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いつでもへらへら笑いながら、それでいてアホみたいな強さで、最初から最後まで平気なツラしてる、五条悟という人間が嫌いだ。布で遮ってるはずなのに探るように俺を見ている表情も、そのくせ術式を使うときにはまるで俺のことなんか見ちゃいない蒼い眼も、すべて。
「あ゛〜〜〜……、まじあいつ死んで……」
「ナマエ、もう飲むのやめたら……?」
「放っておきましょう、潰れたらその時はその時ですよ」
俺を気にかける同期の歌姫の声と、俺を面倒くさく思っている硝子の声とを耳が拾うが、脳まで運ぶのに時間がかかっている。とりあえずは日々、五条から受けている度重なる嫌がらせについつい仕上げの暴言が漏れたが、別に俺は酔ってない。
そう、一級になってからというもの、元々あったそいつからの嫌がらせはエスカレートした。俺の任務を横取りしたり、俺が祓おうとした呪霊を一瞬で塵にしたり、そもそも俺が任務を受けて現場に着いたときには帳すら解除されて「遅かったね、もう終わっちゃった」と語尾に星マークか音符マークかが付きそうなテンションで嫌味を言ったりと様々だ。様々か?全部おんなじ事例じゃねーか。俺は先輩だぞクソ。
「まじであいつぶん殴りたい」
「それは分かる」
「無下限がある限り無理ですけどね〜」
至極正論な硝子の言葉に、歌姫は眉間に皺を寄せ、俺はジョッキを煽った。まだまだ俺は酔ってない。
「意味不明な頻度で任務入れられてる癖に暇なのかよ……雑魚なんざ俺ら一級以下に任せりゃいいのに……」
「………」
「………」
「だいたい、ニヤニヤへらへらしてる癖に生徒のことは可愛がって、一端の教師気どりか。クソ強ぇならおとなしく仕事だけしとけばいいのに」
「………」
「………」
「全部一人でやってんじゃねーよ…」
歌姫と硝子が少し憐れみをもって俺を見てるが、何回も言って悪いけど俺は酔ってない。ちょっと頭と首の後ろあたりが熱いのと頭がくらくらするくらいで、他は正常だ。強いて言うならちょっと眠い。それだけだ。
ぬるくなったビールを最後まで流し込み、追加の注文をしようとしたところで、耳元で「ナマエさん、飲み過ぎじゃない?」と声がした。酒のせいか火照っていた耳に空気でなぞられ、ぞくりと背筋に何かが這った。
「……んあ? ごじょう……?」
「うん、僕だよ」
「なんでいんの。飲めねえくせに」
「ナマエさんを迎えに来た」
「は?」
「どうせもうそろそろ酔っ払う頃だと思って」
「はぁあ?」
こいつの声はいつもよりちょっと不機嫌で、だけど俺にはそんなことは関係ない。ついでに言うと迎えなんか頼んでないし、まず今日飲みに行くことも、酒を飲まないこいつには言ってない。言ってないのに知ってるってやばくないか? ここ個室なのに音もなく現れるなんかもっとやばくないか?? プライバシーとか無いも同然だよな。まぁこいつの場合、お得意の術式だのなんだのを駆使すればできないことなんかなさそうだし、気にしないけど。
「とりあえず帰ろう、送るから」と言われ、断ろうとした。確かに断ろうとしたが、断る前に五条が俺の頬を掴んだ。そう、掴んだのだ。両手で。しかも現状、至近距離。目隠しされた状態ではその眼は見えないけど、たぶんまっすぐ俺を射抜いていると思う。勘だけど絶対そう。ていうかこのシチュエーションで明後日の方向向いてたら流石に間抜けすぎる。
「五条、おれまだ飲んでっから、」
「僕の家で飲み直せばいいじゃん。ナマエさんが好きって言ってたビールとおつまみ、ストックしてあるよ?」
「でも今日はこいつらと先に約束してたし」
「この二人じゃナマエさんを運べないからさ」
「けど……」
こいつの声は不思議だ。それこそ何かの術式すら組まれてんじゃないかと思う。そんな某生徒みたいに呪言師の末裔でもあるまいし、とは思うけど、聴くと頭の中に根を張って、少しずつ侵食されてくみたいな感覚。
ふと、照明が遮られた。なにでなんて、目の前にいるこの大男以外にいない。
「ン、っ!? ふ、ぅ、んん、……っ」
いや、いやいやいや。唇が塞がれて今、されている行為は間違いなくキスだってことは分かるけど、わかるけどわからねぇよ! 何やってんのこいつ??? そもそもここには歌姫も硝子も居て、だからふつうやんないだろっていうか、誰の許可得て俺にキスとかしてくれてんだ。彼女にやれ。
「んぅ、は、……ッ!? ぁ、ン、〜〜〜」
コ イ ツ 舌 入 れ て き や が っ た ……… !!!
