ハートの海賊団はドライである。

 おれ自身はそう感じたことはあまりないが、おれを船に勧誘した時に船長がそう説明した。




 トラファルガー・ローは冷酷非道である。

 世間の言うこれならば──冷酷非道はやや言い過ぎにしても──身内にも少し思い当たる節がある。おれの言うこのW節Wはこの船ではおれしか感じることがないものだと思うから、他の奴らは首を傾げるかもしれないが。



「ロー、起きろ。朝だ」
「……ナマエか……」

 我らが船長を揺り起こす。おれは自分の部屋からローを起こしに毎朝この船長室に来る。と言うことになっているが、実際のところおれは早朝までこの部屋にいた。
 ローに抱かれたあとそのまま一緒に眠り、明け方にこの部屋を出てシャワーを浴びて自分の部屋に戻る。部屋へは着替えに戻るだけで、実際眠るのは談話室のソファであることも多いけど。

 人より体力はある方だ。だからおれであればまあ次の日に支障はないが、ローのセックスはものすごくねちっこい。女であればたぶん途中で気を失っているだろうし、次の日は立てやしないだろう。

 だから時々おれを呼んで処理をしているんだろうが、それにしても最近は容赦がなくなった気がする。そもそも、この行為を受け入れ始めた時は一通り終わったあと、そのままシャワーを浴びていた。それが最近はあまりに遠慮なく抱かれるものだから、どうにか身体は拭くがそのまま船長室で眠ってしまうことも多い。

 もともとショートスリーパーだから6時間も寝ないことが殆どだけど、あまりにくたくたな時はうっかり寝過ごして朝になるから、その時はまずそのままローを起こして船長室からシャワーに直行し、濡れた頭のままキッチンに行く。

 ローが何を考えているのかは分からない。おれを抱く時やたらと甘い声で名前を呼んだり、もどかしいほど丁寧に後ろを解したり、繋がってからも優しくおれの絶頂を促したり。一回の行為が長いから体力はもっていかれるが、それを考えれば身体への負荷は少ない方だろう。今は妙に激しく揺さぶられる時もあるが単純に欲求不満なのかもしれない。もしくは最初は手加減をしていて、今のが本来の性癖かのどちらかだ。







 そんな感じで3,4日に1回は船長室に呼ばれていたが、ここ半月ほど何もない。そういうことをする日はだいたい夕食後くらいに「後で部屋に来い」と言われるがここのところずっと声をかけられなかった。

 一応理由を聞いてみても良かったが、考えなくても分かった。

 トラファルガー・ローは冷酷非道なわけではないが、それこそドライなのだ。
 つまり、ローはおれに飽きたんだろう。

 次の島までもうすぐだと聞いている。まああの顔とスタイルなら女なんかいくらでも寄ってくるだろうし、酒屋で好みの女を引っ掛けて一夜を過ごすのだろうか。もしくは歓楽街にでも行って手慣れた女を買うのかもしれない。

 自分も遊女にでも身を委ねてみようかと思うものの、ローに散々抱かれた身体で女を前にして勃つのかが不安なところだ。自慰の時ですら後ろを弄らないと達せなくなった情けない身体だから、男に抱いてもらうのがいいのかもしれない。

 夕方に島に着いて、ログが貯まるまで3日かかるという内容の共有を聞き、自由時間なので買い物や食事などクルー達が各々散らばる中。おれも外で飯を食ってから娼館や夜の街にでも行くかと思って私服に着替えて甲板に出ると、ペンギンに声をかけられた。

「お、ナマエ。島に降りるのか? 珍しいな」
「まあ、たまにはな」

 今までは島についても船内で過ごすことが多かった。停泊中もローに呼ばれることがあるからだ。今日はその予定も無い。
 おれが船から降りるのがよほど気になるのかペンギンは少し左右を見渡すとしばらくして「船長は?」と不思議そうに首を傾げたので、おれも思わずそれに倣って首をかしげた。

「ローは船にいるだろ?」
「……え、一緒に出かけねぇの?」
「? 約束してないけど」
「あー、あぁ、そっか」

 しばらくぶつぶつと考え込み、まあそういう時もあるか、とペンギンは最終的に納得して「おまえなら心配要らないとは思うけど一応気をつけろよ」と言って、おれの背中をぽんと叩いた。

