前世でたぶん死んで、そして次にまたこの世に生まれたと思ったら、五条悟の双子の弟になっていた。

トリップというやつだと理解するのは割とスムーズだった。夢オチだろうなという気持ちもまあ、半分ぐらいはあったけど。

「呪術廻戦」のファンである俺は、単行本で得られる程度の知識は知っているものの、逆に言えばそれしか知らないので、五条悟の出生など知るわけがない。それに、天才児な片割れを見たのは生まれた時のその一度だけ。しかも赤ん坊で目はぼんやりとしか開かないので、まあ会ったことがないに等しい。ただ、耳は聞こえていたので間違いない。五条悟の双子の弟として生まれた俺の名前は、なまえというらしい。鏡を見る機会があったけど、俺は黒目黒髪で顔立ちも似ていないので、たぶん二卵性だろう。

五条悟は生まれた時から特別だった。俺の知識では術式の発現は5〜6歳だと思うけど、そんなことを確認する必要がないぐらい、隣の赤ん坊は生き物としての何もかもが違っていた。同じく赤ん坊として生まれたばかりの俺ですら肌で感じるほどだった。その六眼を一目見てみたかったけど、生後何時間かでまともに視力もない俺にそれは叶わず、そしてそのまま引き離され、結局そのまま会わなくなった。

俺は五条家の末端の家に預けられ、いつの間にか戸籍も変わっていた。みょうじなまえ。それが俺の名前であるらしい。

俺は呪術廻戦はどのキャラクターも好きだし、みんな無事に元気に過ごしてほしいと思う。だけど一番の推しはと聞かれたら、もっぱら最強コンビだ。五条悟と夏油傑。どちらか片方というより、一緒にいる二人が好きだった。時々喧嘩もしてたっぽいけど、互いが互いを信頼し、唯一の親友だと認める仲。一言で言うと尊い。ていうか、道を違えたのが悲しすぎて、そのすれ違いや夏油の真面目さ故に思い詰めてしまったことと、それに気付けなかった五条の心情とを考えると遣る瀬なくて、最初に読んだ時は普通に泣いた。

だから、何やらよくわからない出自になったけどとにかくトリップしたらしい俺は、この世界での生きる目的を決めた。夏油傑の離反フラグを折り、五条悟との最強コンビのまま、呪術師を続けてもらうこと。そのために、どうにかして呪術を学び、強くなって、呪術高専に通うことを当面の目標とした。

みょうじなまえとして過ごして6歳になった頃。小1の年齢でこっそり小6のドリルを解いてみたり(それでも流石に簡単すぎるけど)、呪力のコントロールを独学かつ感覚でこっそり練習したりしながら過ごしていると、本家へ行くからついておいでと、俺を引き取って育ててくれている両親(戸籍上も世間的にも俺の両親で間違いない人たち)に連れられて、ギャグみたいな広さの五条家へとやってきた。これはもうこの屋敷の地図が必要だと思う。

「八宮、参りました」
「ああ、入れ」
「失礼いたします」

なんかもう色々怖くて俯いていると、両親が小声で「ご挨拶を」と言うので、とりあえず両親に倣って正座をし、頭を下げた。

「……みょうじ家からまいりました、なまえともうします」

数秒の沈黙のあと、頭を上げて良いか迷っていると、ふと影が落ちた。「いつまでそうしてんだよ」ゆっくり顔を上げると、自分とは似ても似つかない、銀髪と蒼い眼。ああこの子が五条悟だと直感し、そして、天使のようだと思った。
「きれい」
そう思わず呟いてしまって、慌てて口を閉じた。聞かれていませんようにと願ったけれど、目の前の少年(同い年だけど)は口をぽかんと開けていたので、まあ普通に聞かれていたらしい。……これ、人生終わったのでは?

そんな風に内心冷や汗をかいていたが、とりあえずお咎めはなかった。予想通り五条悟と名乗ったその子は微かに顔を赤くしていたので、どうやら少し怒らせてしまってはいたらしい。謝りたいがタイミングもなく、とりあえずまた少し俯いてやりすごした。


別室へと通され、使用人らしき男性が両親へ告げたのは、なんとも唐突なことだった。

「……ではその子は今後、この本邸にて過ごし、悟様と過ごしていただく」
「! お、お待ちください。その子もまだ6歳です。私達の元に住み、日にちを決めて此処へ通うのではいけないのでしょうか……?」
「ならん。悟様がその子を気に入られた。今日から此処に住み、必要なものがあれば送るように」

