流されて絆されて外堀を埋められた末に付き合うことになって、とりあえず伏黒の誕生日だったので(当日まで知らなかった)、おめでとうと言ってから「何か欲しいものある?」と聞いた俺の行動は、別に間違ってはいないと思う。少なくとも俺の乏しい恋愛経験の中では、間違えたと感じたことはなかった。でも今、なんかややこしいことになってる。何が駄目だったのか、誰か教えてほしい。

「……先輩、聞いてますか」
「いや、聞いた上で却下したんだけど」
「なんでですか……!」
「うわ、お前でかい声だせるんだな……」

「欲しいものはあるか」と聞いたら「先輩に触りたい」と聞かれたので「それ以外で」と言ったら、「特にないです」と返ってきたので「じゃあ無しで」と答えた。
すると「嘘です、じゃあキスさせてほしいです」と言われたので「恥ずいからまだ無理ごめん」と言ったら、拗ねたような表情つきで「俺もこれ以上譲歩できません」という言葉。……いや、そんなこと言われても。

安易に頷けないのでとりあえず黙っていると、言われたのが先の台詞である。ちゃんと聞いてます。聞いた上で重ねて却下を申し出ています俺は。

「あー、じゃあ、今からどっか出かけるってのは? 何か欲しければ買ってやれるし」
「……二人でですか?」
「は?  当たり前だろ、デートなんだし」
「でっ……」
「……照れんのやめて、つられるから」
「いや、だって、……」

先輩からデートに誘ってもらえるとは思わなかったんで、と段々小さくなる声で言う伏黒はようやく年相応な感じで、少し可愛いと思ったのは内緒である。でも油断してはいけない。こいつは淡白に見えて、かなりの行動派だということを、身を以て知っている。

なにせ伏黒は(表情にはあまり出ないけど)すごく俺のことが好きらしくて、隙あらば抱きしめたいだのキスしたいだの言うし、ふと気付いたときに肩や腰に腕が回されていることなんかしょっちゅうだ。他の人間への牽制もすごい。五条先生なんかはそれを面白がって、俺の頭を撫でたり抱きついたりするもんだから、それを見た伏黒はいつも式神を出さんとする勢いで怒り狂っている。

ていうか、ハグとキスよりデートの方が照れるイベントなのか? ふつう逆じゃないか? 俺がおかしいのかな。もうあまり深くは考えないことにして、校門で待ち合わせすることにした。


▽▲▽▲▽


ぶらぶら買い物して、伏黒の服コーディネートしたり(あんまり興味ないらしいが「元がいいのに勿体ない」と言えば照れられた)、ゲーセン行ったり(普段ゲームやらないらしいけど呑み込みは早かった)ブラブラして、カフェで休憩することになった。会計で頑なに自分が出すと言う伏黒を無視して金を払い、空いている席に座った。

「……何から何まですいません」
「なんでだよ、いーよ別に。誕生日なんだしさ」
「……ハイ」

いただきます、と律儀に言う姿は後輩そのものだが、コーヒーを飲む姿はやけに大人っぽく見えて、ああ、コイツ顔も整ってるし背も高いし性格も真面目だし、普通の高校生活を送っていればさぞ女子に人気だっただろうな、とあり得ない分岐ルートに思いを馳せる。

考え事の所為でつい、じっと見てしまっていたかもしれない。伏黒に「俺の顔に何か付いてますか」と恥ずかしそうに言われるまで、ぼーっとその顔を見ていた。

「あーうん、綺麗な眉と目と鼻と口が」
「……ベタっすね」
「褒めてんだよ」
「先輩に言われたら逆に自信無くなります」
「ふは、なんでだよ」

表情の変化はあまり見られないものの、照れているらしいということはすぐに分かった。

「本当に思ってるよ。伏黒、イケメンだもんな」
「やめてくださいマジで」
「俺が生涯で出会った中で、五条先生の次に整った顔してると思う」
「……煽ってます? 流石に妬けるんですけど」
「アレはノーカンだろ。あの人、眼が綺麗だからかもしんないけど、なんか普通の人間じゃない雰囲気もあるっていうかさ。伏黒も、あのW顔Wだけに関して言えば、そう思うだろ?」

性格を加味するとそれはもうなかなかだけど、顔だけ見ればあの人はめちゃくちゃ格好いい。美形。背も高いし足も長いしな。ムカつくほどに。

「いや、俺は先輩の顔が一番だと思ってるんで」
「…………へ?」
「可愛いし格好いいと思ってます。もちろん顔だけ見て好きになったわけじゃないですけど」
「…………」