「……あ、そうだ」
「ん? どうした?」
「おれ今日は、島で一泊してくる予定だから。ローに心配すんなって伝えて」
「あぁ島で、…………は?」
「じゃあ、行ってくる」
「は? え? あっおい、ナマエ!」

 何故か呼び止められていることには気付いていたが、自分の報告も大した内容ではないし構わないだろう。船から飛び降りて足の裏で陸を感じて、そのまま歩き出した。
 まずは腹拵えだが、この後の行為の可能性を考えるとあまり満腹になるのも良くない。女を抱く側ならまだしも男に抱かれる側となると、内臓が押し上げられるようなあの感覚を思えば腹五分目でも多いぐらいだ。

 海軍がいる可能性もあるから気配はなるべく消して、紛れられるようある程度人の多い地区を選んで歩く。男にも女にもちらちらと見られているのはおれが外から来た人間であるためか、普通の観光客や商人ではないと思わせる自分の服装のためか。賞金首にはなっていないので顔は割れていないはずだが、雰囲気というものは案外ばれるものなのかもしれない。

 適当に入った店は居心地のいい店だった。この地の特産品を使ったらしい料理と店主おすすめの酒を楽しんで、いざ会計をしようとしたところで、横から伸びてきた手に手首を掴まれた。

「……ロー?」
「来い」

 どこか怒ったような雰囲気のローはおれの代わりに多めに金を払い、釣りを受け取ることもなくそのまま手を引いて店を出た。何かあった時に不意打ちを食らいにくい位置の席を選んでいたこともあって店内ではあまり気を張っていなかったとはいえ、ローの気配に気付かないなんて不覚だ。

 それにしても機嫌が悪い。もしかして今日はそういう気分だったのだろうか。島に着いたっていつも引きこもり気味なのにわざわざ降りてきたということはそういうことだろう。女でも男でもよりどりみどりだろうに、慣れた相手の方がいいと思ったということか。
 でもここ暫く何も言わなかったのにな、と思っていると路地裏に入ったローはおれの体を壁に押し付けた。ある程度丈夫ではあるがそれでも容赦のないそれに、みしりと背中が痛んだ。

「どういうつもりだ」

 いきなり何をするんだという抗議の声は、ローの静かに憤る声と夜の生ぬるい空気にかき消された。どういうつもりだ、のたった8文字ではローの不機嫌の理由を推し量るには足りず、覆いかぶさるように壁との間に閉じ込められているせいでいつもより身長差を感じる。

「男でもひっかけるつもりだったのか?」
「え?」
「それとも女か? 浮気を赦せるほど寛大な男になった覚えはねェんだがな」
「………え?」

 さっきより随分と情報量が増えたが、同時に分からないことも増えた。
 浮気、とはおれのことだろうか。船に戻らないイコールどこぞの人間と一夜を共にするという解釈までは互いに合っていると思うのに、決定的なところで相違がある。

「……あの、ロー」
「なんだ」
「おれ達って別に、付き合ってない、よな?」

 その一言が地雷だったかもしれないと思ったのは、少し怒っているだけだったさっきまでと違い、静かに底冷えするような怒りにすげ変わったからだ。億超えの賞金首の覇気は、おれの体に生命の危機を正しく伝達した。
 バラされたくはないのでROOMを使われる前に距離を取ることを最優先に考えるべきか。いや能力を使われなくてもたぶん敵わないが、今日は剣を持っていないようだから斬られる心配は無いかもしれない。

 そうして能力を使われるかぶん殴られるかという選択肢しか思い浮かべていなかったおれは、おれの後ろにある壁についているローの手で頭を引き寄せられることなど予想していなかった。

「……───」

 唇をそっと塞がれ、息が止まる。ローとキスするのは初めてじゃない。肌を重ねて数回目の夜に初めてキスをされてからは、行為の最中にも時々されるようになった。ただの性欲処理なのに意外とムードを大切にする男なんだなと今でも思っているが、今回のはそういうことをする雰囲気でも導入でも無いだろうし、何より外だ。

 ローはたぶん、他の人間に知られることを好んでいないと思う。海賊の世界だし男同士なんてのは言うほど珍しくもないけど、日中はおくびにも出さないからだ。そもそも威厳のある船長像を保ちたがっていそうだし、二人になった時にはその反動で甘えてくるのだと思っている。
 他の奴らが船長と呼ぶのに対しておれは名前で呼べと言われているのも、部下より少し対等な友人が欲しかったのだと解釈している。

