傑とペアでの遠方の任務。呪霊は祓ったけど少し遅い時間になり、新幹線が無いとのことで高専が手配したホテルでチェックインしようとしたところ、いわゆるダブルブッキングというやつで、ツインの部屋が空いておらずダブルベッドのお部屋にご変更宜しいでしょうか申し訳ございません、という少女漫画的なものにありそうな事が起こった。フロントのお姉さんが必死に頭を下げている。そんなに気にしなくてもいいのに。男同士だし何でもいいと思い、そのまま了承した。



「すぐる〜シャワーお先〜」
「……………」
「? 珍しく疲れてんね。移動だけでも長かったもんな」
「……そうだね」

なんとも言えない表情でベッドから立ち上がった傑は風呂場へ向かった。いつも飄々としてる傑があんな風に疲れを出すなんて貴重だ。それにしても、ホテルのシャワーってなんであんなお湯の温度が高い上に調節しにくいのか。ただでさえ部屋もしっかりと暖房が効いているのに、おかげで暑くて服を着る気になれず、パンツとスウェットのズボンだけを履いて、ついでにベッドにダイブした。天井には控えめな明度のライトがあって、暗くはないけど明るくもない微妙な塩梅。ああ髪の毛乾かして寝ないと、明日の朝とんでもないことになるし、服だってちゃんと着ないと、流石に湯冷めする。

ああでも眠い。呪力もそこそこ使ったし、新幹線は寝付けなかったから単純に寝不足だ。ダブルベッドだからちゃんと傑の寝る場所空けとかなきゃ、……だめだ、瞼が重くて開けられない。





Wなまえ、いいか?W
『……傑?』
Wこういう時は、目を瞑るものじゃないか?W
『こういう時ってなに、ッん』

とりあえず前後左右全方位のコトの経緯がまるで分からないけど、目の前に傑がいて、やけに俺のことを愛おしそうな目で見ていた。ああ傑って恋人とかにはきっとこんな顔するんだなぁ、とすんなり思えるほどに普段と違う表情だったけれど、それを向けられているのは俺なのでこの時点でもう分からない。

そして俺はキスをされた、というか、今もされている。ちょっと離れてまた角度を変えてくっついて、え、何、なんで? 俺の混乱なんかつゆ知らず、傑が俺の下唇を指で開かせて、ほんの一瞬だけ互いの舌が触れた。

さすがに色々びっくりして傑の肩を押したら、目の前が真っ暗になった。こないだ悟に借りたゲームソフトで、そんなセリフを見た気がする。





「なまえ」
「……す、ぐる」
「服着ないと風邪ひくよ。あと、私も此処で寝るんだから、少しスペースを考えてくれ」
「あ、本当だ、ごめん」

目を開けるとさっき気になったばかりの微妙なライトと天井、そして傑の顔。当たり前だけどさっきのと違って、いつもの傑だ。どこがと問われると難しいけど、外見的には髪を下ろしてることが挙げられる。どうやら夢だったらしい。せっかく温まったのにすっかり冷えてしまった自分の身体に服を着せて、占領してしまっていたベッドを半分空ける。

「はい傑、どーぞ」
「……ああ、ありがとう」
「ていうか、髪下ろしてんの久々に見た」
「そう?」
「うん。やっぱ雰囲気違うよな。下ろしてんのもイケてると思う」
「…………」
「あ、疲れてんのにごめん、寝よ寝よ」
「……そうだね、おやすみ」
「おやすみー」

うたた寝する前の記憶がすっぱ抜けていたので、傑が疲れていることを忘れてた。すぐにでも休みたいだろうに、ただでさえ俺がベッド占領してたから、余計に睡眠時間を削ることになったと思う。申し訳ないことをした。よほど疲れが溜まっているようだったから、傑はきっとすぐに眠るだろう。

俺も目を閉じれば、またすぐに睡魔に引っ張られる。だけどふと思う。そういえばさっきの夢のこと、いくら夢とはいえ居た堪れないから、傑に一言謝りたいと個人的には思うけど、傑からしたらそんなこと言われてもって感じだろうか。やっぱり黙っておく方がいい? その方が互いのためか。でもまた夢を見たらどうしようかと思うと、いつの間にか目が冴えていた。

「眠れないのか?」
「っ、び、っくりした」
「悪い、突然声をかけた」
「いや、全然いいんだけど。傑も起きてたのか」
「……少し目が冴えてしまって。疲労はある筈なんだけど」
「分かる。あ、なあ、眠くなったらそのまま寝ていいから、今ちょっと喋っていい?」
「いいよ」

気付いたらそう口走っていて、もうこの際だし言ってしまおう、と傑の方を向いた。そしたら傑も俺を見ていて、その眼差しが夢で見た傑の表情と重なって、いや、そんなはずない。部屋の明かりは全部消してあって、ちょっとだけ開けたカーテンから、月の光が微かに覗く程度だ。暗くてほとんど見えないんだから、見間違いに決まってる。

そう言い聞かせているものの、どうしてか体温が上がるのを感じる。あと、同じ備え付けのシャンプーやボディーソープを使ってるはずなのに、傑からは俺と違ういい匂いがする。

「……なまえ?」
「あ、ごめん」

余計な思考回路を放棄したくて、話の順序を考える。さっきのうたた寝で夢を見た。その夢で傑にキスされた。夢とはいえ勝手に出演させて申し訳ない。以上。たったそれだけだ。傑は優しいし大人だから、ちょっと引くことはあっても、嫌いになったり軽蔑したりはきっとしない、はず。たぶん。悟だったら暴言と罵倒の後、死ぬほどからかわれて一生ネタにされるだろうけど。

