第三幕 リクオ、義兄弟に怒られる
妖怪の総大将と呼ばれ……いたずら好きで…人の嫌がることばかりする妖怪

それが ぬらりひょん

それが若様の…………………おじいさま。


「やっと帰ったかリクオ!!お前 まーーーた学校なんぞに行っとったんか!」
「…あたり前でしょ?中学生なんだから」
「あのなあ…お前はワシの孫。妖怪一家を継ぎ、悪の限りをつくす男にならんかーー!!」
「断る」
「なにィーー!!」
『(またやっとる…)』


玄関の屋根で昼寝をしていた尻尾は、ぬらりひょんの声で目を覚ました。真下ではリクオとぬらりひょんがもう何度目かになる攻防を続けている。

ふたりが玄関に入ったのを見届け、ふわぁと欠伸を一つこぼし、窓から部屋に入った。



**



『は?鴆が来とる?』
「あぁ。何故かは知らないけれど…。多分リクオ様だろうね」
『あー…鴆は若様の豹変ぶり知らんもんな…ありがとう首無。うちも顔出してくるわ』
「ううん。積もる話もあるでしょ。ゆっくりしてきていいよ」
『助かる』



階段で掃除をしていた首無から話を聞いた尻尾は、客間へと足を向けた。


『(鴆のやつ…体弱いくせに無理して出てきたんやろうか。寿命縮められても困るのにな…)』


リクオが幼い頃はしょっちゅう本家に来て遊んでくれていたものだが、いつからかパタリと来なくなった鴆。
尻尾も鴆とはよく話す仲だが、お互い多忙なため(尻尾はそこそこ)、しばらく顔を合わせていない。
鴆とはリクオの話はちょくちょくしていたが、リクオ本人に会うのは5年ぶりほど。


『(多分話は噛み合わない…やろうな)』


ハハ…と乾いた笑顔を浮かべつつ、客間へ向かった。





「総会に…できず、申し訳なく…」
「……大丈夫あんなの!どーせ…なんだもん!ハハハ」
「なんと!?そのような発言!若が……、なんせ、万の妖怪の主となるのですからな!!」
「わ…温度差ありそうね…」
「だって…ぶりくらいだもん…」


「若が奴良組三代目を継ぐ姿をこの鴆、今か今かと楽しみにしているのです!」
「やめてよ〜ボクは継げないよ、…」
「ふざけんじゃねぇ〜〜〜!!」
『!』



客間に近づくにつれ聞こえてくる声に、騒がしいな…と思いつつ襖に手をかけると、響いたのは鴆の怒鳴り声と何かを打ち付ける音。
驚いた尻尾は一度襖から手を離すも、もう一度手をかけてそっと、少しだけ襖を開け中を覗き見る。


「えっ ええーー…」
「きいてるぞリクオよ!!てめぇがふぬけで…誰一人賛同を得られず三代目を継げんでいるのを!!」


そこには座り込んで鴆を見上げるリクオと立ってリクオを見下ろす鴆、反対の廊下では子妖怪たちがザワついていた。


「知ってたの……?」
「当たり前だ!!どういうことか説明してもらおう!」
「だ…だって妖怪の総大将が人間だったら変でしょ?だからボクが継ぐのはムリだよ!」


人間だから。


「死ねぇいぃこのうつけがー!!いつのまにそんな軟弱になりおったー!!」


そう言ったリクオに鴆はブチ切れたらしく、毒の羽をリクオに向けて飛ばしだした。
流石にまずいと思った尻尾は部屋に飛び込んでリクオを背に庇う。


『鴆!てめぇ若様に向かって!』
「くそ!!オレは…オレはこんな奴のために…生きているわけじゃないわーー!!」
『鴆!』
「黙れ尻尾!お前がいながら…!ええい帰る!ゴフッ、」
『おい!?』
「ぜ…鴆くん!?大丈夫!?」


