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「ただ今、戻りました…。」


玄関でおずおずと声をかけてみる。直接上に来てねと言われていたのでそのまま折原さんの部屋へ来た。
鍵は出かける前にテーブルの上にいつの間にか置いてあったものを使わせてもらった。勝手に折原さんの部屋のものだと思って使ったのだが、やはり正解だった。


「遅かったね、上がってきなよー」


誰のせいなんだ誰の…と楽しげな声に、少しムッとしながら上がると折原さんはデスクでパソコンに向かっていた。なんだかちょっと忙しそう。とりあえずバッグを下ろしてキッチンへと向かう。飲み物でもいれようと思っていた。

何か買って帰ろうかとも思ったのだが、確か作った人の個性が感じられるものが好き…だったはずなのでコンビニでオヤツを購入することもはばかられた。いや、セレクトに個性が出るからいいのか?


「場所、分かる?」
「わっ!?」


突然すぐ後ろから声が聞こえたのでビクリとする。足音も何もなかった。
折原さんはびっくりしてる私をおいてけぼりにして話を続ける。


「そこの戸棚にカップ、その横にコーヒーと紅茶が入ってる」
「あ、すみません…どっちがいいですか?」
「うーん…名前ちゃんの好きな方で」


じゃあコーヒーかな…とコーヒーの粉を手に取り台へ置く。折原臨也はその動作を舐めるように見ている。視線を感じてどぎまぎとしてしまう。きっとまだ、信用されていない。


「ポットはそこ。砂糖とかは全部そこにセットになってる。カトラリーはそこの引き出し。この辺の在庫管理とかも任せるから。お客さんが来たときはよろしくね」

「あ、ハイ。わかりました」


コクリとうなずいてそう言うと折原さんはすたすたとキッチンを出た。今度は普通に足音があったので、さっきのはわざとなんだな…。このやろう…。と思った。
機械にセットしてドリップされるのを待つ。
キッチンをぐるりと見渡すと器具は一通りそろっているようだった。

できたコーヒーをトレイにのせて持ってキッチンを出ると、デスクにいた折原さんは顔を上げ、ソファへと移動した。



「話をしよう。ほら、座りなよ」



足を組んで座る折原さんの前に座る。そうしてお仕事の説明がはじまった。悠々と話す折原さんはやっぱり楽しそうで、つい怒るのを忘れてしまっていた。



***




「ってことなんだけどわかった?」
「えっと、つまり来客時のお茶出しとか留守番とか、家事とかってことですか?」
「そうそう、そういうこと。」


一人暮らしも長かったので家事は人並みなら大丈夫…(だと思う)。掃除は好きなほうだし、どんとこいだ。


「家事って言っても洗濯も掃除も業者に頼んでるから料理くらいかな。ま、よろしく。」
「え、洗濯はともかく、掃除もしなくていいんですか?それ私意味あります?」
「…別に名前ちゃんに意味を求めてるわけじゃないけど。じゃあ掃除はしてくれる?」
「そうしたいです。」


せっかく働くのだから役に立てたらいいと思った。チラリと顔を盗み見ると折原さんは携帯を取り出すところで、うつむき加減のきれいな顔が見えた。
本来ならこうして向き合って話すことなんかないはずだった、と思うと不思議だった。確実に存在している折原臨也を、そしてこの世界にいる私を理解できない、と思う。
でもそんなことを思ったところでどうしようもない。


「…ねえ、ラビットって名前に心当たりある?」
「ラビットですか?動物じゃないほうですよね?」


突然問われた意味がわからず、聞き返す。そんな名前のキャラクターはいなかったはずだし、もちろん友達にもいない。折原さんは携帯から顔をあげると窓のほうを見ながら頬杖をついた。


「ごめんなさい、わからないです」
「いや、謝らなくてもいいんだけどさ」


いや、だいぶ気になる。何の話ですかと聞こうと口を開こうとすると、折原さんは遮るように立ち上がり、私を見てこう言った。



「ま、帰るまでの方法が分かるまでの辛抱さ。せいぜい頑張りなよ」




 
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