10月に入るとすぐに、我らが船長の誕生日だ。

「キャプテン、誕生日プレゼントに欲しいものありますか?」

 整備士としてこの船に乗ることになって数年。何が喜ぶか検討もつかずそう聞けば、毎年「いらねぇ」と返ってくるのがお決まりだ。そう分かりつつも毎年聞くのは、誕生日っていうのは一年で一番我儘になっていい日だと思っているからだ。

 キャプテンは何かを欲しがるということがあまりない。だからもし何か欲しいものが見つかったら言いやすいように、誕生日には毎回聞くようにしている。まあパンは嫌いだとか梅干しは嫌いだとか、そういう嫌なものに対する意思表示はされるけど。

 まあ、なので毎年恒例の問いかけをしてから、さて次の島に書店があれば医学書なんかを見てみるか、と次の考えを巡らせていたが、「なら」という一言が前置きされて思わず顔を上げた。キャプテンの返答がいつもと違ったのだ。

「次の島で一晩、おれに付き合え」
「……え?」
「……いやなら別にいい」
「え、あ、嫌じゃない、です!」

 そのキャプテンが、おれに言ったのだ。おれ個人に一晩付き合えというのはつまり、晩飯をリサーチしてしっかりもてなせということだろうか。いや、ただ行きたい店があるからついて来いということかもしれない。だけどどっちにしても、ペンギンやシャチやベポじゃなくておれを連れて行くらしい。

「島で欲しいものがあったら何でもプレゼントしますから、遠慮なく言ってくださいね」
「……ああ」

 キャプテンは少しの間のあと、帽子を抑えて少し俯きながら返事をした。






 そんな会話をして、飯屋で少し腹を満たして、酒を買い込んで宿で飲むことを提案されてそれに従って宿に向かって。部屋で勧められるままに酒を飲んでふわふわして、今日何度目かの「おめでとうございます」を言った。そして「誕生日に欲しいものはありましたか?」と今日の街の散策を思い出しながら問いかけた。
 すると、キャプテンが「ある」と言ったのだ。気にならない訳がない。明日街へ買いに行きましょうと言ったら「今もらう」と言われておれは首を傾げて、それから。

「ん、ふ……ぅ」
「……もっと口開けろ」
「きゃぷて、ッン、ぅ、まって、」
「待たねェ」

 「おまえがW何でもWと言っただろうが」と言われて、何も言えなくて流される。たしかに言った。言ったけれど、なぜプレゼントの話からキスをされる流れになるのかが分からない。
 器用にうごめく舌に口の中を掻き回され、恋人なんか居たことがない自分は女相手にもそんな経験はなくて、うまく息も出来なくて涙が滲む。

「……おまえは、おれのクルーだ」
「……?」
「おれが命を助けた。つまりおまえの命は──おまえは、おれのものだ」

 ようやく唇が離れたかと思えば、キャプテンはそんな当たり前のことを言う。そんなことは分かっているし、それこそキャプテンに見限られるまで船を降りるつもりもない。あとはキャプテン以外の人間に従うのなんか死んでも御免だ。

「おれの船長は、貴方だけです」

 おれの中の気持ちを精一杯込めた言葉だったのに、キャプテンは眉を寄せて少し苦しそうな顔をした。どうしてそんな顔をするのか分からず戸惑うおれを置いて、おれの肩に置かれた腕に力が込められた。

 ベッドに倒されて、その上にキャプテンが跨る。きっと今まで一晩だけの相手に選ばれた女は、こんな光景を目の当たりにして期待に震えたんだろうなと思う。ただでさえ見目が良くてしなやかで逞しいこの人のこんな風に雄々しい顔や仕草を見れば、きっとどんなに上等で手練の女であっても、この人に抱かれたいと思うに違いない。

「……抵抗しねェのか」

 そんな幸運な女だけが経験したであろうことをおれが体験していることがまずもって不思議だけど、キャプテンから愚問が投げかけられたので思考が中断した。おれが貴方のすることに異を唱えたことなんて今まで無いだろうに。

