品切れの純愛

 彼女の重たい前髪から覗く控えめな視線も、褒めると紅潮する頬も、照れ隠しで少し俯いてはにかむところも、おれ以外の男と喋る時に萎縮して小さくなる声も大好きだ、名前ちゃんの全てを愛していると言っても過言ではない。そんな彼女と校庭裏で昼ご飯を食べられるこの時間は、毎日部活動に明け暮れるおれの励みで、誰にも邪魔をされない絶対的な一時だった。
 名前ちゃん、まだかな。委員会の仕事があるから遅くなる事は重々に理解しているつもりだが、普段より倍もかかっている。何かあったのだろうか、先程から二十件程送っているメッセージは既読がつく様子はない。やはり、無理にでも彼女のクラスで待ち合わせる約束をするべきだったのだ。心配で箸があまり進まない、綺麗な黄色の卵焼きを半分に割るも、口に運ぼうと思えなかった。

「若島津くん!」

 待たせてごめんね、すごい量のメッセージが来てたからびっくりしちゃった。息を切らしながら謝罪する名前ちゃん。ようやく来てくれた、待ちわびていたよ。おれは遅かったねと顔を上げる。

「……は?」

 どうしてだよ。彼女の長かった前髪は、眉上にまで短くなっている。昨日まで隠れていた幼顔が、困惑の表情を浮かべていた。やっぱり、似合わないかな? 椅子に腰掛けおずおずと尋ねてくる。似合う、似合うけれど。

「うーん……おれは前の方が好きだったなあ」

 それだと他の奴が寄ってくるだろ? 独占欲から来る発言はお茶と一緒に流し込む。今にも泣き出しそうになる名前ちゃんに、荒々しくキスしてしまいたい衝動に駆られた。我慢しつつも短いのも可愛いよと頭を撫でる。嬉しそうに目を細める名前ちゃん。早く彼女の前髪が伸びないかな。
 おれだけのシンデレラは、灰被りで良いんだ。

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