あの五条悟と付き合うことになった。理由なんて俺が聞きたい。経緯は色々あるけど、むしろこれも誰かに丁寧に説明してほしい。





突然「ちょっとツラ貸せ」と言って呼び出され、先輩後輩とはいえこの呪術高専という小さな規模の学校でツラを貸すことなど滅多になく、灰原は偉大な先輩に声をかけられた俺をワクワクしながら見つめて、七海は憐れむような視線を送ってきた。あれは確実に心の中で手を合わせてた。今から死ぬの? 俺。

「なあ」
「は、はい、なんでしょうか……」
「おまえ付き合ってるやつとかいんの」
「……はい?」

連れ出された先は校舎裏で、今からリンチにでも遭うのか、世間的にはにはランチの時間だけど、と死ぬほどしょうもないことを考えていたので、聞き間違えたかと思った。けどそんなことがあるはずもなく。

「どうなんだよ」
「ひっ、すいませ、いないです……」
「……ふーん」

自分から聞いておいてその適当さ。そしてなんでこんなところに一人で呼び出されたの俺。恋バナなら夏油先輩とした方が男としてのレベル的にも絶対盛り上がると思いますと言いたいけど、なんか色々怖いので言えない。あと勝手に名前出したら夏油先輩にも怒られそう。

「じゃあ俺と付き合え」
「……は、え?」
「返事は?」
「は、はい……」
「ん」

今日任務終わったら俺の部屋来いよ、と言い残して去って行った。なんで部屋に呼ばれたんだ。付き合うことになったから?いやまさか。もしかして任務で何かの術式にでもかかったのかと思ったりもしたけど、五条先輩に限ってそれは無いか。ていうか冴えない男の後輩と付き合うことになる術式ってなんだよ。

とりあえず生きてること、ただし改めて今夜死ぬかもしれないことを、七海と灰原にメールした。灰原からは励ましのメールが返ってきた。


▽▲▽▲▽


「……何してんの」
「こ、こんばんは……」
「早く入れよ」

五条先輩の部屋の前まで来たはいいものの、昼間のアレが幻聴だった場合俺の死が確定するので、ノックができずに3分(体感では3時間)ほど経過したところで、ドアが開いた。そりゃそうだ。五条先輩は目がいいので俺の呪力が部屋の前にあることは分かるし、ていうか呪力が感知できる人間なら誰でもわかるわ。俺の馬鹿。

「……お邪魔します……」
「ん」

こんなにも心の底からお邪魔しますと言ったことはないかもしれない。本当に邪魔なんじゃないの俺。この空間で息していいの?

いま俺が一歩足を踏み入れたのはただの寮の一室ではなく、あの御三家である五条家の嫡男、五条悟の部屋である。六眼という特殊な眼と無下限呪術という術式の組み合わせを持って生まれた人。天才の中の天才。なんか分からんが凄いらしい。まあ全部七海が教えてくれたんだけど。七海は嘘とか誇張とか嫌いだから、たぶん相当凄いんだろう。

灰原は「呪術界のプリンス」って言ってたような気がする。流石にそれは嘘だろと思うけど、見た目は確かに王子様っぽい。ものすごいイケメンだしな。中身はどっちかというと魔王様みたいなイメージだけど。

そんな凄くてやばい人のプライベートな時間とプライベートな場所を俺なんかが邪魔して良いものなのか。でも今の会話の流れだと呼ばれてたのは間違いないっぽいし、幻聴だろうなと思ったもののとりあえず来て良かった。スルーしてたら明日の朝日は拝めなかった。

「適当に座れば」
「えっと、はい、どこ、座ったらいいでしょうか……」
「……じゃあ、ここ」

五条先輩がベッドに座り、その隣をポンと叩かれた。つーかベッドでか。五条先輩めちゃくちゃ背高いもんな。……え、こんなとこ座っていいの? プリンスの寝るとこだぞ。大丈夫? しかし五条先輩からは早く座れというオーラを感じるので、出来る限り速やかに、出来る限り浅く座った。いやまあ座る面積の問題じゃないことは分かってるけどなんとなく。

「なあ」
「へぁ、っ、はい」
「………」
「…………スイマセン」
「……っふ、」

隣の五条先輩が笑った。え、笑った?恐る恐る隣を見ると、口元を押さえてくつくつと笑っている。そうしてると本当に王子様みたいかもしれない。プリンスの二つ名もあながち間違いではないらしい。疑ってごめん灰原。今度任務の帰りにコンビニでなんか買ってくる。オススメの菓子パンとか。

「おまえ緊張しすぎ。いきなり取って食わねえよ」
「は、はあ……」
「でもまあ、ちょっとは触りてえな。……いい?」

さわる?誰が何を?よく分からなかったので頷くと、五条先輩が俺をぎゅっと抱きしめた。……抱きしめた???