無理がたたったらしい鴆が咳とともに血を吐き出す。
尻尾は一瞬固まるも、すぐリクオとともに鴆に駆け寄る。


「く…くそ近付くなバカモン!ゴホ…」
『鴆!無理すんな呼吸を…!』
「お、おいみんな…!…わーー血がー!!」


鴆が更に咳き込んだことで、襖には血が飛び散り、隠れていた子妖怪がさらに騒ぎ出した。尻尾は軽く舌打ちをして、子妖怪を呼び立てる。


『誰か蛇太夫を呼べ!』





「鴆」なる妖は…その羽を酒に浸せば五臓六腑が爛れて死に至る猛毒の鳥妖怪であり、薬・毒薬をつかさどる「鴆一派」の頭領

どのような薬も経年によっては猛毒へと変わるように…生まれた時には美しい鳥である鴆も、やがて元服の頃羽が猛毒へと変わる

反面、その特性のためか一族は大変体が弱い、はかなげで、弱い妖怪である

そんな彼らを守ってきたのが、奴良組であった。




夕刻、尻尾は容態も落ち着き、帰る鴆を見送りに門前にいた。


「すまなかったな…服」
『いーよ、普段着の甚平やし。それに今度新しいのをくれるって言っとったしな』
「血は落ちんからな。いいやつを探しておこう」
『うん。今度はゆっくり話そう』
「ああ…、」
『…気ィつけて帰りーよ。蛇太夫、鴆をよろしく』
「はい、おまかせを」


朧車がゆっくりと上がっていくのを見送って屋敷に入る。台所へ向かうと、毛倡妓たちが夕飯の準備をしているところだった。


『おーうまそー』
「尻尾、鴆様はお帰りになったの?」
『さっきね。ところで首無知らん?』
「見てないねぇ…あら、リクオ様」
「あれ?ここにあった桐の箱知らない?」
「箱ですか?さっき青田坊が何か持っていってたような…」
「え!?まったくあいつら…ありがとう毛倡妓!」


そのままパタパタと走り去ったリクオに顔を合わせる毛倡妓と尻尾。首無おらんし、なんかよく分からんけどついて行くわ〜と言って尻尾も台所を出た。


「鴆くんにあやまりに行くんだ!結果的に無理強いさせちゃったことは悪いんだし!」


尻尾がリクオに追いついたとき、リクオは妖銘酒を手にそう言っていた。


「若…」
「それに…ちゃんと説明しなきゃ!ぼくが人間だってこと!きっとわかってくれるよ!」


三代目は継がないって!イキイキと話すリクオに何も言えないカラス天狗。尻尾はカラス天狗を横目で見て、「誰か道知らない?」と言ったリクオに『鴆のところならわかりますよ〜案内します』と手をあげた。