「あー、えっと実は、謝りたいことがあって」
「謝りたいこと?」
「そう。さっきちょっと寝ちゃってたときに、夢見てさ。それがえーと、傑に、チューされる、夢で」
「………」
「いやあの、勝手に夢に登場させてごめんってことを、言っておきたくて」
「……なるほど」

傑は静かに納得した様子で、そんな冷静に理解されると何かもうめちゃくちゃ恥ずかしい。悟に言って死ぬほど笑いわれる方がまだマシだったかもしれない。

少し沈黙が続いたので、寝たのかなと思って改めて顔を見たそのタイミングで、布団が揺れた。え、と思ったのも束の間、傑が俺に覆いかぶさっていた。目が暗さに慣れてしまって、さっきよりも表情が見えることで、逆に動揺してしまう。

「えっあの、す、傑……?」
「それ、こんなキスだった?」
「え、」

言葉を発すると同時に吐くはずだった息が途中でせき止められて、酸素の逃げ場がなくなる感覚。くっついて、離れて、また角度を変えてくっついてを繰り返すそれは、夢の中の感触と同じ。違うのは、合間に傑の息遣いが少し聞こえること、傑の匂いをさっきより感じること、あとは唇だけじゃなくて身体ごとくっついてること。何が起きてる? 知らない間に俺はまた眠っていて、また夢を見ているんだろうか。

ふと、唇と違う感覚が、下唇に触れた。それにやんわりと口を開かされて、ほんの一瞬、夢の時みたいに、舌が、触れて。

「ん、っ!?」

夢ではそこで抵抗して終わりだったのに、俺の腕はいつの間にかベッドシーツに縫い付けられて動かせなくなっていて、傑の舌は少し触れ合うどころか、俺の口内に堂々と侵入し、余すことなく攫っていく。ちゅく、ぴちゃ、と恥ずかしいでしかない微かな音が俺と傑の触れ合っているところから鳴っているなんて信じ難いし、俺の舌を傑に吸われた時なんかは、それはもうなんか、こう、腰がぞくぞくってした。こんな感覚知らない。当たり前だ。だって俺が中学の時に初めてできた彼女としたキスは、ただ唇を一瞬触れ合わせるだけの、もっと青春らしいものだったから。

「……っ、なに、なんで」
「……すまない」
「あ、やまんな。なんでこんなこと、したのかって、聞いてんの」
「…………我慢できなかった。さっきも、今も」

俺の上に乗ったまま、切羽詰まった顔で見下ろす傑に、ちょっとどきっとした。クラスメイトとして毎日のように顔を合わせる仲だけど、そんな顔は初めて見る。そんな、余裕がなくて、何かを堪えるようか表情で、我慢ができなかったと吐露する姿は、普段の余裕のある傑からは想像できない。

「本当にすまない。けど、……なまえが好きなんだ」

人間、本当に驚いたら、声も出ないんだなと思った。瞬きを忘れて傑の顔を見上げていた。

日頃から思っていたことけどこいつ、さぞモテる男だと思う。顔立ちもスタイルも雰囲気も格好良くて、気遣いができて、大人っぽくて余裕があって、なのにノリが良くて面白い。そんな男が、絞り出すように俺に好きだと言う。俺はたぶん本気で誰かを好きになったことがないからよく分からないけど、傑が俺に向けるその眼差しは嫌ではなかった。

「傑」
「……少し、頭冷やしてくる」
「いや、夜中だし落ち着け」

俺に顔を見せようとしないその仕草からして、やってしまったことや言ってしまったことを後悔してるんだろうな、と思う。俺がわざわざ夢の話をしなければ、傑はきっと黙っておくつもりだっただろう。それはちょっと悪かったと思ってる。

けど、もし今までも俺のことをそういう風に思っていて、俺に気付かせないように隠れて今みたいな苦しそうな顔するなら、俺にぶつければいいのにと思うから、結果オーライだったかもしれない。だから俺は謝らないことに決めた。

「俺は、彼女いたことはあっても、たぶん本当の意味で誰かを好きになったことは無いから、今はよく分からないけど。傑のこと嫌いになったりしない」
「……うん」
「だから、あー、キスはちょっと……どうしても、ひ、必要……? なら、基本的に時と場所とタイミング選びつつ俺の了承を得た上でしてほしいけど、今は、アレだ。俺がホテル側に勝手にオッケーしちゃったからベッド一つで寝ることになったわけだし、……えー、だから、とりあえず俺に触りたいなら、ぎゅってハグするくらいならいいよ」
「こんな場所でそんな可愛いことを言われてからそんなことをしたら間違いなく襲う」
「俺のこと本当に好きで大切に思ってくれてんならいきなり手だそうとすんな馬鹿!」
「それは、……まあ、そうだな」
「……あーもうだから、とにかくさ、俺は床で寝てもいいけど傑はそうさせたくないだろうし、かと言って俺も傑を床に転がすつもりはないから、今は一緒に寝るしかないわけ。だから、どっか行こうとすんのはやめろ。わかったか?」
「わかった、が、……ひとつ頼みがある」
「なに」
「……悪いが、反対を向いて寝てくれないか。なまえの顔が見えるままだと、眠れそうにないんだ」

目元を隠して言いづらそうにそう訴える傑を見て、きゅん、と鎖骨の下あたりが音を立てた気がした。何の細胞がある場所か分からず、心臓を服の上から掴んでみても、場所や原因は特定できない。こんなベッドの上でその仕草、落ちない女はきっといないだろうなと思いながら、自分がころりと落ちそうになっていることに、馬鹿な俺が気づくはずもない。
ピアスホールを侵していく その熱のなまえは疾うに知っていたのに

朝起きたら目の前に傑の寝顔があって、このまま死ぬんじゃないかってくらい動悸がした
  



title by BACCA
2020.12.14