目を覚ましたら、度が過ぎるほど整った顔がすぐ目の前にあったので、思わず声が出そうになった。息を飲んで呼吸の音すら殺そうとしたせいで、肺や腹筋に妙な負担がかかったような気がする。

昨晩の記憶が鮮明に瞼の裏にこびりついて離れない。俺に触れる悟の指、舌、唇、そして俺も知り得ない身体の奥深くまで穿たれたモノ。微かに腰に残る鈍痛が現実を突きつけてくるようで、一晩経っても混乱から抜け出せない。

身体を起こして更に痛みの増した腰を少しさする。隣で眠る悟を見て、次に遮光カーテンの隙間から射し込む朝日に目をやった。シンプルな壁掛け時計が示す時刻は午前9を回っている。昨日の行為は何時頃まで及んだのかは全く分からないが、なんとなくこんなに眠った12月24日は久しぶりな気がする。今はもう25日、世間ではクリスマスらしい。

ベッド下に散らばった衣類の中から自身の下着を探し出して身に付け、上の服を着ようとして視界に入ったのは、鎖骨の下や腹筋や臍のあたり、そして太腿の内側にいたるまで夥しいまでの数の鬱血痕。一番心臓に近い場所にあるそのひとつを指でなぞった。キスマークなど、過去に二度ほどいた彼女にも付けられたことがない代物で、どうすれば良いか分からなかった。

「なに可愛いことしてんの?」
「さと、る」
「おはよ」
「……おはよう」

ベッドに座る俺の腹をぐるりと1周し、逃すまいとする長い腕が、まるで昨夜のことなどなかったような自然な挨拶とともに寄越された。悟の中では、キスマークを触ることは可愛い仕草だったらしい。俺にはよくわからない。

「身体は平気?」
「べつに、大丈夫」

腹に回した腕を解かせようと、その腕を掴んで力を込めるが、まったく動く気配がない。昨日もこんなことを思った気がする。これがデジャヴか。

「今はなに考えてるのかな」
「……こんなに寝たの、久しぶりだなと、思って」
「あぁ、そうだよね。寝たっていうか、気絶させちゃったしね」
「………、きぜつ……」
「そう」

ゆっくりと悟が身体を起こし、自分とはまるで体質の違う鍛え上げられた肉体が、なにも纏わずに眼前に晒される。思わず引けた腰をそのまま抱き寄せられた。互いの肌が触れ合い、昨夜の記憶がちらついてぞくりとする。背中から抱きしめられ閉じ込めるような体勢になり、ありありと体格差を感じるのが少し屈辱的だ。

後ろから回された腕に、意識を引き戻される。臍の辺りをするりと撫でる掌に息を呑んだことは、きっと気付かれている。指先でトントン、と軽くノックをするように触れたそこは、昨日悟を受け入れた場所に違いはない。

「此処にね、僕のが入ってたんだよ。覚えてる?」
「っ、」

覚えていないなどと言えば、思い出すまで何をされるか分かったものじゃない。そもそも、忘れるわけがない。本当はこっそり忘れてしまいたかったけれど。

「奥まで突いて、前もちゃんと弄ってあげたら、なまえ、気持ち良さそうに何回もイってたね。でも何回イっても、僕が止めてあげられなくてさ」

気を失うまで付き合ってもらっちゃった、と悪びれもなく言うこの男は、飽きもせず俺の腹筋や横腹を撫でている。その手つきが昨日の情事を思い出せと言っているようで、そんな思惑のままじわじわと上がる自身の体温が気に食わない。制止しようと振り向いたら悟の蒼い眼と視線が交わった。朝だからか、雲ひとつない青空のようだと呑気に思った。毒気を抜かれるなんて、この男の前では絶対に考えてはいけないのに。

「悟は、……何がしたいの」
「本当に分からない?」
「分かるわけない、だろ。急に連れてきて、あんな、」
「優しいセックスだったろ? 割と早めから気持ちよさそうだったから僕、安心してたんだけど」

両腕が身体に回され、ぴたりと隙間なくくっつけられた背中が暖かくなる。右手は下腹部のあたり、左手は俺の心臓。そこには何の痕も付いていないが、きっとどくどくと忙しく動いている。

「もしヤってるときになまえが傑の名前なんか呼ぼうもんなら、めちゃくちゃに手酷く激しく抱いて、泣こうが喚こうが気絶しようがどうにか起こして突っ込んで、足腰立たなくなるまで突き上げて、僕のことだけ考えるようにしてやろうって思ってたけど」
「………」
「可愛く悟、ってずっと呼んでくれてたから。ちゃんと優しくしたよ」
「……悟が禄でもないってことは、分かったよ」

昨夜の記憶はあるとはいえ、そんな細かいところまで覚えていない。訳がわからないくらいぐちゃぐちゃにされたのだ。悟は優しくしたと言ってはいたけど、断片的な記憶を思い起こせば、悟の思うまま、それなりに責め立てられた気がする。そもそも自分が気絶させられている時点で、優しいのかは怪しい。

それにしても、昨日も今日も、悟はやけに傑に拘る。

「というか、なんでそこで傑が出てくんの」
「は? だって、傑のことが今でも好きなんでしょ」

………。
………………え?

言葉の意味がてんでよく分からず、脳の再起動を試みる。傑のことは、それはもちろん、友人として好ましく思っていた。最終的な道は違ったけれど、俺は傑を尊敬していたし、仲間としてとても好きだった。そう、あの聡明な話し方とか、その割に悪ノリが好きなところとか、強いところとか、優しいところとか。挙げればキリがないほど、俺の歴史の中で、とても深く爪痕を遺しているけれど。

「……別に誰を好きだと思おうが勝手だけど、傑はもういねぇの。オマエはそろそろ、僕を見るべきだろうが」

俺の沈黙を肯定と捉えたらしい悟が、若干の苛立ちを秘めて言葉を選んでいることは分かる。時折素の口調が混ざっているのはその所為だろうが、俺はその話の手前の段階で躓いているので、置いていかないでほしい。

俺は恋愛に聡いとは正直思わないけど、一応彼女だっていたことがあるし、本気の恋だったかは置いておいて、その人を好きになったことも当然ある。

だから、悟のその台詞、そこから導き出した結論はたぶん間違ってはいないと思うけど、信じられるかどうかは別問題なので、聞いてみるしかない。

「だいたい、アイツが俺らんトコから出て行って何年経ってると思っ──」
「悟」
「なに、」
「悟は、俺のことが好きなの……?」

すらすらと言葉を発していたその口が閉ざされた。沈黙は肯定。……本当だろうか? さっきの俺は、違ったけれど。