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風邪をひいた。馬鹿は風邪をひかないって言った奴だれだよ。B組の物間かな。うん物間だわ絶対。雄英ヒーロー科の試験の順位では中の下や下の上をいったり来たりしてる俺も、完全な馬鹿ではないってことが証明されたな。
「ッごほ、あ゛ーーもーー……」
今頃みんな授業か。風邪で一人ってこんな感じだったっけな。実家ならなんだかんだで母さんがいたもんな。こういう時に親のありがたみを感じる。心細さとか、そんなか弱い感情が自分の中にあるとは知らなかった。弱った時に一人でいると、こういう気持ちになるんだなあ。ヒーロー目指してんのに、こんな柔らかメンタルじゃ駄目だわ。
分かってる。駄目だってそんなこと分かってるけど、でも、やっぱ寂しいなあ。
スマホが震えて、それが着信だと気付くのに数秒かかった。誰かの声が聞きたくて、画面もろくに見ないまま適当に画面をタップしたら通話になったようだった。もしもし、と発した自分の声は結構掠れていて、風邪の具合がちょっと大袈裟に聞こえてしまう気がする。
『……ノド、ガッサガサじゃねえか』
「ん゛っ、だいじょ、ぶ」
『まだ体調、悪いんか』
「………あ、え、ばくごう………!?」
『……悪ィかよ』
「ごめ、あー、わるくない、けど」
悪いことはない。けど、意外だった。ていうか一言目で気付けよ俺。
何を隠そう、俺は少し爆豪が苦手なのだ。つまりそれは爆豪も何かしら自分への態度で気付いているはずで、それが良くない感情だと察していても不思議じゃない。
苦手なことに深い意味や理由はないけど、強いて言うなら声とか言葉だろうか。主に緑谷への当たりが強めで、その強めの罵倒を聞いてきたから、まあ、不良を怖く感じるのと一緒だ。実際は、ヒーローを目指す将来有望才能マンなわけだけど。
そういうわけで、苦手と思っている相手からの着信に最初は動揺したけど、電話の声はなんだか直接話す声よりも優しい気がして、少し落ち着いた。ああ見えて、結構周り見てるし、たぶんそこそこに優しいんだよなあ。心配してくれるとは思ってなくて、ついぽつぽつと言葉が溢れる。
しんどいとか、頭痛いとか、寂しい、とか。その言葉に対し、相槌だけを静かにうつ爆豪は、なんだからしくなくて、つい「爆豪、なんかいつもと違うよね」と言ってしまったのは、熱が上がってぼーっとするからかな。
『……てめぇの所為だろが』
「んえ?俺?」
『うるせぇ奴が休むと調子狂うんだよ』
「え、ごめん…………?」
爆豪がいつもと違うのは、俺の所為らしい。まあ、うちのクラスで休んだことある人間なんていないし、インターンだの何だのあるとはいえ、だいたい全員揃ってるのが基本だから、違和感はあるかもしれない。にしても俺、そんな煩いか?存在が喧しいってこと?たとえば物間みたいに。それはショックだわ。
「風邪治ったら、教室ではもうちょっと静かにすんね」
と、そう俺が言えば、『ンでそうなるんだよクソが!』と言われて電話は切れた。電話ではご機嫌かと思ったのにな。まあいつも通りで安心したけど。
軽い物音と、誰もいないはずの部屋に誰かがいる気配がして、目が覚めた。身体を起こそうとするとまだあまり力が入らなくて、無意識に唸り声が漏れる。
「……起きたんか」
「ん……、ん゛ーーー……、え、ばくごう……!?」
電話で言ったのとデジャヴだったかもしれない。視界に入ったそいつは間違いなく爆豪で、ここは間違いなく俺の部屋だった。なんで?俺の顔にその疑問が書いてあったのか、「てめェがあれから一切連絡取れなくなったからだろが」と呟いた爆豪の手元には小鍋があって、なんだか良い匂いもしてくる。
「……お粥……?」
「それ以外に見えんのかよ。食え、どうせずっと寝てやがったんだろ」
「ありがと、………」
「……………」
「……や、あの、さすがに自分で食え、る……」
「うるせえ貧弱野郎が、さっさと口開けろや」
スプーンひと匙のお粥。それを俺に差し出してるのは、なんとびっくり、爆豪だった。いや。だって。あの爆豪だぞ。夢か?でも夢にしてはこのお粥が良い匂いすぎるし、いやでも。そういえば、他校に幻惑見せる個性の奴いたって言ってなかった?そいつの見せてる幻じゃないの?