 部下より少し近しい位置にいた仲間をセフレとした。
 それに飽きたから暫く触れてはこなかった。

 おれのその考察が覆りそうなのは、まるで恋人にするかのような甘いムードのキスがいまだに繰り返されているからだ。決して乱暴にすることなく、唇を啄まれて感触を確かめるように食まれて、舌を擦り合わせるように促されて時折舌先を吸われる。

 一言で言うと、恥ずかしい。外だなんだということを抜きにしても、こんな甘やかすような口付けには耐性がない。

「……エロい顔してんじゃねェ」
「っ、恥ずいんだよ……!」
「キスぐらいで何言ってやがる」

 最後に瞼に唇を寄越して、ようやくおれから離れた。ぐらぐらと脳が痺れたままだというのにローはまた手を引いて歩きだした。宿がある方向に向かっているのだと分かり慌てて止めようとしたが「船長命令だ」と言われたのみだったので、こちらの抵抗に応じるつもりはないらしい。

「付き合え」
「……分かった」
「……了承したな?」

 ローがにやりと笑って言ったその言葉が、今からの行為に一時的に付き合うという意味合いではないと知らされたのは行為が始まってすぐのことだった。







 カーテンから漏れる光で目が覚める。時間を見ればいつも目が覚める時間より遅く、そして身体がいつもより重いのは行為が久しぶりだからだろうか。

 シャワーを浴びたくてベッドから降りようとしたが、足腰に力が入らずぺたりとシーツの波に座り込んでしまった。昨日の行為を思い出してため息を吐く。久しぶりだったのでローはいつもより更に容赦が無かった。暫くしたら回復するとは思うが、船への帰り道に敵に襲われでもしたらどうするんだ。

 ふいに後ろから伸びてきた腕が腰に巻き付いて腹を撫でる。昨日ちょうどローのものを受け入れた辺りを指が這い、思わず手で阻んだ。

「やめろ。シャワー浴びたい」
「立てるのか?」
「………」

 意地の悪そうな笑みを含んだ声を聞くに、しつこく抱いたのはわざとだったらしい。何がしたいんだ。
 宿に入る前に言われた付き合えという言葉に頷いたところ、恋人になれという意味だと最中に言われた。イかされすぎて前後不覚だったと思うがたぶんおれは頷いてしまっただろう。
 だってイエスと言わなければ行為が終わらないような雰囲気だったのだ。みっともなく泣いて縋った気がするし、全くローの考えていることは分からない。

「風呂には後で連れて行ってやる。ある程度の後処理はしてやっただろう、もう少し此処にいろ」
「……船長命令か?」
「いや。コイビトからのWお願いWだ」

 恋人、という単語でおれを形容したローがやたらと嬉しそうにするので、なんとなくつっぱねづらい。命令を聞き入れたという体でおとなしく従うことにした。



 後日、ローに酒を飲ませてほろ酔いにしてから一連の経緯と訳を聞けば。

 お前がセックスのあと毎回さっさと帰るのがまず悪い。

 最中に何度もキスして名前を呼んで優しく丁寧に抱いた。おれはどうでもいいやつにそんな甘いことはしないからセフレな訳がないし流石に気付いていると思っていた。

 諸々分からせてやるために激しくしてもお前が無駄に頑丈で体力馬鹿のせいであまり変わらなかったからマンネリの可能性もあると思い、暫く禁欲して島に着いたら思い切り抱いてやろうと考えていた。

 そのタイミングで外で一夜を明かすなんていう浮気宣言をされた。許せる訳がないので足腰立たなくなってもいいと思って抱いた。

「……ローお前、思ってたよりおれのこと好きだな……」
「…………黙れ」

 否定しないことを妙に可愛く思えてしまうおれは、どうやらドライでもなかったトラファルガー・ローに随分絆されているらしい。

ときめきには足らずとも

Wおれが隠したがっているのかと思い他の奴らには態度に出すなと命じているがベポ以外は全員この関係を知っているWらしい、というのは後々知った。船員たちに対しあまりに申し訳ない気持ちになったので次の島では飯を奢ることに決めた。