「なまえ、キスしたい」
「だめ」
「………」

一緒に住むようになって二週間。数日に一度、こうしてキスの許可を得ようとしているけど、なまえはだめ、の一点張り。断る姿や言い方も大変かわいいけど、しばらくの間、僕達はキスをしていない。けどベッドは一つなので、夜は一緒に寝る。なまえは僕が抱きしめても何も言わず、なんならちょっと肌寒い時なんかは僕の胸に擦り寄ってくる。これ何の拷問?

もちろんなまえがこの家に住んでくれることになったとき、僕はベッドを買い揃えようとした。けれどもなまえが「悟のベッド広いし、一緒に寝るから良いよ」と言うので僕はもうそれだけでどうにかなりそうだった。かわいすぎる。

分かっている。なまえに他意はなくて、二人とも出張で家を空けたり、高専の自分の部屋で仮眠したら朝になってたり、そういうのが多々ある生活を送ってきたから、そもそもベッドの使用頻度は読めないところがある。それでも別にベッドくらい買えばいいと思うけど、なまえは必要最低限のもの以外は買わせるわけにはいかないと思ったんだろう。もちろんなまえにお金を出させるわけないから、仮に自分で買うと言われても、そこは確かに譲れないところではあったけど。

「……なんでダメなの」
「明日も二年の特訓と、夜は任務あるから」
「………」

おまえキスだけで終わるつもりないだろ、という副音声が聞こえた。否定できない。重ねて言うが、ベッドは一つしかないのだ。たとえばキスをしてムラムラして、それをどうにか落ち着かせたとして、夜寝るのは同じ場所。我慢できる保証はどこにもなく、明日に響かせない自信もない。
何も言えず黙る俺に、なまえは少し考える素振りを見せてから、僕にこう言った。

「悟、今週の予定は?」
「……明日の月曜から火曜にかけて名古屋に出張だから帰るのは夜で、水曜は夕方から任務、木曜は一年の訓練で夜は高専の会議。金曜は──」
「分かった、大丈夫」

なまえはスマホを操作し、耳に当てがった。「もしもし、七海?」 ……は? ドスの効いた声が漏れそうなのを堪えた自分を褒めたい。何故このタイミングで七海に電話なんて。はっきりと嫉妬を分からせるべく後ろから抱きつくかどうかを、割と真剣に思案した。

「確か火曜が仕事で、水曜が休みだったよね?」

「ごめん、七海の予定が大丈夫だったらなんだけど、任務を替えてもらえないかな? 水曜に、どうしても外せない急用ができて」

「ありがとう。伊地知には俺から伝えておくから」

僕のスケジュールは、火曜の夜に此処に帰ってきて、水曜は夕方までフリー。なまえが七海と交換して得た休みは水曜。

「……そういう訳だから。火曜は俺は早めに上がれるから、名古屋出張、できる範囲で早めに帰ってきて」

じゃあ風呂入ってくる、と言ってリビングから出て行ったなまえを見送った僕の顔は、きっとあまりにも間抜けだったに違いない。


▽▲▽▲▽


「ん、……んっ、ぅ、……」
「なまえ、かわい……」

結論から言うと、任務は音速で終わらせて、帰宅したのは19時だった。帰ってまず目にしたのは風呂上がりのなまえで、少しびっくりした顔で「早かったね」なんて言っていたが、すこし火照った顔や血色の良い唇を視界に入れてしまったので僕はそれどころではなかった。

「悟、晩ご飯食べてないなら、先に、」
「今いらない。なまえがいればいい」

壁に押し付けて、無我夢中で唇を貪る。なまえは舌を吸われるのが特に感じるのか、ぢゅっ、とわざと音をたてるようにすると、びくんと肩を跳ねさせた。かわいい。僕は基本的にキスのときは目を開けて見ていたい派なので、なまえが少しの息苦しさと、押し寄せる快楽に身を委ねてくれていることは間違いない。

壁に縫い付けていた両手を解放して、腰と後頭部に腕を回す。身長差があるから、全身ぴたりと隙間なくくっつくというよりも僕が少し腰や膝を曲げて帳尻を合わせている状態だけど、なまえの足の間に自分の脚を入れて逃げ場を無くすのは、いけないことをしているみたいで興奮する。それが今みたいな壁際なら尚更。

力では圧倒的に僕が勝るけれど、なまえが強めに抵抗してきた時は、きちんと緩めるようにしている。以前に一度無理やりキスを続けた時、しばらく拗ねてこちらを見てくれなったからだ(それはそれで可愛いかったけど)。

今も、強めに僕の肩を叩くので、名残惜しいけれど唇を離し、抱き寄せていた腕の力を抜いた。はぁ、と零す吐息や口を拭うその仕草まで可愛くて、且つ色っぽくて、じっとそれを見つめてしまう。

そんななまえの耳にゆるく歯を立てて、唇で輪郭をなぞると、息を呑む気配がした。キスの時の感じやすいところなんかはもちろん最近知ったけど、耳が弱いらしいというのは、実は昔から知っていた。学生のとき、なにかの拍子に耳に触れた時、びくりと肩を跳ねさせたことがあったからだ。あの時、俺の中で嗜虐心のようなものが湧き上がったのは言うまでもない。とはいえ当時は何もしていないけど。

「なまえ。……抱きたい」

きっと、そのつもりで明日の休みを取ってくれたのだと分かっていても、無理やり抱くのは違う。負担をかける側だというのもそうだし、僕は本当に情けないことに、なまえに嫌われたくはないから。

「…………て」
「え?」
「もう、いいからベッド、連れてって」

顔を見られたくないのか、僕の胸に顔を埋めながら、蚊の鳴くような声でそう言うなまえがあまりにも可愛すぎて、本当に僕は今日死ぬんじゃないか、なんて縁起でもないことを思った。