色々考えてる間に、爆豪がスプーンを持った右手と反対の手をボンと小さく爆発させたので、ああこれは現実だし爆豪は本物だ、と納得した。慌てて口を開けると、見た目より遥かに優しい手つきでスプーンが運ばれ、俺がぱくりと食べるとゆっくり引き抜かれた。
お粥は優しいダシと卵の味がして、空腹ってことを差し引いても、めちゃくちゃに美味しかった。さすが爆豪。料理も天才。
しばらくそのやり取り(いわゆるあーんってやつ。何回かされたら慣れた)をして、茶碗が空になった。体が熱とは違う感じでぽかぽかして、ちょっと元気になった気がする。爆豪は面倒見良いんだな、と新たな発見にも嬉しくなった。
甲斐甲斐しく俺に粥を食べさせてくれた爆豪は、薬置いとくから飲んで寝ろよ、とお盆を持って立ち上がる。その服の裾を掴んだのは、本当に無意識だった。そして、自分の行動に気付いてからも、手を離せない。爆豪は驚いた顔で俺を見てるけど、ごめん、俺も自分の行動に驚いてるとこだから、何も言葉が出ない。
「……………ンだよ」
「あ、えーっと」
「………」
爆豪は言葉が少ない。普段はそれのことを、言葉が足りない、だなんて思うけど、今はそうじゃない。俺の言葉を待ってる。続きを言えってことだ。分かりにくいけどまあまあ優しいと思う。
そんな俺の中で、なんとなく脳から声帯へと降りてきたのは、もうちょっといてほしい、だった。……いやいや爆豪のこと苦手だとか言って他の誰だよ。違う、爆豪じゃなくても、誰相手でもアウトだ。体調不良ってまじで良くない。そうこうしてる間に沈黙に耐えかねて、口から出たのは、情けない声だった。
「爆豪、ちょっとだけ一緒に寝てくれない……?」
「は……」
「う、ごめ、まじで何言ってんだろな、忘れて」
いややばい。体調不良は良くないってさっき認識したけど、その中でも風邪とか発熱ってこんなやばいもんだったのか?なんか離れがたくて、もうちょっと側にいてほしくて、寝たときに熱が上がったら逆に寒く感じるから一緒に寝てくれたら、なんて、そんな思考に至るってのがやばい。その相手が爆豪ってのがまたやばい。今日の看病の真意は分からないけど、いくら優しくしてくれたって、爆豪にとって俺はただのクラスメイトだ。
なのに。爆豪はお盆をテーブルに置き直して「詰めろや、狭ぇ」と俺のベッドに片膝を乗せた。おまえ本当に爆豪?なんていう失礼極まりないことを思ってぼーっとしている俺に、熱が上がったと感じたのか、寒いならさっさと布団に入れと急かされる。
ベッドは狭い。そりゃそうだ。一人で寝るための空間に今は二人。爆豪は狭いからと俺を抱き込んで、ここまできて俺はドッドッと心臓がやたら強く胸をたたいていることに気付く。触れた爆豪の身体は温かかった。これが一般の男子高校生の平常の体温なのか、個性の影響かはよく知らない。
「きょ、今日の授業、どうだった?」
「別にフツーだわ」
「そっか、あー、俺数学とか苦手だから心配かも、」
「うるせぇわ。早く寝ろや」
「……… ハイ………」
ド正論である。しかし今の俺はそれよりも、日頃じゃ考えられないほど近い距離で、吐息混じりの掠れた声で、いつもより数段優しい感じで囁かれた言葉に気を取られた。
無理だどうする、心臓がやばすぎて熱云々よりまず今、心臓破裂して死ぬかもしれない。ていうかこれ、爆豪に伝わってる?伝わってない?どっち?選べるなら後者でお願い。
「ご、め、爆豪」
「うるせぇ、謝んなや」
「違くて、俺が頼んだけど、なんか、寝れなくてだめだ。あと、爆豪と話せんのは良いけど、熱上がりそう……」
「あ゛ぁ?」
「…………あれ、でもばくご、なんか良いにおいする……やっぱ寝れそーかも……」
俺の頭が単純で良かった。お腹一杯になって、熱はちょっと上がりかけてるけどその緩やかな熱の感じが逆にふわふわしてくるし、そしたら爆豪あったかくて、なんか香水?シャンプー?いや個性のニトロ?なんかとりあえず甘い匂いするし、ああ無理、眠い、寝れそう、寝よ、おやすみ───……
「……いつか食ってやる」
え、意識飛びかけてたところに、なんか物騒なこと聴こえた。いや、粥?粥のこと?そうだよな?食うって食べるって意味だもんな。そんなこと言われたって俺は眠いから寝るよ、今度こそ。うん、大丈夫、おやすみ。
青春のカウントダウンは微睡みの中にあるらしい
起きたら爆豪が俺の上に跨ってた。いや、なんでだ。そうか夢か。寝る前と同じ匂いがするけど、きっとこれは夢だ。そうに違いない。
けいゆさん、リクエストありがとうございました。
優しく看病してくれるかっちゃん…というシチュエーションをいただきましたが、如何でしょうか…!かっちゃんらしさと優しい看病を両立させるためのバランスがグラグラですが、楽しんでいただけたら幸いです。