これはいわゆる口説かれている現場なのではないだろうか。俺の混乱をよそに、目の前の後輩はブラックコーヒーを飲んでいる。デートに浮かれていたあの可愛さは何処へ行った。


▽▲▽▲▽


「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「どーも。俺も楽しかったよ」

俺の部屋まで送っていく、と言う伏黒を制して、伏黒の部屋の前で見送る。伏黒は基本的に素直な後輩だから、こうしてお礼もきちんと言える良い子である。それは今日一日を通してずっと感じていたこと。あとは、本当に俺のことを好きだと言うこともものすごくひしひしと感じたけど、それは流石に誰にも言えない。

「あの、……最後に一個だけ、我儘言っていいですか」
「うん。なに?」

だから、そんないじらしいお願いを、叶えてあげたくなったのかもしれない。俺よりほんの少しだけ背だって高くて、それなりに体格もいい後輩なのに、時々ちょっと獰猛な狼みたいな雰囲気もある男なのに。こうして俺の様子を伺いながら言葉を選んでいるのを見て、うっかり、かわいく感じてしまう。

「あの、二人の時だけでいいんで、名前で呼んでくれませんか」
「ん、わかった」
「…………えっ」
「恵、」

襟元を掴んで、自分よりちょっとだけ、ほんのちょっとだけ背が高いそいつに合わせて、僅かに踵を上げる。その唇に自分のそれをふに、とくっつけて、そっと離れた。

「誕生日おめでとう。……また明日な」

フリーズした伏黒を部屋に押し込んで、ドアを閉める。ハイになってしまっていたのか、自分の行動を思い出すと、それはもう恥ずかしさで死ねるほどだ。顔から火が出るというのは比喩ではないらしい。今ならその火で何か燃やせそうだ。

▽▲▽▲▽

「……ずりぃ」

押しに弱い先輩が、なんとなく自分と付き合ってるのは知ってた。中学の時には普通に彼女がいたことも知っているし、それでも構わないと思って気持ちを伝えた。なにせこんな呪術師なんていう職業、いつ死ぬかも分からない。俺も、先輩も。だから言いたいことは言えるうちにと思って気持ちを打ち明けたら、断りきれなかった優しい先輩は俺と付き合うという選択をしてくれた。

それだけで十分だと思ってたけど、そういう間柄になれたらなれたで、やっぱりそれらしいことをしたくなって。近づきたいし、触りたいし、誰も知らない先輩の顔を見たいし、この手で暴いてみたい。俺の行動や動きひとつが、先輩を乱すとしたら、それはどれほどの幸福だろうか。

そんな逸る欲を押さえ込んで今日のデートに臨んだとき、手を少し繋いだだけで感じたそれは幸せに違いなかったし、俺の目の前で俺だけに笑う先輩はかわいくて、もうそれだけで良いかとすら思ったのに、いざ時間が終わることを痛感してしまえば、離れがたくて。服の裾をひいて、名前で呼んでほしいと、幼稚かもしれないけどそれだけを望んでみたくなって。

きっとまた断られるだろうと、何となくそう思っていた。恋人という名前のポジションに立ったって、俺の気持ちと先輩の気持ちは違うから。

なのに。

『恵、誕生日おめでとう』

初めて呼ばれた自分の名前に、それだけで息が止まったのに。掠めるように一瞬触れたその唇の柔らかさとふわりと香る先輩の匂いとで、物理的にも精神的にもせき止められた俺の呼吸は、先輩が「また明日な」と言って俺の部屋のドアを閉めるまで、俺の喉を通らなかった。

心臓があまりにもうるさいから、服の上からそこを抑えながら、何度か深呼吸する。先輩の唇がやわらかかったとか、はじめてのキスはできれば自分からしたかったとか、色々思うところはあるけど。いくら先輩が優しくても、Wただの後輩Wにあんなことをするとは思えないから、きっと少しぐらい期待していい、はず。

「……先輩から?」

自身の携帯電話から、ピコン、とメッセージが届いたことを知らせる音がして、差出人を見てすぐにタップした。


Wさっき言い忘れたW

W生まれてきてくれてありがとうW


電話ですらない、ただの無機質な文字の羅列のはずなのに、どうしてか温かい。はじめて言われたその言葉に、また心臓が喧しく胸を叩く音がするのだった。
冬の或る日

誕生日なんてただの日常の延長だと思っていたが、心から慕う人がいると、こんなにも特別な日になるらしい





happy birthday!

2020.12.22