降伏論

 
「ビリー、好きだよ」

 オレに好意を伝えてくる名前は、決まってこの世の終わりのような、全てを諦めきった顔をしている。普段のバカみてェに明るい態度とはまるっきり違うせいで、どうも調子が狂って仕方がない。アングラなこの世界に似つかわしくない、太陽を思わせる名前の笑顔は、不本意ながらオレの人生に光をさしてくれた訳で、とどのつまり簡潔に述べてしまえば唯一無二の救いだった。

 ギース様やリリィとはまた違う守りたい大切な存在の名前は、オレがどれだけ幸せにしてやりたいと思っても、気の抜ける笑顔でそれを拒む。多分コイツはコイツなりに苦労してきて、人にもたれかかれるのを極端に嫌がる何かがあったのだろうが、どうする事もできない。今までの名前を知らないから。オレの知らない名前が存在している事にも、気が狂いそうな程この女を好きになってしまった自分にも反吐が出る。

「……そうかよ」

「ふふ、つめたいなあビリーは」

 第一、躊躇なく愛情を素直に伝えられる性分ではない。分かってて言ってんだろ? アンタ、なんでもお見通しだもんな。
 気の利いた台詞なんて思いつかないオレは、歩を進めていた名前を抱きしめる。間違いなく腕の中にコイツはいる筈なのに、気が付いたら消えてしまいそうなのはどうしてなのだろうか。

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