いよいよぶん殴りたいのに、酒のせいかコレのせいか頭ぐらぐらして力入んねえし、しかもこいつキスまあまあ上手いし、気持ちよくなっ……てたまるか俺の馬鹿が!
「ぷは、はぁ、っ、てめ、何……! ………どこだここ」
「僕ん家」
「は!?」
「お金ならちゃんと払っておいたよ、全額。あと、チューし始めた辺りで移動しといたから、二人にはナマエさんのやらしい声は聞かせてないし」
「………」
色々言いたいけどまず、どうせなら、し始めた辺りじゃなくてする前に拐えよ。
そう言いたかったが、そういう問題かそういう問題じゃないかでいうと後者なので、高給取りで金持ちなセクハラ拉致野郎をとりあえず睨んでみたが「誘ってんの?」と見当違いの、いやそもそも母国語が違うんじゃないかってレベルの返答だったので、ひとまず距離を取った。クズと変態と天才は紙一重っていつか誰か言ってたな。たぶん硝子あたりが。
いつの間にか五条の目隠しは外されていて、長い睫毛に縁取られた蒼い眼に俺の姿が映っていた。戦ってるときの、この眼が嫌いだ。底が見えなくて、何もかもを見ているように見えて実質、別に何も見ちゃいない。強いから、強すぎるから、見る必要がない。誰の助けも要らないくせに、妙に寂しそうな色になるときもあって。
だけど今はどうだ。縋るような感情さえ感じるそれは、何を思ってるんだろうか。
何か思うところがあるなら、伝えたいことがあるなら、言えばいいのに。
酒のせいでやや回らない頭をなんとか叩き起こしながら、そうして色々考えていたら、その眼が一層見開かれた。一拍置いて、俺が無意識に五条の目尻から頬にかけて掌を添えていたからだと知ったけど、今更引っ込められなくて、そのまま話を促す。
「ナマエさん、なんで一級になっちゃったの?」
「……いや、いきなり色々意味わかんねーんだけど」
「あんまり活躍して推薦とか貰わないように、できる限り『お手伝い』してたのに」
昇格を邪魔する意図があったらしい。普通なら殴るとこだけど、今日はなんとなく雰囲気が違ったから好きに話させる。表情を伺ってみると、焦燥、葛藤、我慢、みたいなものをごちゃ混ぜにしたような顔をしていて、茶化すような口調とは不釣り合いだ。更に言えば、この一連の出来事に関しての意図は、分からないままだ。
「冥さんが推したんだよね。あの人、金以外では動かないと思ってたのに。僕のこと面白がったのかな、読みが外れた」
「………」
「あーあ。このまま閉じ込めちゃおうか」
主語がないけど、閉じ込める対象はまあ俺のことだろうな。言ってることは物騒だけど不覚にも、普段のへらへら笑う顔と今の苦しそうな顔とが、重なるようで重ならなくてもやもやする。そうして否定も肯定もしない俺にまた顔を近づけてくる五条は、なんでかは知らないけど俺を欲しがってるらしい。俺も、こいつが欲しいんだろうか? 分かんねぇけど、とりあえず目は瞑っておいた。
「ナマエさん、僕のことキライな癖に、とことん僕に甘いよね」
……とりあえずさっきの閉じ込めるくだりの言葉はおまえが言うと冗談じゃ済まされないってことは、後で言ったおいた方が良さそうだ。
僕のものになってよ
大事にするし、守ってあげるよと五条は言うけど、別にそんなことして欲しいわけじゃない。強すぎて独りになるお前に、背中を預けられたいだけなのに。
なゆたさん、リクエストありがとうございました。
W五条悟の強さに嫉妬してるが好意ももっていて板挟みになる男主と、そんな苦悩してる男主が大好きな五条悟で周りから引かれるシュチュエーションを…Wとのことでしたが果たして……。書いている内にわたしにはおちゃらけた五条さんが書けないことが分かり、なぜかシリアスなテイストになってしまいましたが、楽しんでいただけましたら幸いです。