脳内戦争クライマックス

 「……お前! 最近変だぞ!」

 憤りを隠す様子もなく腕を握る鉄人さんに、どこから説明すればよいのか考えあぐねる。
 元来、失礼ながら平均より理解力が低いであろう彼に情報を正確に届けるべく、常日頃から不必要な言葉を省き、簡略化することにより漸く成り立っている会話なのだ。自分ですら依然として混乱している状況下で話すのは躊躇われる。そんな私などお構いなしに、左腕に向けられた圧迫感が増していく。我慢の限界という名のタイムリミットが迫っているのは明白で、私は大人しく全てを打ち明ける覚悟を決めた。

 忘れもしない二日前、夢に鉄人さんが出てきた。それだけならまだしも、熱を孕んだ瞳で私を射貫き「好きだ」と、心ごとぐずぐずに溶かされてしまいそうな甘い告白をささめく。普段とは打って変わった振る舞いに、すぐ夢だと察したが、自覚してもなお彼の求愛行動にされるがままになる。

「名前、愛してる。名前じゃないと嫌だ」

 追い打ちをかけるかのように身を寄せる鉄人さんに根負けし、彼の背に手を回すところで目が覚めた。

――その日から、この上なく赤裸々に鉄人さんを避けたり、素っ気ない態度をとったりで、周囲からは戸惑いの視線を顕著に浴びせられ、ついにはお茶を濁す私の態度に痺れを切らした鉄平さんに舌打ちをもらった。少しは満身創痍なこちらの気持ちも汲んで欲しい。とりあえず、私自身が落ち着くまでは彼との接触を可能な限り控えよう。と意気揚々に目標を掲げた矢先で冒頭に戻る。

「……という訳なんです」

 出来るだけ短く、鉄人さんの気分がこれ以上損なわれない度合いでゆっくり話したが、無言を保っている姿が怖くて目を泳がせてしまう。舎弟関係を解消されるのだろうか。なんなら、この場から五体満足で抜け出せるのかも怪しい。

「あ、あの……ごめんなさい、謝りますからどうか命だけは……」

「はあ? なんで俺がお前をやらなきゃいけないんだよ」

 私の典型的な命乞いに、彼は訝しげに首を傾げる。平常運転な鉄人さんに、軽蔑などはとても感じられなかった。寧ろ、不思議なことに喜びに近い面持ちで拍子抜けだ。

「つまり名前は俺を嫌いになったわけじゃないんだな!」

 お前が好きだからなあ。手を離して満足げに口許を緩める彼は、加減を忘れて私の頭をそれはもう容赦なく撫でまわした。視界が揺れて平衡感覚が失われつつあるというのに、安心からか泣きだしそうになる。そうか、鉄人さんは私が好きなのか! ただの取り越し苦労だったんだ!

「……ん?」

 果たして鉄人さんの“好き”は、どこに分類されるものなんだろう。答えを聞こうにも、彼は無邪気に声を上げて笑うものだから、そんな疑問を隅に追いやって、今の幸せを亭受してしまう。
 もしも、友好の域を越えたものだったとしたら、私は。

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