物心ついた時から男が好きだったかと言われれば、答えはノーだ。

 初恋もその次も、笑顔がかわいい女の子だった記憶がある。ただ今みたいなしんどさは感じていなかったように思うから、そもそもが本物の恋ではなかったのかもしれない。

 ルフィに誘われてこの船に乗って、楽しいことばかりだった。その船長に降りろと言われるまでは降りるつもりもない。気の良い仲間がいて、危険だけど心が躍るような冒険ばかりだ。

 それが最近、「この船に乗らなければ」「別の船に乗っていたら」と思うようになったのは、ひとえにおれの心の弱さにあるんだろう。男を好きになってしまったと気付いた時にまず感じた自分自身への嫌悪感に似た戸惑いは当然、相手に知られれば相手も感じるものだ。
 だから絶対に知られてはいけないのに、どう言う訳か酔った勢いでその相手と寝てしまったのだからあまりにも馬鹿の極みだ。

 それも、自他共に認めるW女好きWが相手なのだから未来なんかない。島まで何日もかかる船の上でだって溜まるものは溜まるから、それを大切な女性クルーじゃなく、体が頑丈で万が一にも何も起こらないW男Wで発散しようとしただけ。

「……ッ、ん、ん゛ぅ……っ」
「っあー、ッ、出る……」

 サンジが欲を吐き出す。どくんとその熱の猛りを体の中で感じる度に思う。
 おれはいつ割れるか分からない薄い氷の上を今日も歩いている。







 サンジとの行為のときに常に考えていること。それは、最中には絶対に声を出さないこと。
 
 周りが気になるだとかそもそも恥ずかしいだとか、そういう情緒のある理由じゃない。もちろん船の上だし他のクルー達に聴かせるわけにはいかないけどそれだけじゃなくて。
 他でもないサンジに聴かせられないからだ。おれがサンジとこの関係を続けるためには、すべて押し殺さなければならないから。



「ナミさん、この島でのログは2日かかるんだったよね? 今回はおれも一泊だけ、宿を取ってもいいかな。買い出しはその帰りにしてくるから」

 それでも、たとえそうやって行為をこなせていたとしても。アイツが女を好きでおれが男である限り、終わりはいつでもやってくるのだもいうことを、そんな何気ないサンジの言葉で思い知る。

 サンジがナミの許可を取っているのは島での宿泊。他のメンバーはたまには陸地で休みを取るが、元々船の上で生活していたサンジは船で過ごし続けるのも気にならないらしく、船番を買って出ることが多かった。厨房での仕込みや買った食材の下処理もあるから丁度いいんだと笑うその顔や、押し付けがましくもないクルー達への気遣いができる優しさ。そんなところも好きだった。
 いつもなら明日の買い出しの手伝いをする役に手を挙げるところだったがそんな気分になれず、ウソップに頼んで一足先に島へ降りた。

 サンジはどんな女が好みなんだろうか。どんな風にして女に触れるんだろうか。あんな調子だけど紳士的だし手先も器用だ。何よりおれを抱く時の丁寧さを考えれば、WレディW相手にはもっともっと優しく抱くんだろう。

 考え事をしながら適当に目についた居酒屋に入ると見慣れた緑頭を見つけたので、思わず声をかけた。

「ゾロ。一緒にいいか?」
「おう、ナマエか」
「一人で酒屋に辿り着けたのか? 奇跡だな」
「酒の匂いがしたからな」
「はは。確かに、船のある方は風下だもんな」
「お前こそ珍しいな。コックの買い出しはどうした」
「あー、買い出しは明日らしいんだけど、荷物持ちはウソップに頼んできた。けどどうせ明日ならゾロに頼んでも良かったな」
「アホ言え」

 ゾロは酒を飲んで気分がいいのか、いつもより上機嫌だった。無愛想なところもあるが基本的に人当たりは悪くないし、酒も料理も美味そうに飲むし食べるから一緒にメシを食うのは楽しい。

 そんな酒好きでザルなゾロに合わせていたせいか、いつもより飲みすぎたかもしれないと思うころには、少し眠気に襲われていた。

「おい、ペース早ェんじゃねえか」
「ん……」
「ったく、おら水飲め」
「んー……」

 ゾロに咎められて一旦ジョッキをテーブルに置き、水で喉を潤す。それでもふわふわする頭の片隅で、このまま酔い潰れた方が楽かもしれないなとも思う。一人だったら絶対に駄目だけど、今日はゾロがいるのだ。なんだかんだ優しいからおれのことを放ってはおかず、船まで運んでくれるに決まってる。目が覚める頃にはきっとサンジも船に戻ってきているかもしれない。そしたら、何も知らない振りをすればいいだけだ。

「ぞろ、」

 酒代は多めに出すから潰れたら介抱してくれと、そう言おうとして口を開いた時。聞き慣れた靴の音を耳が拾った。まさかと思って振り返ると、これまた見慣れた黒のスーツ。

「……さんじ……?」
「あ? んだよ、コックも来たのか」
「てめェはお呼びじゃねェよマリモ。……ナマエ、飲み過ぎだ。帰るぞ」

 紛れもなくサンジだというのは分かっているのに脳が混乱する。なんでこんな所にいるんだ。女と宿に行ったんじゃないのか?