「ご、ごじょ、せんぱ、い」
「なに。ダメだった?」
「いや、だめというか……」

駄目ではないのかもしれないけど、疑問が尽きない。なんで抱きしめられてるんだ? そしてこの人なんでこんないい匂いすんの? ていうか知ってたけど改めてでかいなこの人。

「なあ」
「ひっ、はい、」
「……いや、なんでもねー」
「そ、そうですか……すいません」

耳元でいい声で囁くのやめてください、なんて正直に言えたらどれだけ楽か。俺の混乱などつゆ知らず、五条先輩は俺の背中や頭を撫でたりしながら、ずっと俺を抱きしめていた。イケメンで天才な先輩の行動が俺に分かるわけもなく、とりあえずただただじっとしていた。

ああもしかして、疲れてるのかもしれない。そしてアニマルセラピー的な立ち位置で呼ばれたのかも。そう考えるとだんだん気持ちも落ち着いてきて、なんだったら眠くなってきた。こんなとこで寝たら失礼のあまり死ぬ、それは分かってるけど、でも任務でちょっと疲れたし、シャワー浴びてさっぱりしてるし、五条先輩の手あったかいし、心音も落ち着くし。心地よい眠気に抗える気がしない。


▽▲▽▲▽


「……ん……」

目が覚めた瞬間、なんとなく普段と違う寝心地に気付いて、瞼を持ち上げる。するとこれまたなんとなく窮屈な感じがして、視界も何か、違うっていうか、目の前に誰か、いて。

「…………!?!?」

目を開けてまず視界に入ったのは、えげつないほどイケメンな寝顔。思わず飛び起きた。芸術品かよ。人間、本当にびっくりした時は声が出ないって本当なんだな。七海の寝顔も相当きれいだった記憶あるけど、それよりさらに整っててびっくりした。人類の限界超えてる。

時計を見ると、21時前。俺が部屋に来たのは20時過ぎだったから、それなりに眠ってしまったらしい。

ていうか、寝顔もそうだけど、サングラスかけてないところを久しぶりに見たかもしれない。鍛錬でボコボコにされる時ぐらいしか……いや、俺らの鍛錬の時も強すぎるから見たことないわ。まじで強いもんこの人。いつ見たんだっけ。ああ思い出した、あれだ、五条先輩と夏油先輩の喧嘩のときだ。グラウンドが半壊するレベルの大喧嘩だったので、その時はサングラスが割れてその眼が晒されていた気がする。

とりあえず滅多に見れるものじゃないので、こんなに間近で見れるのは感動する。肌ツヤツヤで睫毛長くて、……いや本当に睫毛長すぎない?マッチ何本乗んの。てか睫毛と髪の色一緒なんだな、当たり前だけど。キラキラしてる。この人は眼も綺麗できらきらしてるから、色々人間離れしてる感じだ。

あと改めて見ると、顔の造形整いすぎてやばい。夏油先輩もカッコいいけど、あの人はなんか立ち居振る舞いも込み込みでの男らしさっていうか。でも五条先輩はとにかく顔がいい。ビジュアルだけなら間違いなくこの人、そこらの俳優やモデルより格好いい。こんな人の隣を歩く彼女さんとかまじで大変そう。

あれ、そういえばこの人と俺、付き合ってんだっけ? 彼女は? いないのかな? いやまさかそんなわけないか。この人に彼女いなかったら全人類の男子高校生が希望持てないわ。

