(5)
「ところで、君はどこにも行くあてがないようだけど。どうする?」
ひとしきり笑いながら持論を語った折原さんは私にそう尋ねた。あまりにも唐突な変化にビクリとする。
「えっと…さっきも言ったんですけど、住み込みのバイトかなにか紹介してもらえないですか…」
「身分証も使えないみたいだし、一般人にはあまりオススメできない職種になるけど」
「…すみません結構ですありがとうございました」
がっくりと頭を垂れる。やっぱり涙をのむ結果となってしまった…。なるようになれと思った異世界でもやっぱり安心安全に越したことはない。だとしたら折原臨也に頼む時点で失敗だったのかもしれないと思った。そりゃそうだ。
「とはいえ、身分証もないんじゃしょうがないしね。ここで働きなよ。」
「…はい?」
折原臨也はデスクからこちらを見ていた。楽しそうに眼の奥の赤が揺れていて、反対にこちらの顔はひきつっていく。
「あ、でも一応元の世界での住所とフルネームと生年月日、あと勤め先教えてくれる?これに書いて」
紙とペンを差し出されたので、ソファから立ち上がりデスクへと移動した。受け取りつつ、本当にいいのか尋ねる。
「いいんですか?ご迷惑では…。ただのOLでしたのでお役には立てないかと…。」
折原臨也は何かと忙しそうにパソコンに目を走らせた。
「ただの掃除と食事の用意、お茶くみ。あと俺の言うことをちょっとこなしてくれればいいから。」
そう言うことならまあいっか…と渡された紙に言われたとおり書こうとデスクの端を借りた。この世界に来て早数時間。自分の身の置き所が決まってきたからか、元の世界のことが気になった。帰ったら仕事クビになってたらどうしよう。親も心配するだろうな…。警察沙汰とかになってたらなんて説明すればいいのだろう…。
書き終わると、見計らったように紙を引き取られた。
「フーン…。21歳ね。元の世界のことが気になる?」
「そりゃあ…少しは…」
頭のなかを覗かれたようにそう聞かれ少し居心地の悪さを感じる。
「親とか心配するだろうね。時間軸がどうなってるかはわからないけどさ。」
「…?どういうことですか?」
「ホラ、フィクションでよくあるだろ。タイムスリップ物でも元の時代にもどったら時間が経過してるやつとしていないやつ。ま、君の場合がどうかなんて情報屋の俺でも検討つかないけどね。」
彼はそう言ってせわしなくキーボードを叩いた。
そうか。そういうこともあるのか…。後でトリップについてしっかり調べる必要がありそうだ。もしかしたら帰る手がかりも分かるかもしれない。
「はいこれ。とりあえず俺の番号は入ってるから。」
そう言って手渡されたのはピンク色のいわゆるガラケー。そっと手に取ると懐かしい感じがした。高校生の時はこういうパカパカするものを使っていたものである。時代は流れ流れ、スマートフォンに…って。あれ?
「おおおおおお折原さん、折原さん。」
「なに?これじゃいや?」
「いえ、あの、今何歳ですか…?」
「…それ、なんのために聞くの?」
確か物語開始時、折原臨也は23歳だったはず。勝手に物語が始まる直前だと思い込んでいたけれど、もしかすると…。
「…22歳だけど」
もしかしてしまった。それでは物語開始の約1年前ということになる。と、いうことは今持っているストーリーの知識はほぼ役には立たないかもしれない…。キャラクターの知識も微妙なところだ。もしも折原臨也がその知識が欲しくて私を雇うんだとしたら…。
「で?なに?」
「折原さん…私お役に立てないかもしれないです…。」
振り出しに戻った気分だった。
「今現在、多分私の知ってるストーリーのはじまる約1年ほど前みたいなんです…。もし私の知ってるストーリーの情報が欲しいんでしたら、無意味かな…みたいなー…ははは…」
笑いながら泣きたい気分だった。放り出されたらどうしよう。それこそ本当に振り出しに戻る、だ。
「ふーん?ま、そんなのあてにしてないから安心しなよ。」
さらっとそう言われた。ニヤっと笑って折原臨也はそう言ってデスクから立ち上がり、コートを羽織る。何処かへ行く準備のようだが何も言われないため、立ってる場所でそのまま待った。途中、ちらりとこちらを見て「ああそうか」と言って、2階へ行きすぐ戻ってきた。そしてその手に持っている黒いものをポイとこちらにやる。服のようだった。
「その服のまま寝るんじゃ気持ち悪いだろ。それ、とりあえずの着替えって事で。」
仕事帰りのOLといった風貌の自分の服装を見下ろす。わりと自由な社風でスーツでは無いにしろ、私服というには少し堅苦しさのある服装だった。
確かに寝にくいし…ん?まてよ…私はどこで寝るんだ…?まさかここ!?いやでも警戒心強そうだし…。いきなり知らないヤツを部屋にすわませるようなタイプでは……と、ぐるぐる考えていると折原臨也はぷっと笑った。
「流石に今日あったばかりの男と寝るのは嫌だろうし、こことは別に契約してる部屋があるからそこから通うって事でどう?」
寝るという表現に顔がかっと熱くなる。い、いや他意はないはずなんだけど。ここで赤くなるなんて男性経験が乏しいのがまるわかりだった。
「いくら俺でも取って食ったりしないさ。安心しなよ。」
意地悪そうにそう言って私の肩にぽん、と手をのせた。急に触れられたためにビクリと肩を揺らすと折原臨也はひらひらと手を降ってみせる。
飄々としていて、ちょっとイラッと来る。
「ホラ、行くよ。ここの2つ下の階だから。」
スタスタと背を向けて歩き出す折原臨也を慌てて追いかける。もちろんソファのバッグも忘れずに。
ALICE+