※攻め主







恵が風邪をひいたらしい。

いや、どれだけ戦闘訓練しようが身体を鍛えようが、人間である限り、体調を崩すことだってある。俺の周りのやつらは健康体が多いのか、最近あんまりそういう奴を見かけなかっただけで、風邪で寝込むのは人間としておかしなことではない。

だけどまあやっぱり珍しいから、心配にはなるわけで。だから俺はこうして寮の恵の部屋の前にいて、いま軽くノックして声もかけてるわけだけど、返事がない。勝手に入るのもなあと思うけど、あいつのことだから薬とか飲んでなさそうだし、熱測ったりもしてなさそう。悠仁によると病院に行ってる気配もないらしいし、さてどうするか。

「恵、入るよ」

まああまり深く考えずに、気配だけ消して部屋に入ることにした。恵は恋人である俺のことが大好き(これは自意識過剰とかではなくただの事実)なので、ノックと俺の声が聞こえたら絶対に1秒で招き入れるはず。つまり居留守ではないので、寝てるか、具合がすこぶる悪くてぐったりしてるかのどちらかだ。

「……寝てるだけか」

とりあえず前者だった。顔は赤いけど苦しそうな感じはしないし、少し安心した。それにしても睫毛が長い。それは普段から知っていたけど、こうしてじっくりと見ると特にそう思う。言うまでもなく整った顔。でも寝顔だけ見ればちょっと幼く見えて可愛い。俺といる時、俺のことが好きで堪らないって顔に書いてあるから、そりゃ起きてる時も可愛いけど。

少しの汗で額に張り付いた前髪をよけてやって、そこに唇を寄せた。なんとなく熱い気もするけど、一瞬で離したのでよく分からなかった。

「……ん……」
「あ、やべ」
「……、………え、なまえさん……!?」
「こら、落ち着け」

覚醒した途端に飛び起きようとした恵の両肩を押して、布団に押し付ける。恵は混乱しているのか、瞬きを繰り返している。「寝たままでいいから、な?」と言い聞かせると、さらに顔が赤くなった気がする。これは熱の所為なのか俺の所為なのかどっちなんだろうか。

「な、んで、なまえさんが」
「見舞いに来ただけ。勝手に部屋入ってごめんな」
「や、それは全然、いいっすけど……」

びっくりして、と小さく零して目元を隠した。とりあえず首まで赤いので、原因は置いておいて、熱が上がったのかもしれない。

「体温計ある? 熱計った?」
「ないです。けど大したことないです」
「お前なあ……」
「死にはしません」
「そうじゃないだろ」

熱が何度あってもこう言いそうだよなこいつ。微熱で大したことないって言うなら分かるが、吐く息は明らかに普段より温度があるし、目元も潤んでる。まあ、もちろん死にはしないってのはそうだけど、そうじゃなくて。

「ちょっとごめんな」
「え、」

俺の言った通りちゃんと寝てる恵の額に、自分のそれをくっつけた。さっきは思わずキスしちゃったけど、最初からこうすれば良かったな。
時間にするとたぶん5秒くらいくっつけて、そして離した。ちょっと熱いけど、確かにそこまで大事ではなさそう。粥作って食わせて薬飲ませるか、と思ってふと恵を見ると、さっきより更に顔が赤い。これは分かる。間違いなく俺の所為だな。

「あー……、ごめんな?」
「……アンタほんと、そういうとこっすよ……」
「悪かったって。俺、弟と妹いるからさ。癖でつい」
「……俺は弟じゃないですけど」
「いや、知ってるけど? 普段やってること、弟にはしないことばっかだろ。そのへん、恵が一番分かってると思ってたけどな」
「〜〜っ、わかって、ます」

可哀想なくらい顔を赤くした恋人は、とうとうそっぽを向いてしまった。さて、かわいい恵も堪能したし、食べ物と薬持ってくるかと、立ち上がりかけたとき。くん、と服の裾を引っ張られて、その手の先を見た。

「もう、行くんですか」
「いや、」
「いまワガママ言ったら、困らせますか?」

何その質問。

可愛いがすぎるその言葉に脳内時間で3分くらい固まった。困るか困らないかでいったらまあ困るかもだけど、ここでそのままそれを言ったら変な誤解を生みそうなので、「いいよ、何?」と平静を装って、努めて優しく受け入れる。寂しがる恵は珍しい。人間、体調悪い時は心細くなるって言うのは本当なんだなと思った。

「俺、いま汗臭いと思いますけど、ちゃんと着替えるんで、……ちょっとだけ一緒に寝てくれませんか」
「……そう来たか……」
「……やっぱり無理ですか。風邪、移りますよね」
「いや、そこは気にしてないし、俺はいいんだけどさ」

布団をめくると、着替えるんで、と抗議する声に構わず、恵を壁際に詰める。空いたスペースに入って、よりくっつくように恵を抱き寄せる。一人用のベッドなんて、大の大人が2人も入る用途じゃないから狭い。

「あ。そもそも恵これ、寝れる?」
「…………寝れ、ます」

怪しいくらい間があったことには触れないでおくとして、俺の胸元に擦り寄るその仕草は、めちゃくちゃに可愛い。可愛いけれど。
俺も試されてるな、とこっそりため息をつく。単に顔を見られたくないとか、そういうことだけなんだろうけど、いつもより高い体温と、指で掠めるだけで分かる程度に汗ばんだうなじ。それをもってぴたりとくっついているもんだから、耐えの一手も楽じゃない。体調が万全なら据え膳だろうそれに、もう一つ息を吐いた。

「迷惑かけて、すみません」
「迷惑じゃないって。ただ、」
「?」
「あー、襲ったらごめんな、ってこと」

幾らなんでも病人相手に盛るわけにいかないけど、でもシチュエーションがあまりにも鬼だし、ていうか俺だしな。早く寝ろ、と背中を叩いてやると、恵がぽそりと何かを呟いた。聞き取れなかったので聞き返すと、今度ははっきりと拾ってしまった。

「襲えばいいでしょ。……俺、なまえさんには、いつでも触られたい、から」
「……おまえ本当、そういうとこだぞ」

さっき言われた台詞を、そっくりそのまま返してやった。
おそろいの言葉で

たまにはこんな日も良いかもしれない、なんて平和ボケしたことを思った



title by BACCA
2020.12.06