「立てるか?」
「っや、えっとおれは、ぞろと」
「いいから来い」

 珍しく言葉を遮られ、腕を引っ張られる。船の方向とは違うから宿に向かっているんだろう。女を買うんじゃなくて、本当にただ休むために宿を取ったのか? だとしたらなんでおれを連れて行く? 休むなら一人の方がゆっくり出来るだろうし、セックスなら船でも問題なくできるのに。
 ああもしかして女をうまく誘えなかったから、おれで吐き出そうと思ったのか。

 部屋に入るなりベッドに押し倒され、唇が塞がれる。そろりと耳朶をなぞられると体が震えて引き結んでいた口を緩めてしまって、その隙に舌が入り込んでくる。サンジの手が服の中に侵入して胸の尖りを摘むと、酒のせいかいつもより過敏に感じて声が漏れてしまって、思わずその手を掴んだ。

「まって、やるならうしろ、むくから」
「………」
「っ、おい、! こえ、でるから、」
「ここは船じゃねえんだ。聞かせろ」
「ん、ぅ」

 身体をまさぐる手はそのままにまた唇を塞がれ、抗議も何もかも飲み込まれる。まるでキスで全部を誤魔化されているみたいに感じる。いつもより無理やりに事を進めようとしているのは明らかだ。
 何に苛立ってんだよ。女を抱けなかったからっておれを代わりにするな。声を聞かせろ? 今までおれがどんな気持ちで押し殺してきたと思ってる。

 おまえは女が好きで、だけどおれは男で、だからどうせおれのことなんか好きにならないくせに。だからおれなんかの声聞いたって、身体を見たって、おまえは何とも思わないくせに。

「ナマエ……?」
「っく、ぅ、ばか……ッ」
「は……? え、な、泣いてんのか……?」
「も、いい、さわんな……!」

 サンジが狼狽えているのを空気で感じる。当たり前だ。いい年した男がこんなことで泣くなんて情けなさすぎる。それでもじわじわと目の奥が熱く溶ける感覚は止まず、情けなくも鼻を啜って喉を引き攣らせてしまう。
 おれは何をやってるんだろうか。サンジじゃない、馬鹿はおれの方だって言うのに。そもそもいつかこうなるって最初から分かってて誘いに乗ったっていうのにそれをぶつけるなんて、きっと全部酒のせいだ。だからもう吐き出してしまえと思って頭の中で言葉を集める。

「女が、すきなくせに」
「……え?」
「このへや、とったのも、女つれこむためだろ。おれのこと、すきになれねぇくせに、おれを代わりにすんな……っ」
「…………は」

 泣いてしゃくり上げるのと酔っているのとで呂律がうまく回らないが意味は伝わったようで、サンジが息を止めたような気配がした。ああ終わった。これからどうしよう。ルフィに言って船を降りるか。戦闘員のおれと違ってサンジはこの船に必要だから、いなくなるならおれ一択だ。

 そもそも、こうなる前にやっぱり船を降りておけば良かった。むしろ出会わなければ良かったと思ってしまう。そしたらコイツにも──好きな奴にも、嫌な思いをさせずに済んだのに。

 反応が無くて顔を見られないまま沈黙が続いて、さすがに耐えられなくなって目を開けた。自分を組み敷いたままのサンジを見上げると真っ赤な顔をしていて、ぱちりと目が合う。思わずぽかんとしていると「クソかわいいのも大概にしやがれ」となんとも言えない表情で絞り出すように言われ、その驚きで涙が止まった。

「……言っとくがおれは、レディ達のことはこの世の宝だと思ってる。だから、それ相応に振る舞ってるだけだ」
「え?」
「けどてめぇは、その……おれ、だけのもん、だ」
「……? どういう」
「っとにかく、この宿は、船だとてめェが毎回声抑えやがるから、ちゃんとヤるために取ったんだよ……!」

 サンジはヤケになったようにそう言ってから、首元に擦り寄って「だからレディを呼ぶためじゃねえ」と耳元で呟いた声は随分と小さかった。でかい子どもが抱きつくみたいな体勢だ。真正面からこんな風に触れられたのは初めてかもしれない。

 一泊したいとナミに言ったのはおれとセックスするため。船じゃなくて宿を選んだのは、おれの声が聞きたかったから。女じゃなくて、おれと一夜を過ごすために?

