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今日はいたって普通の日だった。

普通に起きたし、仕事にも行った。友達から来たメールも、昼休みに親から来た電話も、全部全部普通。

まさか住んでる池袋で、ましてや会社帰りに、迷子になるなんてことにならなければ。

「…えーっと」

自分の住んでいるアパートが(あるはず)の場所でiPhone片手に立ち尽くす。自分でも呆れてしまって物が言えなかった。

地方出身の私は田舎から高校を卒業して、こっちの短期大学に入学した時から池袋に住んでいる。住み始めてもう3年だ。3年も同じ所に住んでいて、会社帰りに迷子……。

もう私はすっかり都会人!という慢心か!?とも思いもしたけれど、周りを見れば見るほどそうとも考えにくかった。

なぜなら見慣れているはずの建物が少しづつ違う気がした、からなのだが……。

「あー…池袋も模様替え…とかかな」

ぼそりと独り言をごちた。が、ただ虚しくなっただけだった。

ぐるりとあたりを見渡してみるも不思議な気分だった。景色が違うだけでなく、なんだか静かだったのだ。

いつからこんなに静かだったのか、思い出せない。自分の心臓の音が大きく聞こえる気がする。
だいたい、都会は煩いものでどこにいても人があふれていて……。


ひとなんかどこにも居なかった。


おかしいところはもうひとつ。
手の中のiPhoneは迷子に気付いた時からかれこれ1時間は圏外のままだった。

先程よりもオレンジの濃くなった夕焼けの空。逢魔が時、というやつだ。人どころか、虫も鳥もいない池袋で迷子になった私はただ呆然として呟いた。


「い、異世界、とか…」





『そうだよ』

うしろから声をかけられた。反射的にその声のする方へ首を向けようとしたが、なぜだか動かなかった。
その声は女性とも男性ともわからない、ハスキーボイス。とても軽やかな口調だった。

『おっと、振り返らないでおくれよ。姿を見られちゃマズイんだ』

じわりじわりと汗をかく。声の主は私のほうへと近づいてくる。金縛りを操れる変態だったらどうしよう。

『変態、ねえ…。失礼だな…』

えっ口に出てた!?と、喋ったつもりだったけれど声には出せなかった。
どうやら私には為す術はないらしい。
すこしだけ怖くなった。自由が効かないという事が人にどれだけの恐怖を与えるのか。今初めて身を持って知った。知りたくなかったな……。


『何もしやしないさ。ただ君には少し旅行に行ってもらおうと思う。
大丈夫、君もよく知るところさ。そこで君が感じたものや得た感情は一生ものの宝物になる、と予言しておくよ』


どんどん近づいて、今や私のすぐ後ろにいるであろう声の主はあくまで軽やかに、そして一方的にそう言った。


『色々なことが起こる。その時君が帰りたいと願うのか、否か、旅行の最後にまた聞かせてもらう』


そう言って声の主は私の背中にそっと触れた。
そうしてものすごい力で私の背中を押した。それまでぴくりとも動かなかった私の体は飛ぶように、前へと倒れる。
その瞬間、『いってらっしゃい』と聞こえた気がした。


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