清廉なる慕情を捧げよ

 世の中には自身の命すら顧みず己が信念や野望に従って生きる不良と、ただなんとなく道を踏み外し、これまたなんとなく更生もせず中途半端に生きている不良がいる。と、私は思う。この論で言うのなら、断然私は後者の人間であると自負している。

「まーた小難しい面して考え込んでんな」

 注文していたセットの数々を器用に持ち運んできた厳さんが、いつもの笑みを浮かべながら隣に腰を下ろした。因みにさっきの話だと、彼は圧倒的に前者に当てはまる。
 私が好きなバニラシェイクと、いつも頼むナゲットとソースがトレーに載せられている。こういう事をなんなく熟せる彼に尊敬の念を抱く。敬意だけではなく、恋愛感情にまで発展しているのはここだけの秘密だ。
 駅の近くのファストフード店で、学生二人がプリントに真剣に向き合う姿は、傍から見たら青春の一ページなのかもしれないが、実際は課題でもなんでもなく、麻薬の売り上げを計算しているだけとは誰も考えないだろう。日常に身を潜め、不道徳を働く自分に一種の快感を覚えてしまうのは不良の性だ。

「……あれ、おかしいなあ」

「売上が合わねえのか?」

「いえ、売上じゃなくて在庫です」

 この売上だと、残りのカートンはこれだけなんですけど。厳さんが確認し易いように紙を寄せ、ボールペンで合計値を指す。何度計算し直そうが数が合わず頭を掻く私からペンをひったくって、真面目な表情で数字を追う姿に狼狽えた。用紙と共に渡したつもりだったのに、椅子を近づけ半ば寄り添う形で一緒に確かめている。
 煙草と香水が混じった彼の香りに、脈が早まるのが分かる。震える息遣いが伝わってしまわないかと肝を冷やした。

「こないだ話してた分は入れたのか? 次に来る客の人数を加味して増やしただろ」

「えっ、あっ……忘れてました」

 肩に手を回され、更に距離が狭まる。そのせいでひた隠しにしていた感情があられもなく露呈してしまった。失念した自分が悪いとはいえ、ここまできたら流石に確信犯だ。案の定厳さんは上機嫌に目を細めている。この人に抗えないのは、舎弟だからという理由だけではない。

「耳まで真っ赤にして、可愛いやつだな」

「からかうのはその辺で勘弁して下さい」

 デヘヘヘと相変わらずな笑い声をあげながら元の位置に戻る。私はこっそり離れていく温もりを惜しみつつも、ようやく戻ってきた平穏に安堵した。

「一段落したし飯食おうぜ、ほら」

 いつの間にか開けていたナゲットを口の中に突っ込まれ、またしても不覚を取られる。
負けっぱなしで恥ずかしい限りだが、厳さんを出し抜ける未来が一切想像出来なかった。
 尤も、勝機なんて微塵もないのだろうけど。

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