(3)


タクシーから見える景色は都会そのもので、上京した時のことを思い出した。車内では特に会話もなく、折原臨也は携帯をポチポチと触っている。
これからどうなるのだろう。
今度もしも嫌いなものはなに?と聞かれる機会があったとしたら、体の自由を奪われる事と先行きが不透明なことって答えようかな。

なんてどうでもいいことを考えていると、「そこでいいです」と声がした。もう新宿についたようだった。
彼が支払いをしようと財布を出したので、ハッと気付いて持っていた仕事用のかばんを急いでを開ける。元の世界から持ってきたものはこれだけだ。

「あ、あの、折原さん!はらいま…」
「いいよ。俺は家に帰っただけだから。」

彼はさっと支払いを済ませると降りていったので、慌ててあとを追いかけた。
ここは多分彼の事務所兼住宅のマンション。とりあえず、中に波江さんが居るか居ないかで時系列が分かるかなと思った。物語が始まっているのか、それともこれからなのか…。まだ新宿住まいということは色々これからなのだろうけれど。

「ねえ、君さ。」

折原さんはバタバタと降りてあとをついてきた私を制止するように口を開いた。

「俺と前に会ったことあるっけ?」
「…ありません。」

しまったと思った。浮ついた気持ちに冷水を浴びせられた気分だった。
タクシーが行ったのを見計らったように、折原臨也は態度を一変させた。先程まで私には興味ないという顔をしていたのに、今は興味津々で仕方がない、といったニヤニヤ顔だった。こういう人だと分かっていたはずなのに、どうも気が緩んでしまうらしかった。

「俺ってそんなに有名人かな。」
「…有名人ですよ。」

おそらく、私が折原さんと呼びかけてしまった事を言っているのだろう。他人がいきなり自分の名前を呼んだら確かにびっくりするだろう。でも折原臨也はそんなこと慣れているんじゃないだろうか…。人通りもまばらになったオフィス街のこの場所は少し静か過ぎて、怖かった。

「へえ…君みたいな平和ボケしてそうな子にも俺の名前は浸透してる?それとも何かな、彼氏とか親友とかが俺にお世話になった?それとも親かな。」

意地悪そうな目はまっすぐこちらを見ている。変なことを口走ってしまえばきっと終わりだと思った。でも身分証が使えないってことはお金も借りられないから使いみちは…いや、まて、売られるかもしれない…。10代女子ではないにしろ、まだ20代前半だ…。た、高いかも…。
やばいと思うと一気に頭が回らなくなった。顔が引きつるのを必死で抑えこむ。

「…い、いえ、あの、本当に偶然で…。掲示板で見ただけっていうか。だから一方的に知っていたといいますか…。」

身振り手振りで話したが信じてもらえるか怪しい嘘だった。

「と、とりあえず、私は苗字名前と言います。23歳で、りょ、旅行中です…」

なにも嘘はいっていないのに後ろめたさを感じるのは何故だろうか。なんだか逃げ出してしまいたい気持ちにもなったけれど、ここは異世界だから…異世界だから…と繰り返して自分をなだめた。

折原臨也はピクリとも表情を変えなかった。でもその手はコートのぽっけに入れられていたし、警戒されているという自覚はあった。
さらになにか言葉を重ねようと四苦八苦していると、あの馬の嘶きが聞こえた。そしてそれは近くなっていく。

「えっ…」

そうして、目の前に首なしライダー、こと、セルティ・ストゥルルソンが居た。

「やあ、運び屋。急に悪いね。」

折原臨也はにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべてセルティにそう言った。セルティさんも何かPDAに打って会話しているようだったが、この角度からでは見えなかった。

や、やっぱりスタイルがいい…!テンションが上がっているのを悟られないよう、小さく喜んだ私はもはやミーハーを極めていた。そしてどこか平和ボケしているのだろう。
でも一つ気になった。先ほどの折原臨也のセリフから、セルティを呼んだのは折原臨也だ。問題なのはどうして呼んだのか?というところだった。
ま、まさか…わたしを運ぶためなんじゃないだろうか…。本当に売られる…?

『ところでこちらの子は?』
「…運び屋。この子は普通に見えるかい?」

そんな声が聞こえてふっと顔をあげた。セルティのヘルメットの奥には瞳は無いはずだったのだが、なんだかじっと見つめられているようだった。
折原臨也に普通に見えるか、と問われたセルティは私に向き直ってPDAを見せてきた。

『君は誰?』
「あ…苗字名前と言います。はじめまして。」
『はじめまして、私は運び屋です。』

あ、お名前は教えてくれないんだね…と残念に思いながら、自分の軽薄さを思い知った。裏社会で生きている2人はそう簡単には名乗らないんだ。私もこれからそうしていなかなくちゃいけないのかな…。

『普通、とまではいかないが…どこが普通じゃないのかは正確には言い表せられない。なんだか匂いみたいなものを感じる。』

そう、私と折原臨也に伝えてきた。やはりデュラハンだから、妖精だから、分かるのだろうか…。この世界から見れば私は異世界人というやつに違いなかった。確かに妖精よりだなと思った。

「フーン。そう。…じゃ、この荷物を頼むよ。報酬はこっち。」
『さっきのところでいいんだな?』
「そう。さっさといきなよ。」

彼は小さな小包と封筒を渡した。セルティは封筒の中身を確認すると影でしまいこむ。そうして去り際、私を見た…気がした。
私もぼんやりセルティが去っていくのを見ていた。まだ夢心地だった。
また会えるかな…次はゆっくりお話できるかな…。とんだご都合主義だった。

「とりあえず、話は上で聞こう。」

呆けている私に折原臨也はそう言ってすでにマンションへと歩き出していた。
怪しい人間という疑いは晴れたのだろうか。いや、確かに怪しいんだ。確かに。
でもよく考えたらこの世界で1番の情報通に出会えたことは喜ぶべきことなのかもしれなかった。元の世界へと帰る方法を知っているかもしれない。たとえ今は知っていなくてもその情報に一番近いのは彼だと思った。

少し急いでファーの揺れる黒い背中を追いかけた。




(臨也さんはヒロインに何かしらの違和感を感じている、ということで1つお願いします…)


ALICE+