「なまえさん、大きくなったら、俺とけっこんしてくれる?」

悟経由で知り合った恵。当時小学1年生。たぶん、知り合って1年くらい経った頃に言われた言葉だったように思う。たとえ男の子だとしても、弟のように可愛がっている小学生にそんなかわいらしいことを言われて、「男同士は結婚は無理だろ」とか「10歳以上離れてるからそういう風に見れねぇよ」なんて無下にわけがなく、さらにそれが普段は妙に大人びていてクールな奴なら尚更かわいいもので、二つ返事で「いいよ」と言った記憶は、まあ確かにある。











「恵、なまえは僕のなの。僕らと同じ特級になってから出直したら?」
「階級関係ないです。なまえさんは昔、俺と結婚するって言ってくれたんで」
「そんなの10年近く前の話でしょ? 無効で〜す」
「……お前ら、暇なの?」

貴重な昼休み。俺の自室のソファに、俺を挟む形で座って言い合いをする、同僚と生徒。同僚の方は俺と同じ28歳だが任務外での精神年齢は常に−10歳なので、まあ同い年同士の会話と言えなくもない。

しかも会話の内容は俺についてで、さていつから悟のものになったのかというところから気になるところだ。

「あのねなまえ、僕は小学生相手だったとはいえプロポーズを受け入れた軽はずみな行動によって生徒に狙われてるなまえを助けてあげてるんだよ?」
「狙われてるって言うなら五条先生の方が危ないでしょ。明らかになまえさんに触りすぎだし、なまえさんの寝顔を盗撮して俺に自慢げに見せてくるし」
「自分だって写真見て寝顔かわいいって言ってたくせに恵この野郎……」
「……悟……」
「消さないからね!? あの写真撮るのにどんだけ苦労したと思ってんの!」
「いや知らねーよ消せ」
「やだ!」

俺の右側で子どものように駄々をこねる呪術師最強を諭している間に、何を思ったのか左の手がするりと持ち上げられ、かぷりと薬指を甘噛みされた。言わずもがな恵の仕業だと振り向いた時には、ぬるりと熱い舌が指を這っていて、反応が遅れた。

「いやいや恵、何してんのお前」
「予約です、ココの」
「はあ?」
「なまえさんの左手の薬指、俺が卒業するまで空けといてくださいよ」
「………」
「なまえ、そこで流されるから恵は今こうなってんだからね?」
「確かに……。悟に正論で咎められるとか俺相当ヤバいな」
「失礼だな!」

10も年の離れた高校一年生に言われる台詞としては些か将来性がありすぎるので、とりあえず「そういうのはいつか大事な奴ができたらそいつに言え」と伝えておいた。恵はちょっとムッとした表情になったが、右に座る悟が腰に手を回してきたことで、思考が中断される。

「悟も、俺なんかにどうこう言ってんなよ。その気になればすぐに恋人の一人や二人できるだろ」
「……ふぅん? そういうこと言うんだ」

声のトーンと纏う雰囲気が変わったことにはすぐに気付いたが、教え子がいる前では喧嘩だの何だのは流石にないだろう、という俺の考えは、耳の縁をなぞるぞわりとした感触によって瞬時に不正解だと知る。こいつの精神年齢が28歳ではないことは分かっていたはずなのに。

「おい悟、なにっ、ん」
「耳弱いのほんっとかわいい。……恵、そっち抑えといてよ」
「アンタの命令きくの、クソ不本意なんですけど」
「えー? じゃあここからは大人の時間だから帰りなよ。お出口はあちらでーす」
「っさと、る! そこでしゃべんな……ッ」
「……こんななまえさんをアンタと二人きりになんかさせるわけないでしょ」
「話が早いね。さすが恵」

右手を悟に、左手を恵に抑えられ、さらに悟には脚で右足も抑えられている。右手は馬鹿力に掴まれてびくともしないし、左手は一瞬振りほどけそうだったけど、恵に両手で力を込められて少し抵抗が遅れてしまって、その間に右耳がまたぬるりと生暖かいものに舐められる。力が入らないので思わず呪力を込めかけたところで、悟がむかつく笑顔で言う。

「なまえ、術式使ってもいいけど、僕は無事でも恵は大怪我するよ?」
「……っ!」
「俺は別にいいですよ。なまえさんが責任取ってくれれば」
「い、いわけねえだろ……」

鍛錬以外で教え子に怪我させる教師がどこにいる。悟の言う通りにするのは癪だが、怪我なんてレベルで済むかどうかも分からないのだから、術式を使うわけにはいかない。

「なまえは優しいなあ。そんなんだから僕や恵みたいなのに付け込まれるんだよ」
「まあ、それについては同感です」

まんまと呪力を引っ込めた俺に気を良くした悟は、俺の制止など聞こえなかったかのように、また耳に舌を忍ばせてくちゅりと水音をたてた。ぞくぞくと背中を這い回る痺れに思わず顎が上がって、左にいる恵が切羽詰まった声で「なまえさん、」と呟いた。

「上向くの、かわいい。首、舐めていい?」
「っ、ぅ、ばか、やめろ」
「首もイイんだ? なまえってほんとエッチだなぁ」

ぬる、と熱い感触が鎖骨の上から喉までを辿って上っていく。悟はもう手遅れだからさて置き、こんなアラサーの男をかわいいとか、恵の感性が心配でしかない。悟に頭を固定されているから逃げようがないし、たどたどしい恵の舌の動きが妙に脳を痺れさせる。

このままだと昼休みが丸々潰れる。飽きもせず俺に好き勝手する馬鹿共にきちんと聞こえるように、震える声を絞り出して言葉にした。

「今すぐやめて、離れないと、──京都校へ異動願いを出す」

ぴたり。

即座に動きを止め、次の瞬間にはぱっと二人とも俺から離れた。聞き分けがよくて何よりだ。
ため息をつくと二人ともびくりと肩を揺らすのがあまりに同じタイミングなので、お前ら仲良いな、と密かに思った。また煩くなりそうだから言わないけど。

「……なまえ、調子乗ってごめん。京都とか、行かないよね? 僕、二日に1回は会えないと死んじゃう」
「なまえさんすいません。あの、俺も今より遠くなるのとか、耐えられないです」

急にしおらしくなった二人の頭を撫でながら、「メシ食いに行くぞ」と声をかける。ぽかんとした顔×2を見て、こっちがぽかんとしたいくらいだ。

「昼メシ、一緒に食うだろ?」

こくこくと頷く二人を見てから、鞄からスマホと財布を取り出してポケットに入れる。食堂も最近キャッシュレスになったので本当はスマホだけで完結できるが、財布がないとどうも不安になるから不思議だ。現金払いを卒業したてのアラサーなので仕方ない。

「大好きですなまえさん、やっぱり結婚してください」
「なまえ、僕も大好き、結婚しよ……」
「あーはいはい、俺もお前らのこと大好きだよ」

俺の適当な返事にも気をよくしたのか、食堂への道中、両手を捕まえられ恋人繋ぎをされたが、もう何も気にしないことにした。俺の後ろで睨み合いがあったことなど、俺が知るはずもない。
まわりくどい共犯者

本当の戦いはこれから




title by サンタナインの街角で
2021.01.03