレに簡単に身を委ねるナマエには、最初こそ流されやすい友人への心配という気持ちになったものの、何度も抱けばその快感の虜になった。適当な女との夜は何度も経験していたが、ナマエとの行為は全く別物だった。
 女と違ってその気になれば抵抗できる筈のしなやかな肢体を組み敷いて啼かせることで満たされる支配欲からか、身体だけでなく心が震える幸福感に夢中になって、何度目かの夜にはナマエが気絶するように眠るまで止められなかった。



▽▲▽▲▽



 そもそも始まりはナマエからだった。オレの家で開催された宅飲みで、シンちゃん達は明日が早いからと早めに帰ったのでその日は途中からナマエと二人で飲んでいた。元々そこまで強くないくせにその日はやけに飲みたがり、絵に描いたように酔っ払ったナマエに水をすすめたりして介抱していたら、ぐらりとオレに倒れ込んで来たので抱き止めた。

「っおい、大丈夫か? ベッド貸してやるから、寝るならそっちで」
「すき」
「……は?」
「しんいちろ、やっぱりあのこと、けっこん、すんのかなあ……」
「………」

 抱きつかれるような体勢でそんな風に呟くナマエのことが、どうしてか放っておけなかった。決して、「好き」が自分に向けられていないことへの嫉妬なんかじゃない。

 その時になんとなく誘われるままに抱いたのは、きっとただの欲求不満だった。ナマエにとってはたぶんそれだけじゃなかったと思うが、翌日酔いが醒めたナマエは「ごめん」と言っただけだった。

 真ちゃんが彼女にプロポーズしたという報告から約半年後、真ちゃんの結婚式に招待された。ガラの悪い奴らが揃って正装をしている様子は笑えたし隣にいたナマエも同じように笑っていた気がするが、内心は分からない。

 

▽▲▽▲▽



 真ちゃんに焦がれるままオレとの行為を求めるナマエを何故か拒めない。
 最中にオレを「真一郎」と呼ぼうとするナマエの口を塞いでしまいたくなる。
 オレを真ちゃんと重ねているナマエのために最初は声を出さずにいたのに、ナマエのナカで果てる時に思わず名前を呼んでしまうようになって、もう認めざるを得なかった。



 ヤった後シャワーを浴びて、そのまま沈み込むように眠ったナマエの髪を撫でる。瞼が揺れることはなくて、深い眠りに入っていることが分かる。今日はそこまで激しくしていないから疲労で眠ったというよりも、オレという人間に安心感を覚えてくれているのかもしれない。つまり恋愛対象ではないということで、もしもこれが真ちゃんだったらどきどきして眠れなかったりするんだろうか?

「………ナマエ」

 起こさないようにとそれらしく気遣った結果、蚊の鳴くような声になった自分はずいぶんと臆病者になったなと思う。チームの頭を張っていた時はどんな相手にも勝てるという自負があったのに、結局のところ総長と認めて自分を預けると決めた男に勝てないでいる。

 最中にあの切ない声でいつか、オレの名前を呼んでくれないだろうか。神様にお願いなんてできるような生き方もしていないくせに、祈るようにその額にキスをしてからベッドを後にしてシャワールームへと向かった。







 ナマエが薄らと目を開け、耳を赤くしてこちらを見ていたことなど、知る由も無いことだった。

list


TOP