 ……そんな訳ない。都合のいい夢を見てるに違いない。だけど夢にしてはサンジの体温と煙草の匂いを強く感じる。もしかして現実? いや、でも、まさか。

 とにかくこの夢の中では、おれはこれからもサンジに時々触れてもらえるらしい。アルコールで鈍った頭じゃうまく考えられないけど、今はそれだけ分かれば十分だ。

「……サンジ」
「っ、お、おう」
「……おれ、もう、ねむい」

「………………は?」

 ほっとしたからか、サンジのぬくい体温もあって急激に眠気が襲ってくる。此処が酒屋なら絶対に駄目だったけどここは宿だし何ならベッドの上だし、寝ても問題ないはずだ。何よりサンジがいるし。
 ……あれ、そういえばサンジはなんでわざわざ宿取ったって言ってたっけ? あとサンジの寝る場所占領するのは悪いけどこのベッドはちゃんと二人用か? と、そうは思ってももう瞼も重いし、そこら辺にどかしてくれても構わないからどうかこのまま寝かせてほしい。

 もし朝起きても隣にサンジがいたら、それは結構嬉しいかもしれない。船では同じベッドでゆっくりは出来ないから。

「サンジ、すき、だ」
「……!!」

 その言葉は届いたのか届かなかったのか、そして届いたとしてサンジがどう受け取ってどんな反応をしたか。眠気に抗えないまま意識を手放したおれには分からなかった。
きみの今夜が欲しいだけ


「……生殺しじゃねェか……」

 すうすうと眠るナマエの寝顔を見ながら呟いた声は、自分でも分かるほど小さかった。眠る前に好きだと言うなんて、わざとじゃないにしたってあざといにも程がある。おれみたいな恋愛に慣れていない単純な男は正直きゅんときたどころの話じゃないし、寝ている間にどうこうされても文句は言えない。嫌われたくないのでそんなことをする勇気はないが。

 最初はただのセフレだった。それが段々と自分だけのものにしたいと思い始めて、可憐なレディには変わらずときめきはするものの、ナマエがそばに居ないと落ち着かなくなった。その隣に自分じゃない誰かがいる時なんかは苛立ちすら覚え、そこでようやく自覚したが言える筈もない。

 ナマエにとってのおれは何だろうか。ずるずると身体の関係を引き摺りながらそう考えた時、最中のナマエが一切声を出さないことを思い出した。
 正常位を提案しても毎回却下され、後ろからじゃないならヤらないの一点ばり。触りたいので仕方なく従うが体勢的に当然顔は見えず、頑なに声を抑えるので甘い声も聞けない。名前すら呼んでもらえないのは少し凹むものの、その白い背中やおれのものを飲み込む様を見れば興奮は止まらなかった。
 ただでさえ受け手にだけ負担がかかる男同士の行為だ。それ以上の要求はできなかった。

 しかしそれにも限界が来て、船だから声を抑えたがるのかもしれない、だからちゃんとした部屋でなら少しぐらい声が聞けるかもしれないという下心丸出しの結論に至って、停泊が決まった島でこっそり宿を取った。船番の分の夜メシを準備していざナマエを誘おうと思ったが見当たらず、聞けば既に島へ降りたと言う。いつもならおれの買い出しの予定を聞きに来てくれるのに何故だと思いながら、島の中心地へ急ぐ。

 何軒目かの酒屋でナマエを見つけたときには安堵したものの、マリモと飲んで笑っているものだから苛ついた。しかも飲み過ぎで顔は赤いし目は潤んでいるしで、こんな姿を色んな野郎に見せたのかと思うと今すぐにでも連れ去りたかった。舌ったらずにゾロと飲むなんてことを言われそうになったのでそれは遮った。我ながらクソダサいとは思う。

 広いベッドに組み敷いて首元の匂いを吸い込めばそれだけで欲情し、いつもより早急に触れた。いつものように体制を指摘されるも今更止まれず強行しようとした。
 すると、ナマエがぽろぽろと涙を溢した。驚いたと同時に、初めて見た泣き顔はクソほど興奮したおれは最低かもしれない。

Wおんなが、すきなくせにW

 そんな健気な台詞からのナマエはそれはもう、おれをどうしたいんだと思うぐらいには可愛かった。思い出すだけで抜けるんじゃないかと思うほど。
 おれがレディを連れ込むつもりで宿を取り、そこに自分を連れてきたと思ったらしい。それはつまり、まだ見ぬレディに嫉妬したという事で。

「……クソかわいい顔で寝やがって」

 煙草に火を点けて穏やかな寝顔を見下ろした。この宿はチェックアウトが12時と遅めだから、朝方に起こせば時間はあるか。

「起きたら覚えとけ」

 明日の朝どうかその気になってくれることを願いながら、起こさないよう一瞬触れるだけのキスをした。