傑がこの教室からいなくなってからも、当たり前のように日常は過ぎていく。だからこそ、ふとした瞬間に、あの日常が帰ってこないことに気付く。傑は硝子と悟には、居なくなる前に会っていったらしい。俺には会いに来てくれなかった。きっと、そういうことなのだろう。

傑にとって俺は、二人ほどの仲間や友達ではなかった。難しいことは一つもない。ただそれだけの話。

だけど、たとえそうであったとしても、俺は傑を尊敬していたし、仲間としてとても好きだった。あの聡明な話し方とか、その割に悪ノリが好きなところとか、強いところとか、優しいところとか。



傑が姿を消して、悟は目に見えて気持ちが沈んでいたり思い悩んだような表情をしていて、俺は遣る瀬無い気持ちになった。此処に居るのが傑じゃなくて、俺であることが申し訳ないと心底思った。

俺の友人はみんな優秀すぎるほど優秀で、俺だけが平凡だったから、劣等感なんて一周回って無いに等しかった。俺は仲間を尊敬していたし、とても誇らしかった。だからこそ、傑には欠けてほしくなかった。

俺では、傑の代わりに悟の隣に立つことはできないから。


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「……せい、みょうじ先生」
「───……、……あれ」
「……大丈夫ですか。顔色悪いっすよ」
「先生、大丈夫?」
「……ちょっと寝不足なだけ、ありがとう」

寝不足だか栄養失調だか、色んなものに心当たりがある中で体調がいまいちだったから、非常階段で少しだけ休もうと思って座り込んで、そのままぼーっとしていたところを、伏黒と虎杖に見つかった。二人は心配そうに俺の顔を覗き込んでくるので、目の下の隈を見られていなければいいなと思った。



あれから1年。1年前の今日、傑は死んだ。悟が、殺した。仕方ないことだった。傑のしたことは、殺めた人の数は、たとえ悟がやらなくても極刑に処されることは確実だった。
しかしそうだとしても、親友をその手にかけるというのは、どれほど辛かっただろう。代わってやれたら良かったのに、俺が弱い所為で何もできなくて、悟にばかりしんどい思いをさせている。

傑が高専を去ってから、不思議なことにこの12月24日に、毎年同じ夢を見ている。自分がいなくなる代わりに、傑が帰ってくる夢。その夢の中の悟は本当に楽しそうで、俺はその顔が見られれば、他には何も要らないとすら思った。世間が浮き足立つその日、モノクロの記憶がいつも俺の足を絡め取って、泥に引きずり込んでいく。



またぼんやりしてしまっていたことに気付いて、慌てて二人に礼を言って立った瞬間に、ぐらり、地面が傾く。辺りが歪んで霞んで、視界の平行を保っていられない。伏黒と虎杖の慌てた声がするけれど、意識も視界も混濁していく。俺はどうやら大人になっても頼りないままで、周りに迷惑をかけてしまうらしい。