「……見過ぎ。穴開く」
「す……っいません……おはようございます……」
「……はよ」

五条先輩は起き上がって、がしがしと雑に髪を整える。そんな仕草すら様になるってどういうこと? 同じ人類とは思えない。

「えっと、俺、が、寝ちゃいました、よね……?」
「そーだな」
「本当にすいません……!」

顔を見られないままに尋ねて、土下座の勢いで頭を下げる。足はもちろん正座。後輩が先輩の部屋で寝るとか……これが部活ならグラウンド走らされたり筋トレメニュー増やされたりするかもしれないレベル。いや運動部とかまともに入ったことないし知らないけど。

「いーよ。……まあ次はお前のためにも、寝ない方がいいと思うけど」
「もちろんです絶対二度と寝ませんすいません……」
「………」

次寝たら分かってるよなってこと? 今回は見逃してくれる感じっぽいのでとりあえず平謝りしかできない。だんだん声が小さくなるのは許してほしい。ていうか五条先輩黙っちゃったけどやっぱりベッドの上じゃなくて下に降りて土下座するべきだったかもしれない。今はもう遅いから次からそうしよう。次やったら問答無用でグーパン食らってるかもしれないけど。

「いつまでそうしてんだよ」
「わっ、」
「俺が言ってんのはこういうことなんだけど。意味分かってる?」

顔を上げさせられ、次の瞬間にはベッドに引き倒されていた。組手で灰原にも七海にも勝ち越せたことがない俺が、喧嘩でグラウンド半壊させる五条先輩に勝てるわけがない。上から俺を見下ろすその顔は逆光で見えなくて、余計に俺の焦りは加速した。

「……前言撤回するわ」
「え……?」
「ゆっくり行こうかと思ったけど、やっぱやめる」

その言葉を最後に五条先輩のご尊顔が、 近付いて、ちょん、と唇に、何か、触れて。

「……!?!?!?」

思わず口元を手で覆う。えっ今の何? 何された? 勘違いかもしれないけど今、唇同士が触れたような。

「慌てすぎだろ」
「や、だって、初めてなんで……」
「…………マジ?」
「ひぇ、ま、マジですすいません……」

呪術高専彼女出来たことないランキング1位を見くびらないでほしい。ちなみにこのランキングのワーストは貴方と夏油先輩です。とりあえず顔が熱いからもう解放してほしい。ねえ俺なんでこんな顔熱いの? 熱あんの? 去年インフルエンザに罹ったときでもこんな急に熱上がらなかったんだけど。

五条先輩は少しの沈黙のあと、俺の腕を引っ張って起こしてくれた。案外優しい力で引っ張ってくれてほっとする。本気でやられたら肩の関節外れてるから絶対。

ようやく自分の部屋に帰れると安堵する俺の背中に、五条先輩の腕が回された。気付いたらまあまあ近い距離に顔があって、俺はまた混乱が止まらない。

「やり直す」
「へ?」
「目ぇ瞑って」

早く、と目尻をなぞられ、きゅっと目を閉じた。殴られるのかな俺。やり直すって何? 人生をやり直せってこと? やっぱり今日死ぬのかもしれない。灰原と七海に昨日メールしておいてよかった。

ぐるぐると考えがまとまらない俺の唇に、さっきよりもゆっくり触れたやわらかい感触。目を閉じているからよりそれを鮮明に感じてしまって、思わず目を薄っすら開けたら、焦点の合わないぼやけた視界でも分かるくらいの、鮮やかな蒼の瞳と目が合った、気がする。

暫くくっついていたそれがようやく離れて、俺の熱は更に上がった。何が起きたのか、分かったけど解らない。ついでに不整脈。これ病院行った方がいい?

「さっきのはナシ。今のがお前のファーストキスな。分かった?」

とりあえずこくこくと頷いたら、五条先輩は「ん」とだけ返事をして、ベッドサイドに置いてあったサングラスをかけた。部屋まで送ってく、という五条先輩に、いえ大丈夫です帰れます失礼しますと、早口でところどころ噛みながら慌てて部屋を出た。

自分の部屋について、ドアを閉めた瞬間、思わず座り込んだ。あの短時間で何が起きた? 分からないことが多すぎて今すぐ誰かに説明を求めたい。とりあえず七海と灰原に生きてること、ただ高熱と不整脈で死にそうだということをメールした。七海から『ご愁傷様』とだけ返信が来た。
リセット・アンリミテッド

そもそもなんだけどファーストキスって、テイク2とか有効なの?






title by 英雄
2021.01.27