『…ん?』


日もくれて月が煌々と輝く夜。朧車でうたた寝をしていた尻尾は、パチパチという音で目を覚ました。


『んん〜っ』
「寝すぎじゃぞ」
『今日はそんな長く昼寝しとらんもん…てか、なんか聞こえん?』
「もう着きますよ、若」


尻尾の疑問は朧車の声に消される。そこにはらりと舞ったのは、見覚えのある羽根。


「…?羽根…?」
「若! 鴆様の屋敷が…わっ か、火事ですよぉー!!」
『…!!』
「ちょ…尻尾!?」


火事、という言葉を聞いて、朧車から下を覗き込んだ尻尾は、そのまま勢いよく飛びおりた。
リクオの目は、そのまま火の中へ飛び込んでいく尻尾の後ろ姿だけを捉える。


「尻尾!!」
「わー…ど…どうします!?」
「な…」
「そ…そのまま!!そのまま…つっこんでええ!!」


尻尾が飛び降りたのは、燃え盛る屋敷の火の中に一瞬、鴆の姿を捉えたから。
うまいこと鴆の近くに着地した尻尾は、鴆に襲いかかる蛇の牙をドスで弾き返した。


「尻尾…!?」
『鴆!なんで屋敷が燃えとるん!?一体何が、』
「おや…これはこれは尻尾様…」
『…!』


屋敷が燃え盛るこの状況に、一切慌てる様子のない妖怪達、自分が刀で弾き返した相手を見て、尻尾は舌を打った。


『蛇太夫!てめぇら裏切りやがったな…!』
「裏切るも何も、私達は初めから奴良組を乗っ取ることが目的ですから…そのために鴆の元に下った迄。」


にやにやと下卑た笑みを見せる蛇太夫。後ろにかばった鴆が咳き込む音が聞こえた。


『鴆…、今倒れるんやないぞ』
「はは、そんな軟弱鳥なぞ捨て置けばいいものを」
『てめぇら…! !!』


斬り掛かろうとした瞬間、音を立てて蛇たちに突っ込んできたのはリクオたちを乗せた朧車。中からはリクオとカラス天狗が飛び出してきて、鴆に駆け寄る。


「なっなんじゃこりゃあ!?」
「おぼろ車ぁ!?ほ…本家かあ!?」
「鴆くん!?しっかりして!!」
「リクオまで…?どーしてお前が…?ここへ…、お供はどーしたんだ…オレじゃ…お前は守れねぇってのに…」
『黙ってろ鴆、死ぬぞ』


鴆に寄り添うリクオを見て、蛇に対し構え直す尻尾。
蛇たちは突っ込んできたのがリクオだと気付いたらしい。


「くく…丁度いい…このウツケ者の反対派は幹部にも多いときく…ぬらりひょんの孫…殺してオレのハクがつくってもんだ!!」


蛇となってリクオに向かってきた蛇太夫。横から襲いかかってきた蛇に応戦していた尻尾は、それに反応出来なかった。


「許せねぇ」
『若!…!』
「ど…どけリクオ!お前に何が出来る!?」

「下がってろ」


尻尾の目に映ったのは、妖となり、蛇太夫を真っ二つに裂いていたリクオの姿。

逃げ出す蛇たちは視界にすら入らない。尻尾はその姿に見惚れていた。


「…あんた…誰だよ…?」
「リクオ様…また…覚醒されたのですか…」
「リクオ?リクオだって!?」
「よう鴆。この姿で会うのは初めてだな」





夜も更けた頃。屋敷の消火も済み、鴆はリクオの話を聞いていた。


「なるほど…四分の一は…妖怪だってーのか…」


尻尾は静かに鴆の隣に佇む。


「なっさけねぇ。こっちはれっきとした妖怪だってのに、結局…足手まといになっちまってる…ゴホ ゴホッ」
『水。飲みぃ』
「おう」


受け取った水を煽るように飲み、リクオを見上げた。


「なぁリクオ。今のオメエなら…継げんじゃねぇのか?三代目。オレが死ぬ前に…晴れ姿見せちゃあくれねぇか」


リクオはそれには返さず、しまってあった酒を取り出して「飲むかい」と聞いた。


「いいねぇ…オレに…酒をついでくれんのかい。ついでに…あんたの盃もくれよ。オレは…正式にあんたの下僕になりてぇ!どーせ死ぬならアンタと…本当の義兄弟にさせてくれ。親の代じゃねぇ…直接あんたから」


リクオは笑みを零して返した。


「いいぜ。鴆は弱ぇ妖怪だかんな。オレが守ってやるよ」
「ハハハ…はっきり言うな…夜のリクオは…」


五分の盃を酌み交わす2人。尻尾とカラス天狗はそれをしっかりと見届ける。
朝になればまたリクオは元の姿に戻るのであろう。それを惜しく感じるのもまた、この2人であった。




その後、尻尾は鴆を一人にしておくのは心配だからと言って焼け残った鴆の屋敷に留まることにした。
リクオとカラス天狗を帰らせた後、尻尾は以前購入していた東北の地酒を取り出しにやりと笑って、


『呑もう、鴆。今日の出来事を肴に』


盃を鴆に差し出した。鴆はやれやれと短く溜息を吐いて、


「これより美味い肴はねぇな」


差し出された盃を受け取る。
焼けた屋敷で2人は昔話に花を咲かせ、酒を飲み、笑いあった。
それは夜が明けるまで続いたのだった。
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