メノウと一撃

 普段から血の滲むような特訓に明け暮れている小次郎が、珍しく私と同じ時間に帰路に就いている。それにしても練習は一体どうしたのだろうか、彼は明和FCの主力的存在なので、こんな所で油を打っている暇などないはずなのだが。いくら頭を捻ってみても、隣で歩いている天才ストライカー様の思惑なんて、地味な私には考えも付かない。

「名前もたまには運動しろよ、カビが生えちまうぞ」

 一人物思いにふけっていると、唐突な鋭い指摘に刺されてしまった。運動も何も、元より身体を動かす事は得意ではない。彼の腕に納まっていたサッカーボールを渡される。これを蹴ってみろと言わんばかりの視線を投げられたので、恐る恐る足先で触れてみる、ころころと一定の速度で緩やかに転がっていく球体を目で追いかけた。やがて速度を失ったボールは、拾って欲しそうに持ち主を待ち始める。

「お前、泣いてただろ」

 昨日。付け足した彼の言葉に驚いてしまう。確かに些細な理由で泣いていたが見られているなんて気づかなかった。四人兄弟の長男なだけあって、他人の変化を感じ取りやすいのか。

「誰に泣かされたんだ?」

 小次郎の纏う冷たい空気に身震いしてしまう。怒っている、と反射的に察した。もし私が誰かの名前をあげようものなら、すぐ様飛んでいってその相手を殴りかかるだろう。この幼馴染みは、そういう人間だ。だが、実は泣いた原因は彼だったりする。関われない寂しさのあまり涙を流したなど、口が裂けても言えそうにない。「なんでもないから忘れて」と、無理矢理話を打ち切った。

「好きな女が泣いてるのに、何もしないなんて出来ねえよ」

 肩を掴まれて、半ば強制的に向き合う形になる。これは驚いた、まさか相思相愛だったなんて。降りてくる唇、頬をくすぐる黒の髪の毛、日で焼けた肌、どれも皆愛おしい。
 遠くで甲高いホイッスルの音が、した。

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