奈落からカーテンコール

 別の地方での留学を終え、数年ぶりにパルデアに帰ってきた私を出迎えたのは、こちらに手を振りながら屈託もなく笑う帽子を被った青年で、いつも不機嫌そうな昔馴染みの生徒会長の姿はなかった。事前にスマホロトムに共有された目的地に相違はない。人違いの可能性を加味して逆の方向に歩き出そうとしたが、驚いた声音で私の名前を呼ぶ存在に、それは叶わなかった。

「ちょっと! 久々に会ったのにさ、急に帰るとかナシっしょ」

「……もしかして、ピーニャくん?」

「もしかしなくてもピーニャだって! それとも、もう忘れちゃったカンジ?」
 
 ……忘れてはいないけど!
 昔と比べて口調に鋭さはなく、やわらかさのある語り口に変わっていて、数年の間でピーニャくんは内面も外見も別人になっていた。予想だにしていない状況に置いていかれて狼狽える私を知ってか知らずか、凛々しい眉を下げて心配そうにこちらの様子を窺う面倒見の良さは相変わらずで安心感を覚える。すっかり落ち着きを取り戻した私を見て安心した様子の彼と、当時に二人で良く通ったレストランで軽い食事をとることにしたのだった。

「――って事があったんだよね、今じゃ懐かしく思えるよ」

 彼の近況は、想像を絶する痛ましい内容で、ガツンと頭を殴られるような錯覚に陥る。確かに、留学前のピーニャくんを取り巻く環境はお世辞にも良いとは言えなかった。分かっていたのにも関わらず、ピーニャくんならきっと大丈夫! なんて浅はかな考えを抱き、半ば逃げるようにアカデミーを後にした罪悪感と後悔で押し潰されそうだ。
「気にしてない。って言ったらウソになるかもだけど、乗り越えたんだ。それに、キミだって戻ってきたしね」微笑みながら窓の外を一瞥するピーニャくんの瞳には、ほんの少し物寂しさが垣間見えた気がして、どうしようもなく胸が苦しくなる。

「もう離れないから! ……ピーニャくんの、そばにいるよ」

 咄嗟にこぼれた同情に、慌てて口をつぐむ。そんな私とは裏腹に、ピーニャくんは一瞬だけ目を丸くさせた後、嬉しそうに目を細める。幸せに満ち満ちた表情を浮かべる彼を見て、もう引き返せないと悟った。

「そっか、そっか……本当に……名前クンは、どこまでも優しい子なんだね」

 違う、優しさなんてものじゃない。ただの自己満足だ。これは、軽薄な自分が出来る唯一の償いなのだから。

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