「さっきは、びっくりしました、けど。もともとキャプテンを拒んだりするつもりはないです」
「……これから何されるか分かって言ってんのか」
「キャプテンこそ、おれでいいんですか?」
「どう言う意味だ」
「おれ、ぜんぶ初めてなんです。だからきっとキャプテンのこと、満足させられないと思います」

 目を合わせずにそう言うと、さっきのキスの時の名残があったのか目尻をそっと舐められた。甘やかすようなその仕草にキャプテンを見上げると、野生の捕食者のような眼と視線が交わった。

「……馬鹿なお前に一つ忠告してやる」

 言葉は辛辣な響きなのに、とんでもなく甘く深い声だった。キャプテンの手がおれの服の裾から侵入して、臍のあたりを意味ありげになぞる。

「大概の男は、相手の初めてを欲しがる生き物だ」
「っ、」
「欲しいものが目の前にあれば奪う。容赦しねェ」

 その言葉を合図におれの肌を滑って上へ上へと這わされた指や手のひらが、直接的に夜を予感させてどうにもいやらしい。なんとなく変な気分になりそうだと感じるけれど、そもそも抵抗出来なくて拒めないからされるがままだ。
 どうしてかキャプテンはまだ縋るような不安げな目でおれを見る。何がそれほど、この人を揺らがせるんだろう。

「……お前はW誕生日プレゼントWだ。一晩だけでいいから、おれの好きにさせろ」

 嗚呼、そうか。「一晩だけ」に随分と意味を持たせているところからして、それとプレゼントだという言葉を免罪符にしているらしいことが分かった。
 なんとも傲慢な言葉だと思うのに、この人に言われたら頷いてしまう。この命はキャプテンのために使うと決めたもので、おれはキャプテンのものだ。だから気にしなくていいのに、結局優しいこの人はおれの意思を気にしてくれていて、だから無理やり事を進めることに罪悪感を抱いてくれているらしい。

 キスも今触れられている手も、驚きと戸惑いはあるけど嫌じゃない。恋なんてしたことがないから分からないけどその時点できっと、おれにとってもキャプテンは特別なんだろう。

「キャプテンは、海賊ですよね」
「……だったらなんだ」
「一度手に入れたものを、ましてやプレゼントされたものを、一晩経ったらわざわざ返すんですか」

 表情の変化が比較的乏しい我らが船長の目が見開かれた。こんな顔もできたんだなあと他人事のように思う。だけど瞬きして次に見上げた時には獲物を見定める獣を思わせる顔に戻っていて、億を超える賞金首そのものだった。

「……上等だ。おれを煽ったこと、後悔させてやる」

 なんて、そんな威圧的な言葉選びと噛み付くみたいなキスとな裏腹に、おれの身体に這う手は壊れ物でも扱うみたいな優しい触れ方をするものだからいっそもどかしい気持ちだった。こういう時の作法や相手を喜ばせる方法は分からなかったがなんとなくキャプテンの首に腕を回して出来る限り体をくっつけたら、今度こそスイッチが切り替わったかのように荒々しく求められたのできっと間違ってはいなかったらしい。

 結局翌朝になっても翌月になっても、その後何年もの月日が経っても、この日渡したWプレゼントWが返されることはなかった。
この檻は永遠だから



 初めてナマエに会った時、10歳近く年下でまだ少し幼さのあるこいつのことを『欲しい』と思った。それまでは復讐だけを考えていたから特に欲しいものなんか無かったのに。
 助けてやって「経過観察のため」と船に乗せてやって。おれを心から信頼するナマエに日に日に募る罪悪感と、比例するように大きくなる、ぐちゃぐちゃに乱してやりたいという気持ち。ナマエが船に乗ってから迎える何度目かの誕生日に、欲しいものがあればなんでも言えという言葉のせいにして欲しがると簡単に委ねるその様には眩暈さえしたが、散々煽られれば我慢するのも馬鹿らしくなって貪った。

 眠るその顔に残る涙の後を舐めとる。行為が始まる前にも同じことをしたせいかまた変な気分になりかけたのを押しとどめる。
 誕生日プレゼントというものは返さなくても良いらしい。この先ずっとおれが拒むまでは船にいると自ら言ったのだ。それが、おれかナマエが死ぬまで永遠に出られない檻だと知らないのは、呑気に寝顔を晒しているW宝W自身だけだ。