……怒涛の展開すぎる。話を聞いていると、悟様(うっかり呼び捨てにしないよう、脳内でもそう呼ぶことにした)の遊び相手や話し相手となる同年代の子どもを分家のあちこちから探していたが、あのちょっと高圧的な態度や六眼に怯えたり、単純に悟様が気に入らなかったりして、なかなか難航していたらしい。その候補の一人として今日たまたま呼ばれた俺を気に入ったと、そういう経緯だ。どこに気に入る要素があったのかは謎だ。

「さとるさま、あらためまして、なまえともうします。今日からよろしくおねがいします」
「………」

さて、自己紹介に沈黙で返されたので、以前の挨拶のように頭を下げ続けていると、「さとる」とその子どもが呟いた。

「同い年だろ。けいごとか、いらねえ。名前も呼びすてにしろ」
「えっと、でも」
「あと、毎回あいさつのたびにあたま下げんのもやめろ。これぜんぶ、命令だから」

命令と言われてはどうしようもないので、とりあえず頷いた。

それにしても。原作では戦う時以外は隠されていた瞳が、惜しげもなく晒されている。そりゃあアニメの時にも思ったけど、生で見ると宝石みたいな輝きが3割増で、なんかすごい。

「じゃあ、……さとるくん」
「っ!」
「え、あ、だいじょうぶで……、えっと、だいじょうぶ?」

白い肌に朱が差して、思わず声をかけた。「大丈夫だ」と言ったその顔は赤くて、つい顔を覗き込むと、ぱちりと目が合った。宝石が詰め込まれたような瞳は一瞬で逸らされ、ぷいと顔ごとそっぽを向いた。

「おまえ、おれの目、こわくねーの」
「え? きれいだよ」
「……そーかよ」

その様子から、ああ照れているだけかと思うと、少しばかり力があって生意気なだけで、普通の子どもと変わりないんだなと思った。

そうして3年間、小学校にも通わず、この五条家で過ごした。勉強は家庭教師が教えてくれて、悟(話す時はくん付け)が術式や呪力の鍛錬でいない時は、自分も部屋で呪術の勉強や練習をした。

鍛錬で疲れた悟はぼすんと俺に寄りかかって、ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめた。甘えたい年頃なのかもしれないと思って、頭を撫でた。

そうして10歳ぐらいになった時、家に戻るよう命じられた。悟様に見つかる前に、と鍛錬で悟がいないタイミングにほぼ誘拐に近い形で連れ出された。この家、ここにきた時もそうだけど、色々いきなりすぎると思う。

かくして俺は3年間、五条悟の遊び相手を務め、家に戻ってきた。両親は俺の無事を泣いて喜んだ。何かあったらどうしようかと、と本気で思っていたようで、たぶん悟に気に入られなければ割と冷遇される環境にあったんだろうなと思う。

それにしても突然だったので悟に何も言っていないけど、大丈夫なのだろうか?
まあ何とかなるか、と適当に思った俺は、別におかしくない。







なんやかんやあって呪術高専に入学した俺は教室に入って、机が4つあることにとりあえずホッとしながら、さてどこの席に座ったもんかなと立ち尽くしていた。すると扉が開かれ、そこにいたのは。

「……あ、はじめまして。私は夏油──…ッ!?」

黒の長髪をまとめ、切長の目を細めて笑う。夏油傑。そう認識した瞬間に、俺は思わず抱きついていた。ここにいる。ちゃんといる。俺のいた世界の漫画の中ではいない人だけど、当たり前にここにいる。あ、やばい、なんか泣けてきた。

「え、大丈夫か……!?」

すんすんと鼻をすすり始めた俺に慌てる夏油傑。そりゃそうだ。同級生になるだろう人間に突然抱きつかれて泣かれたら、誰もが戸惑うだろう。ていうか、気持ち悪いと思われているかもしれない。でも今はとりあえず、生きていることを確かめたかった。

「……落ち着いたかい?」
「……本当にごめん……」

土下座する勢いで謝れば、大丈夫だよと笑われた。笑顔を見たらまた泣けてきて、じわ、と涙が滲む。
昔の友達を思い出して、ということにしておいた。

その場面を誰に見られていたとも知らずに。





そして今、180くらいある大柄の男(世間一般的には一応幼馴染等と言って差し支えない関係性のはずの人)に壁ドンされている。

「え、と、悟くん、久しぶり……?」
「久しぶり、なまえ。俺に何か言うことは?」
「えー、とりあえず退いていただけると……」
「あ゛?」
「すいません」

ずっと探し続けていた夢主が自分ではない人間に抱きついているところを見た五条悟、非常にお怒り(概要)

双子の弟という設定が最終的に伏線回収するところまで考えてはいたのですが、筆が乗らなかったとで供養。