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牙が差し込まれるときの、ずくりと熱い感覚には、いつまで経っても慣れる気がしない。そのくせ、吸血の後にやってくる気怠さと僅かな疼きを身体が覚えてしまい、どうもこうも癖になっているようで困る。唾液に媚薬作用があるといつかの本で読んだが、果たして本当だろうか。

「ん……、は、甘ぇ……」
「焦凍、もう、」
「わりぃナマエ、もうちょっとだけ……」

ぢゅ、と吸われる音が耳元で響いて、思わず身震いした。身体中どこを噛んでも血液は得られるが、首から吸血したときが一番美味いんだと、焦凍は恍惚とした表情で過去に言っていた。人間の場合は、この箇所は共通らしい。

───つまり、俺の前にもこうして、W食事Wのために飼っていた人間がいたということ。それを思うといつも仄暗い気持ちになって、俯いてしまっている自分に気付いたのは、いつからか。

自分が何を考えているのか、最初は分からなかった。この吸血鬼という強い種族に見初められたが最期、死ぬまでここでW食料Wとして生きるだけなのに、今までもこれからも、W食事Wを自分だけで済ませてほしいと、そんな風に考え始めていると認識したときには、死にたくなった。



吸血鬼、狼男、魔女。このあたりは所謂、食物連鎖の頂点にある生き物で、つまり彼らからすると、人間もその他の動物も変わらない。多少の知性の差くらいは感じるだろうけど、それだけだ。W飼うWことを考えればある程度言葉が通じる種族が楽だと感じるのも無理はない。その証拠に昔、狼男に捕まえられそうになった。暫く匂いを嗅がれてから、舌打ちをされ解放されたけど。

とりわけ、この吸血鬼という生き物は特殊で、人間の血を好むから、奴隷だの何だのより、食料の意味合いが何より大きい。それも、一人飼えば繰り返し得られる食事。あまり血を吸いすぎると死ぬということも知っていて、そして逆にいえばそれさえ気を付ければ、このW食料Wは自分で勝手に食事をして栄養を摂り、また血を増やせる生き物で、年老いて死ぬまでずっと搾取し続けられる、コストパフォーマンスの良い食料。きっと、そういう認識だろう。それで間違いないから、何も言えない。






「───、……、ナマエ……」
「ん……」
「……よかった、気が付いたか」

目を開けたら、視界がほぼ全て焦凍で埋め尽くされていた。僅かに天井があって、だけど俺の部屋のものとは違う気がして、身体を起こそうとするが、うまく力が入らない。くらくらする頭でどうにか経緯を思い出せば、吸血のあたりから記憶がない。そして現状は、焦凍の部屋のベッドに寝かされているらしい。それはすぐに分かった。この寝具から、焦凍の匂いがするから。

「……わりぃ。俺が血を飲みすぎたせいだ。回復するまで、もう少し寝てろ」

貧血で意識を失うのは、そう珍しいことじゃない。だからこのやり取りだって何回かしたことがあるもので、いつも通り適当に返事をすれば良いのに、どうしてだろうか。胸のあたりがもやもやして、どろどろして、その上泣きそうになる。今日の俺は、どこかおかしい。

「ただの食料相手に、優しくすんな」
「……え?」
「血ぃ飲みすぎて俺が死んだって、次の奴掻っ攫ってこればいいだけだろ」

思いのほか冷たい声が出て、何やってんだと自問自答する。別に、焦凍は悪くない。むしろ、きっと吸血鬼の中では優しく常識的で、俺はかなり待遇が良い方だと思う。飼われておいて待遇だ何だというのは少し違うのかもしれないけど、もっと扱いの酷い種族は多いらしいと聞くし。

だから、これはただの八つ当たりだ。焦凍は無礼だと怒ってもいいし、食料の分際でと殴ったっていい。むしろ、その内俺じゃない誰かの血を吸うなら、その誰かを相手に今みたいに優しくするなら、もう俺のことはその手で殺してくれたって構わないとすら思う。

「………いや、だ」
「……?焦凍…………?」
「俺は、お前がいいんだ。ナマエと、ずっと一緒に暮らしてぇ」
「………」
「本当は、痛いことだってしたくねえ。けど、時々は噛んどかねぇと、他の奴に盗られるから……」
「………、他の奴?」

この吸血鬼と暮らして1年と少し。正確には森で攫われて飼われて、だけど、人間らしい生活をさせてくれているので、暮らすで間違いない。

それより、吸血にそんな、マーキングのような意味合いがあるとは知らなかった。

「俺と同じ吸血鬼と、あとは……狼の一族の奴らは、特に人間のこと好きだからな。気に入った奴には男だろうが何だろうが交尾だって迫る」
「え、」
「本当だぞ。俺が噛んどけば、唾液がナマエの血に混じるから、弱い種族はそれだけで寄ってこねぇ。まあ狼の奴らは弱くはねぇが、鼻が利くからな。どっち道、手は出さねぇはずだ」
「あぁ……」

それで、あの時。そう呟いた独り言を焦凍は確かに拾ってしまったようで、「あの時?」と低い声がした。

あ、これは、まずい。

「あの時って、なんだ。森で誰かに会ったのか」
「いや、……会ったけど、」
「誰だ。狼か?魔女なら魔力が強すぎるから、そもそも俺の張った結界には入れねぇはずだからな」
「ッ、焦凍、落ち着け、」
「ナマエは、俺のだ、俺だけの───……」
「焦凍!!」
「っ」

掴まれた腕が、ミシミシと骨が軋む音を鳴らし、その痛みに顔を歪める。解放された俺の手首には掴んだ跡がうっすらと赤く残り、焦凍はそれを見て、酷く傷ついたような顔をした。自分でやったくせに、とは思うけど、俺から離れたその指先が微かに震えていたので、俺は気付いたらその手をぎゅっと握っていた。

焦凍は何も言わずに、ぎゅうぎゅうと縋るように抱きしめる。一種の依存に近い、とぼんやり思う。焦凍はよく、「ナマエの血が無いと生きていけない」と言う。俺はそれを聞くたびに、心臓の奥がじくじくと痛む気がした。

「……ナマエ」
「なに」
「ごめんな」
「………なにが」
「その腕と、貧血になるほど血を飲んだこと」
「………」
「唾液入れるだけなら、そこまで飲む必要はねぇんだが……。なんか最近、やたらナマエの血が美味ぇんだ。だから途中でなかなか止められねぇ」

なんでだろうな、と焦凍は独り言のように呟く。この吸血鬼は少々世間知らずなことがあるから、知らないのだ。

───獲物側が吸血鬼を愛せば、その血は甘くなる。

だから焦凍がそう感じるのは、俺のせい。結果として何もかも全部、俺のせいなんだ。焦凍に依存しているのは俺の方で、本能的に血を甘くして、焦凍に求めてもらおうとしてる浅ましい生き物だ。それを知られたら、そのときこの美しい吸血鬼は、どんな顔をするだろうか。


その心臓のひと区画にて

鼓動を差し出す準備はできているのに






日向さん、リクエストありがとうございました。
ハロウィンパロディ=吸血鬼パロディです。吸血鬼の設定は自分の書きたいようにざっくりとしたもので書かせていただきましたが、楽しんでいただけましたら幸いです。